女性労働に関する 専門家判例コラム
第6回 転勤拒否はどこまで許されるか 君嶋 護男
一定規模以上で、複数の事業所を有する会社等に勤務する者については、多くの場合、他の事業所への配置転換の可能性が生じ、実際に配転命令を受けた社員が、人事権の濫用等を理由にその無効を主張する事例が多く見られます。
配転命令の拒否の理由は様々ですが、ここでは、転居を必要とする配転について、家庭生活との関係で拒否する事例を取り上げてみます。
この範疇に属する事例は豊富に存在しますが、その代表的なものとして、T社転勤拒否懲戒解雇事件(大阪地裁昭和57.10.25、大阪高裁昭59.8.21、最高裁昭和61.7.14)が挙げられます。この事件は、会社が、神戸営業所に勤務する入社9年目の男性営業担当主任(原告)に対し広島営業所への転勤を命じ、原告がこれを拒否したところ、今度は名古屋営業所へ転勤の内示したにもかかわらず、原告が赴任を拒否したため、発令から3カ月後に原告を懲戒解雇したものです。当時原告は、母親(71歳)、妻(28歳)、長女(2歳)と共に生活しており、母親は元気で家事や趣味の活動等を行っており、妻は配転命令当時、保母として新たに勤務することになったところでした。
地裁、高裁とも、原告が名古屋に転勤するとなれば、家庭の状況からみて単身赴任とならざるを得ず、相当な犠牲を強いられる一方、名古屋には原告以外の社員を転勤させることも可能であったなどとして、懲戒解雇を無効としました。これに対し最高裁は、①業務上の必要性が存在しない場合、②業務上の必要性が存在する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、③以上に該当しなくても労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるとき等、特段の事情の存する場合でなければ、当該転勤命令は権利の濫用には当たらないとの基本原則を示した上で、本件転勤命令には業務上の必要性があり、家庭生活への不利益は転勤に伴い通常甘受すべき程度のものであったとして、転勤命令拒否を理由とする懲戒解雇を有効と認め、原告の請求を棄却しました。
本件の地裁、高裁の判断のうち「転勤の対象は他の者でも可能」という点については、最高裁は、転勤対象者は余人をもって代え難いといった高度の必要性までは要しないとして、この点でも原告の請求を棄却しています。私自身、公務員人生の中で、転居を伴う転勤を何回も経験しましたし、人事を担当する立場で、相当多くの職員を転居を伴う転勤をさせた経験があることから、この判決は、身につまされる思いで読んだものです。
確かに、転勤対象となった者からすれば「何で自分が?」「同期入社のAは独身で身軽ではないか」といった思いを抱く気持ちも分からないではありませんが、そうなると、独身などで比較的身軽に動けると思われる者が「転勤要員」といった扱いになる可能性もあり、新たな不公平を産み出すことが考えられます。転勤は、ワークライフバランスとの関連で難しい問題ではありますが、多くの事業所を有する企業等では、各事業所のパワーを平準化する意味でも、従前の業務のやり方を踏襲する限り、一定程度の転勤は避けて通れないものと思われます。したがって、上記のような事例をなくそうとすれば、転居を伴う転勤について根本的な見直しが必要となるでしょう。
上記事例以外でも、転居を伴う転勤の可否が争われた事例は少なくありませんが、殆どの場合、転勤命令は有効とされています。ただ、転勤命令対象者が、病気や要介護の家族を抱えているような場合は、転勤命令を無効とすることが多いといえます(N社配転本訴事件 神戸地裁姫路支部平成17.5.9、大阪高裁平成18.4.14)。この判断は、転勤した場合の家庭生活に与える深刻さ、転勤困難な事由の発生が通常予測しづらいことからみて、妥当と考えられます。
判例データベース
T社転勤拒否懲戒解雇事件 「参考判例」
事件番号:大阪地裁 − 昭和52年(ワ)第6261号
N社配転本訴事件 「参考判例」
事件番号:神戸地裁姫路支部 − 平成15年(ワ)第918号