女性労働に関する 専門家判例コラム
第11回 転勤と家庭生活 君嶋 護男
民間会社であれ官公庁であれ、一定規模以上の組織にあっては、従業員の人事異動が日常的に行われています。特に、全国に支社や支店等を有する企業等では、転居を伴う転勤もしばしば行われ、従業員のみならず、その家族も巻き込んだドラマが展開されます。
そうした転勤が行われる企業等にあっては、通常就業規則等において、業務の必要に応じ、勤務場所の変更を命じることがある旨の規定を置いていることから、多くの場合、従業員は社命に従って転勤しているものと思われます。
しかし、中には、特に家庭生活との関係から、転居を伴う転勤を拒否する者もあり、それが訴訟にまで発展した事例も決して少なくありません。その代表的な事例が「T社転勤拒否解雇事件 大阪地裁昭和57.10.25、大阪高裁昭和59.8.21、最高裁昭和61.7.14」です。
この事件は、塗料の製造販売等を業とする会社(被告)で勤務する入社9年目の神戸営業所勤務の男性営業担当主任(原告)が、広島営業所への転勤の内示を拒否したところ、会社は名古屋営業所の主任を広島営業所に転勤させ、原告をその後任として名古屋営業所への転勤を命じたものです。原告は最後までこれに従わず、異動発令の3か月後に懲戒解雇されたため、本件転勤命令は人事権の濫用に当たり無効であって、その拒否を理由とする懲戒解雇も無効であると主張して、従業員としての地位の確認を求めました。当時、原告は、母親(71歳)、妻(28歳)、長女(2歳)と共に母親の家に住んでおり、母親は大阪を離れたことがなく、妻は新しく保母として勤務することになったところでした。
第1審、控訴審では、原告の家庭環境からすると、名古屋転勤となれば単身赴任にならざるを得ないこと、原告を名古屋に転勤させる必要性はそれほど強くなく、他の従業員を転勤させることも可能であったこと等を理由として、本件転勤命令及びその拒否を理由とする本件懲戒解雇を無効としました。これに対し最高裁は、転居を伴う転勤は労働者の生活に影響を与えるものであるから人事権の濫用は許されないとした上で、①業務上の必要性が存在しない場合、②業務上の必要性が存在する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってされたものであるとき、③以上に該当しなくても労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用には当たらないとの基本原則を示しました。また、業務上の必要性についても、その異動が余人をもって代え難いといった高度の必要性に限定されるものではなく、企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは転勤が認められるとの判断を下し、本件懲戒解雇を有効と認めました。つまり、本件配転命令は従業員が通常甘受すべき範囲にあると判断したわけです。上記3原則は、40年近く経た今日においても、転勤命令の可否が争われたほとんどの場合引用されています。
上記判決から40年近くが経過しましたが、この間にも転居を伴う転勤の可否を巡る裁判が少なからず争われています。その内容は様々ですが、大半は、就業規則に基づく転勤命令を有効とし、これを飽くまで拒否した従業員への解雇は有効とし、異議を留めて転勤に応じながら元の職場への復帰を求める要求は斥けられることが一般的といえます。
ただ、業務上の必要性が認められる転勤であっても、家族に病人や要介護の高齢者がいるような場合には、通常転勤命令を人事権の濫用と認め、従業員の請求を認めることが一般的といえます(N社転勤拒否事件 神戸地裁姫路支部平成17.5.9、大阪高裁平成18.4.14、M社転勤拒否仮処分事件 東京地裁平成14年12月27日等)。
本件判決のケースでは、原告には71歳の同居の母親がいたものの、元気で家事や地域での趣味のサークル活動などをしていたこと、周囲には原告の兄弟姉妹が4名もいることからすれば、原告が名古屋に転勤するとしても重大な問題が生じるとも考えにくい(名古屋・大阪間であれば、金帰月来はそれほど困難だったとも思われません)と判断したものと思われます。
ただ、会社は、原告に対し、一旦は広島への転勤を内示しながら、これを拒否されると、名古屋勤務の従業員を広島に転勤させ、原告を名古屋に転勤させる命令をしていますが、こうした「腰の定めらない」人事をすると、原告としては「広島への転勤は断れるのに、何故名古屋への転勤拒否は認められないのか」という不信感が生じる可能性が高く、それが裁判に繋がったのではないかとも考えられます。
判例データベース
T社転勤拒否懲戒解雇事件「参考判例」
事件番号:大阪地裁 − 昭和52年(ワ)第6261号
N社配転本訴事件「参考判例」
事件番号:神戸地裁姫路支部− 平成15年(ワ)第918号
M社配転拒否仮処分命令申立事件「参考判例」
事件番号:平成14年(ヨ)第21112号