女性労働に関する 専門家判例コラム

 

第7回 カスタマーハラスメント防止の法制化について  君嶋 護男

 

カスタマーハラスメント

 労働施策総合推進法の一部改正による、いわゆるパワハラ防止法が施行されてから4年余を経過しました。同法の検討の中でも、顧客からのハラスメント(カスタマーハラスメント=カスハラ)防止の法制化についても議論がなされたところですが、最近急速にカスハラ防止のための法制化についての機運が盛り上がっているように感じます。
 カスハラが許されないことは当然ですが、法律とする以上、誰を保護し、誰にどのような義務を課すか明確にすることが不可欠であり、これを労働政策として法制化するとなれば、保護の対象は当然労働者、防止の義務主体は事業主という立てつけになるものと思われます。
 カスハラ責任が争われた裁判で、唯一私が承知している事件としては、育毛サービス会社に勤務する女性が、顧客のストーカー行為で傷害を負わされ、その顧客が懲役刑を受けたためその報復に怯えて退職し、会社及び代表取締役に対して慰謝料500万円(他のセクハラ行為と合わせて)を請求したものが挙げられます(東京地裁平成11年4月2日判決)。
 判決では、従業員への暴行、傷害、脅迫等が予見される場合、使用者はそれを防止するために必要な措置を執るべき義務(安全配慮義務)を負うとした上で、本件では、女性が危害を受けることを予見し得る状況にあったとは認め難いとして、事業主の責任を免除しています。他方、傷害事件発生後は、事業主は危害防止のために必要な措置を執るべき義務が生じるとしながら、本件顧客の女性に対する行動が電車内にまで及び、暴力をエスカレートさせていたことからすると、事業主が女性の要求する措置(店舗内の警報設備の設置、原告への警報装置の常備等)を執ったとしても被害を防ぐことは困難であったとして、こちらも事業主の責任を否定しています。
 カスハラには、①一過性のもの(電車が遅れた際の乗客による駅員等に対する暴言・暴行等)、②反復継続性のあるもの(特定の従業員をターゲットとする嫌がらせ、ストーカー行為等)に大別されるかと思われます。
 現在どのような検討がされているのかは不明ですが、仮に①も含むもの(②だけにすると、立法のインパクトが激減する)とすると、事業主としては、どんな顧客が来るのか分からない以上、対処の仕方が非常に困難であって、場合によっては「無過失責任」に限りなく近いこととなりかねません。また、②であっても、事業主は、勤務終了後まで従業員の安全配慮をする義務を負うことはできませんから、カスハラ防止法がどれだけ効果的なものにできるか、十分な検討が必要かと考えられます。
 カスハラは、直接の労使関係にない者からの攻撃ですから、その防止策として事業主のやれる範囲をどのように限定するか極めて難しい問題があり、恐らくは、国による事業主への教育、事業主による労働者への周知啓発等緩やかなものにならざるを得ないものと思われます。ただ、だからといって、カスハラ防止法の制定が無意味ということではなく、法制度上そうした限界があることを認識した上で、法律のアナウンス効果(法律ができることによって、事業主や顧客に何が求められるかが伝わりやすくなる)を期待することができます。そうだとすれば、既に各法律で防止対策が講じられているハラスメントを含め、職場における全てのハラスメントの防止対策を1本の法律に集約して「職場におけるハラスメント防止法(仮称)」を策定して取り組むことが大きなインパクトを生むものと考えられますので、その方向で検討がなされることを期待しています。

判例データベース

「参考判例」
事件番号:東京地裁 − 平成10年(ワ)第7963号


 

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