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M造船大阪営業所結婚退職制事件

事件の分類
退職・定年制(男女間格差)
事件名
M造船大阪営業所結婚退職制事件
事件番号
大阪地裁 − 昭和44年(ヨ)第1571号
当事者
申請人 個人1名
被申請人 M造船株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1971年12月10日
判決決定区分
認容(申請人勝訴)
事件の概要
会社は、昭和41年12月組合との間に、昭和35年4月以降に組合員となった女子従業員の取扱いについて、次のような覚書を締結した。

「結婚した場合は退職するものとする。ただし、結婚後引き続いて勤務することを希望する者については、能力査定のうえ、会社の必要とする人員を勤務延長または雇用延長する。勤務延長の対象となるのは看護婦及び電話交換手とし、右以外の者は雇用延長の対象として、1ヶ年契約で更新していくものとし、原則として雇用延長前の職務に引き続き勤務し、賃金その他の条件を引き継ぐものとする。ただし、第一子出産の場合には雇用延長を打ち切るものとする。その後は再雇用することがある。」というものである。

この内容は昭和43年2月付けの「女子組合員の取り扱いに関する協定」にそのまま引き継がれた(右覚書を協定双方を総称して本件協約という。)。申請人は、同39年4月、雇用期間の定めのない常用従業員となり組合員となったが、本件協約のため結婚後一旦退職したものとして扱われ、雇用延長制の対象となり一年契約の臨時従業員とされ更に第一子を出産したため、会社は本件協力により、雇用契約の更新をしないこととし、次の更新の時期である44年2月以降、従業員でないとして、就労を拒否されたものである。
申請人は右覚書は、男女の性別による差別待遇であり、結婚の自由を侵害するものとして或いは解雇権の濫用として無効であると主張して仮処分を申請した。
主文
被申請人は申請人を雇用期間の定めのない常用従業員として取り扱え。
被申請人は申請人に対し、昭和44年5月以降毎月25日限り、別紙賃金表認容額欄記載の金員を仮に支払え。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
判決要旨
憲法は国家と国民の関係を規律するものであり、私人間の法律関係を直接規律するものではないから、私人による基本的人権の侵害があっても憲法の条項と直接の根拠として、救済を求めることはできない。私人間においては、私的自治の原則が支配するものであるから、自己の自由な意思によって基本的人権の制約を受けることがあっても直接憲法の関与するところではない。しかしながら、憲法による基本的人権保障の趣旨は全法体系の根幹をなし、国家生活関係のみならず、社会生活関係においても根本的価値を有し、私人間においても尊重されねばならず、憲法によって基本的人権の保障があることの故をもって、直ちに基本的人権のことごとくが公序良俗の内容になると解することは困難であるが、私法上の制約を科することが人間の尊厳を否定することに帰着する場合には公序良俗の内容となるものとして私法上の効力を否定すべきである。
憲法第14条の規定は法の下の平等を宣言すると友に、私人間においても性別による合理的利用のない差別待遇を禁止せんとしていることは、民法1条の2に徴しても明らかである。憲法第14、第25、第27条、民法第1条の2、労働基準法の性別に関する各規定の趣旨を総合考覆し、かつこれと男女の性別は人間としての必然的区分として生来的に決定されるものであり、人間の尊厳は各々の性の尊重なくしてはあり得ない事実とを併せ考えると著しく不合理な性別による差別待遇をすることは人間の尊厳を否定することに帰着するものといわざるを得ず、社会生活における健全な常識も又著しく不合理な性別による労働条件についての差別待遇の禁止を公の秩序として、これに反する私法上の制約の効力を否定することを要求しているものと解する。本件結婚退職制は男女の性別による差別待遇であり、且つ結婚の自由を制約するものであるから、何らかの合理的な理由が発見し得ない限り、結婚退職制を定める本件協約並びに申請人と会社との間の雇用契約は民法第90条の公の秩序に違反するものとして無効であるというべきである。女子従業員が結婚し出産という事態を迎えるに至った時は労働基準法第65条、第66条により産前および産後の休業並びに育児時間の請求権を有し、この請求権の行使により使用者にとって一定の不効率の結果を招来するが、これは女子労働者が一定の労務の不提供を許容される反面、使用者にそれを受忍すべき義務を化しているものであり、右限度での労務の不提供、すなわち、労働者側の非能率が許されていることは充分尊重されねばならないのであって、使用者において同法第65条、第66条による労働者の労務不提供を受忍する義務を予め退職せしめる等の手段により回避することは、同法第65条、第66条を脱法するものとして許されない。従って会社が本件結婚退職制の合理的理由として、同法第65条、第66条の母性の保護規定の存在を挙げることは不当なものと断ぜざるを得ない。本件結婚退職制が勤務および雇用延長制を採用することにより、その不合理性が是正されるかどうかについては、会社においてはかって10名の雇用延長希望者全員について雇用延長の適用を受け引き続いて稼動しており、会社における結婚退職制は実質上緩和され、現実に退職を余儀なくされるものは出産退職制の適用によるものであるといい得るが、その地位は全く会社の自由裁量に委ねられたものであって、その不安定さを除去するものでないのみならず、雇用延長制の適用を受け再雇用されたとしても、従前の期間の定めのない常用従業員たる地位を喪失し、1年間の期間の定めある臨時従業員たる不安定な地位に変更せしめられることとなるのであって、既婚者となったことによりかかる従業員たる地位を変更すること自体何らの合理性の認められないことは結婚退職制と同様である。そうであるから、本件結婚退職制に雇用延長制度が採用されていることにより、その不合理性は未だ是正するに足りるものではない。本件結婚退職制は何ら合理的理由なくして女子従業員を性別を理由として差別待遇をなし、結婚の自由を制約するものであり、雇用延長制の存在によって右不合理性を是正するに足りるものではないから、本件協約並びに申請人と会社との間の雇用契約中、結婚を退職事由とする部分は性別による差別待遇の禁止並びに結婚の自由の保障という公の秩序に反し無効であるといわなければならない。
適用法規・条文
01:憲法14条,01:憲法25条,01:憲法27条,02:民法1条12,07:労働基準法65条,07:労働基準法68条,02:民法90条
収録文献(出典)
労働関係民事裁判例集22巻6号1163頁、
手塚和彰ジュリスト523号145頁
その他特記事項
なし。