判例データベース
T社地位保全仮処分申請事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- T社地位保全仮処分申請事件
- 事件番号
- 横浜地裁 − 昭和44年(ヨ)第629号
- 当事者
- その他 個人1名
その他 T株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1972年08月24日
- 判決決定区分
- 申請認容(申請人勝訴)
- 事件の概要
- 申請人(女性)は、昭和39年9月、被申請人に雇用され総合研究所において電話交換手として勤務していたところ、昭和42年11月1日同研究所内の受付係へ、43年4月1日同購売係へと変更された。
この間申請人は昭和43年3月31日同研究所の研究員と職場結婚し44年3月13日出産したが、1月26日から4月24日まで出産休暇をとっている。申請人は更に、44年4月21日付けで本社総務部所轄の独身寮の事務職へ配転命令を受けた。申請人は、右配転命令に応じなかったため、被申請人から同年6月13日付で、就業規則74条1、3、11号各号に該当するものとして懲戒解雇の処分をうけ、その後従業員としての扱いを拒否されていた。そこで、申請人は解雇の意思表示は無効として、地位保全仮処分を申請した。 - 主文
- 一 申請人が被申請人の従業員としての地位を有することを仮に定める。
二 被申請人は申請人に対し、昭和44年4月26日より本案判決確定に至るまで毎月25日限り1ヶ月金3万1,498円を仮に支払え。
三 申請費用は被申請人の負担とする。 - 判決要旨
- 異職種配転か否かは、当該人の労働契約によって判断すべきところ、労働契約が締結される際、職種あるいは勤務場所が明示されていない場合は結局契約内容は被用者の職歴、経歴、同時採用者等との比較におけるその従事する労働の種類、態様、当該企業の慣行、就業規則、労働協約上の定め等を基準として当事者の意思を確定すべきである。
そして、右認定の事実によると、申請人は「本社の一般従業員」として採用され、とくにそれ以上具体的な職種、勤務場所を限定して採用されたものではないことは明らかであるところ、被申請人の就業規則、協約、慣例および申請人の実際従事した労働の種類、態様からみても、申請人の職種はいわゆる事務系労働という程度の包括的なものにとどまり、より具体的な内容の限定はなかったものと解するのが相当である。
そして、右のように労使の合意が「事務系労働」という包括的な職種限定である限り、使用者は当該労働者を、その事務系労働の範囲内で、一方的に配転を命ずることができるものと解すべきである。ところで申請人の本件配転先である独身寮における「寮事務」は、実質は事務員のなす「事務系労働」の範囲内に体系化された「事務系労働」であると考えるべきである。
したがって、本件配転をいわゆる異職種配転とし、労働者の同意がなければ無効であるとする申請人の主張は採用できない。申請人の担当すべき業務が規定上は机上事務のみと定められたとしても、実際上には職場全体の雰囲気から申請人は賄業務の一部にも携わらなければならず、またそれが社内において当然と期待されており、実際の稼動上は事務職と現業職の区別がつけ難く、従来の職務体系からは寧ろ、現業職(嘱託によって担任されている職)への配転と解されて当然である状況にあったことは上段判示のとおりである。
そうとすれば、本件配転は、給料、勤務時間等労働条件に実質的差異がないとしても社会通念としての勤務条件について変動があり、後記判示の経歴を有し、被申請人の正社員たる研究員の妻である申請人にとり地位の評価上著しく不利益な配転と解さざるを得ないところである。申請人の従来担当していた購買補助業務は消滅したのであっても同人の学歴、経験、技能の点からすれば同人を充てるべき職務が研究所および本社全体をみても全く在しなかったとはいえないし、まして同人が被申請人にとって整理解雇されてもやむをえない無用の従業員即ち冗員であったとは到底いうことができず、この点をもって申請人の不利益配転の合理的理由と認めることはできない。被申請人が申請人に対し説明した本件配転理由の一つにも、申請人が乳呑児を抱えた妊産婦であって、右就業規則上から勤務上各種の制約があり、使用者として健康保護の配慮が必要であった旨を掲げていることが認められる。
そして、右のうち育児休憩の点は、たとえ申請人主張のように同人が請求していなくとも、就業規則、労働基準法上の労働者の権利であり、かつ使用者において事前に放棄せしめることはできないのであるから、被申請人の人事担当者が将来、この請求あることを考え、その際申請人の実質的労働能率が低下することを予想し、それに即応した措置をとることはむしろ当然であり、企業運営上あながち不当とはいえないところであって、その結果、申請人が右の制約を伴う期間、その意に反し閑職に配転されたとしても、不合理といえないであろう。
しかし、本件配転は、申請人が出産に伴う労働制約を受ける間企業の効率的運用の問題としてこれを一時的、暫定的に配転するというものではないことが明らかである。判示各事実を綜合すれば、申請人には産休明けには同人の原職が消滅し、配転を受ける業務上の必要性が生じ、その配転先についても妊産婦等の制約から一時的には限定されてしまう事情があったことは否定できないのであるが、被申請人は右事情を利用し、女子従業員については従前から結婚退職を通例とし、少なくとも出産後はすべて退職される方針でいたところ、申請人はこれに反し出産後も退職しようとしないので、これを敬遠する余り、産休明けに、偶々原職が消滅したのを奇貨として、就業規則上の保護に名をかりて、さして業務上の必要のないのに評価上不利益な地位である新しい現業まがいの職場を創設して独身寮の寮事務係として配転させ、結局は同人の労働意欲を喪失させることにより、退職の決意をさせようとしたものと推認できるのであり、被申請人が本件配転をなした決定的動機もここにあったものと解さざるを得ない。本件配転は、女子従業員が結婚、出産したことをもって、これを離職に至らしめようとする意図から発した不利益処分であり合理的配転でなく、したがって、人事権の乱用というべきで、無効と解すべきである。
以上のことから明らかのように、本件配転命令は無効と断ずべきであるから右命令違反を理由とする限り本件懲戒解雇は無効といわざるを得ず、被申請人主張のその余の解雇事由も配転命令が無効である以上、これと切り離した独立の非違行為として懲戒解雇の事由とすることは許されないものであるから、結局本件懲戒解雇は権利濫用として無効である。 - 適用法規・条文
- 02:民法1条3項
- 収録文献(出典)
- 労働関係民事裁判例集23巻4号499頁、諏訪康雄・ジュリスト541号119頁
- その他特記事項
- 控訴審(No.80)参照。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
横浜地裁 − 昭和44年(ヨ)第629号 | 申請認容(申請人勝訴) | 1972年08月24日 |
東京高裁 − 昭和47年(ネ)第2138号 | 原判決取消(控訴人勝訴) | 1974年10月28日 |