女性労働に関する 専門家判例コラム

 

第9回 女性間における賃金差別  君嶋 護男

 

 女性に関わる賃金差別といえば、大半の人は賃金の男女差別を思い浮かべると思います。確かに、裁判で争われた事件を見る限り、このケースが圧倒的に多いのですが、実は、女性の間においても、能力、実績等に関わりのないと思われる賃金差別が行われ、それが裁判で争われた事例があります。それは、婚姻の有無による差別です。
 被告会社では、昭和40年代に入って、採用面接において、内勤の女性社員が結婚後勤務を続けることを許さないとの方針を示し、昭和43年3月まで、結婚退職を奨励(強要?)するため、内勤女性社員が結婚退職する場合には退職金を上乗せする優遇措置をとっていました。
 しかし、昭和40年代に入ってから、女性の結婚退職制について無効とする判決が相次ぎ、これが法律上許されないとの判断が定着したからでしょうか、既婚女性については、退職勧奨(強要)を行う代わりに、未婚女性よりも昇格・昇給を遅らせる措置を取るケースが生じるようになりました。これについて、既婚女性12名(原告)が、婚姻の有無による昇給・昇格差別は不法行為に当たり無効であるとして、被告に対し、差額賃金及び慰謝料を請求する事件が起こりました(S生命保険会社既婚女性賃金差別事件 大阪地裁平成13年6月27日判決)。
 判決では、まず原告らが主張する昇格による地位確認請求を斥けた上、人事考課において、既婚を理由に一律に低査定をすることは違法であるとの前提に立って、被告における人事考課査定の運用上、既婚女性社員の労働を一般的に質・量が低いとして処遇することは合理性がなく、産前産後休業、育児期間等を取得し、その間に労働がなされていないことにより、労働の質・量が低いということであれば、法律の権利の行使をもって不利益に取り扱うことになり許されないとの判断を示したところです。

 
 

女性天秤

  被告会社では、裁判当時、未婚内勤女性61名中50名が一般指導職以上に昇格しているのに対し、既婚内勤女性32名中一般指導職以上に昇格している者は2名であり、近畿圏全体を見ても、既婚女性と未婚女性との間には昇格において大きな差があると、判決では非常に詳細な評価をしています。また、判決では、既婚女性に対する人事考課について、妊娠・出産、育児時間の取得の時期と、低査定の時期が概ね一致していることから、これらが原告らの低評価をもたらしたものと判断しています。その上で、産休や育児時間等によってその間の業務量が他の社員より減少することはやむを得ず、これをもって人事考課上のマイナス要因とすることは、労働基準法上の権利の取得を妨げることになり許されないと明確に示し、被告会社に対し、原告らにつき、300万円から100万円の慰謝料の支払いを命じています。本件は控訴されましたが、第1審で命じられた総額900万円と同額の解決金を支払うことで和解しました。
 女性社員が既婚か未婚かによって、賃金等に差をつけることが許されないことは当然のことですが、特に長期に及ぶことが多い育児休業を取得した場合、この間も継続して労務を提供し続けた他の社員(既婚・未婚とも)と同一に扱うべきかどうかという問題があります。本件における被告会社は、休業をした女性社員は、休業期間中は会社に貢献しなかったとして、低評価とするのは当然という考えであったと思われますが、休業によって労働能力自体が低下した場合はともかく、復職後も従前どおりの仕事をしている者ついては、休業を理由とする低査定を許さないとするのが合理的であり、本判決は、その点を明らかにした点で有意義な判決といえます。

判例データベース

S生命保険会社既婚女性賃金差別事件「参考判例」
事件番号:大阪地裁 – 平成7年(ワ)第12566号

 

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