女性労働に関する 専門家判例コラム

 

第5回 配偶者手当の支給は独身者差別か  君嶋 護男

 

独身者差別か

 現在でも、多くの企業等において、既婚者に対して配偶者手当が支払われています。賃金は労働の対償という労働基準法の定義からすれば、何故配偶者を有するという理由で労働者に対して手当を支払うのでしょうか。
 配偶者手当の支払の有無、支払の要件等について裁判で争われたケースは少なくありませんが、その殆どが、男性には支払うが女性には支払わない、あるいは女性にのみ男性にはない支給要件を付加するといった、女性差別を争うものでした。しかし、結婚した場合に、男女全く平等に配偶者手当を支払いながら、裁判に持ち込まれた事例があります(U航空会社配偶者手当不支給事件)。
 この事件は、結婚した者に対し、男女の区別なく、配偶者の収入の有無、額等を問わず一律に配偶者手当を支給していた会社において、独身の女性従業員(原告)が、配偶者手当の支給は婚姻をしているか否かという社会的身分による差別であるから、憲法14条1項(法の下の平等)、労働基準法3条(均等待遇)に違反すること、結婚すれば給与が上がるという差別は、結果として結婚の強制に繋がり、憲法13条(幸福追求権)、24条(婚姻の自由)に違反することを理由として、その違法性を主張したものです。更に原告は、配偶者手当の支給は、結婚するのが当たり前という偏見、慣習を助長しているから、偏見及び慣習その他あらゆる慣行の差別撤廃を求めている女性差別撤廃条約に反し、結婚しないことをおかしいなどというセクハラを後押しし、従来の封建的な社会慣習、文化的規範を押し付ける効果を持つから、男女雇用機会均等法にも違反すると主張し、会社に対し、不合理な差別により28年間にわたって支給されなかった配偶者手当相当額800万円及び職場において「結婚すれば良い」などと中傷を受けた精神的苦痛に対する慰謝料800万円を請求しました。
 判決では、本件配偶者手当支給規程は、独身者を不当に差別するものではなく、男女差別も認められないとして、原告の請求を棄却しました。
 原告の人となりや原告の主張に関する社内の雰囲気などは不明ですが、原告が、配偶者手当の逸失利益だけでなく、これと同額の慰謝料まで請求しているところをみれば、周囲の者から、結婚しないことに対する中傷、揶揄等(少なくとも原告がそのように受け止めるもの)があったと推測されるところです。恐らく原告は、裁判において、そうした中傷や揶揄について主張したでしょうが、判決ではそれらに触れずにゼロ回答となったことからみると、それらは不法行為に該当する程のものではないと判断されたと思われます。
 ところで、冒頭の「何故配偶者を有する労働者に手当を支給するのか」に戻りますと、我が国の賃金は、労働に対する対償という基本を踏まえつつも、それにとどまらず、労働者の生活の支援という性格も併せ有しているからということになろうかと思います。これは、配偶者手当のみならず、住宅手当等についてもいえることですし、そもそも年功的な賃金制度自体が単なる労働の対償にとどまらず生活支援的な性格を有しているといえます。ただ、近年では、多くの企業等で「ジョブ型」としての性格を有する賃金制度が導入される傾向が見られることから、配偶者手当を始めとする生活支援的な賃金の比重は小さくなっていくことが予想され、そうなれば、本件のような訴訟は見られなくなるでしょう。

判例データベース

U航空会社配偶者手当不支給事件 「参考判例」
事件番号:東京地裁 – 平成10年(ワ)第17019号

 

女性労働に関する 専門家判例コラムに戻る

詳しくはこちら

判例データベースは

詳しくはこちら