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S電工損害賠償請求事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- S電工損害賠償請求事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成7年(ワ)第8009号
- 当事者
- 原告 個人2名
被告 株式会社
被告 国 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2002年11月29日
- 判決決定区分
- 請求棄却(原告敗訴)
- 事件の概要
- 本件のうち、被告S電工株式会社に対する訴えは、同社女子社員である原告らが、主位的に、同社から、同時期入社の同学歴の男子社員との間で昇給、昇進等に関し不利益は処遇を受けてきたが、これは違法な男女差別であり不法行為または債務不履行に該当すると主張して、同時期入社、同学歴男子社員との賃金格差相当額の損害賠償等の支払を求め、予備的に、仮に、右のような男女別処遇が、当初は違法とまでいえないものであったとしても、社会意識の変化等によりその後は違法となったのに、男女間格差を放置したことは是正義務違反の不法行為または債務不履行に該当すると主張して、是正義務発生後の賃金格差相当額の損害賠償等の支払を求めた事実であり、被告国に対する訴えは、原告らが被告住友電工株式会社を相手方として行った男女差別の紛争に関する調停申請に対し、被告国の機関である大阪婦人少年室長が調停不開始の決定をしたことに関し、原告らが右決定は裁量権を濫用したものであり、原告らの調停を利用する機会を侵害したと主張し、国家賠償法に基づいて、被告国に慰藉料等の支払を求めた事案である。
- 主文
- 一 原告らの請求をいずれも棄却する。
ニ 訴訟費用は原告らの負担とする。 - 判決要旨
- <被告会社に対する請求>
原告らが比較対象とする事務職として採用された高卒男子はすべて全社採用であり、中堅幹部候補要員としての位置付けで採用されたが、原告ら高卒事務職は事務所採用であり、当初から定型的補助的業務に従事させることを予定して採用された。
全社採用か事業所採用かの違いは、幹部候補要員として採用したか否かという被告会社における社員としての位置付けの違いを反映するものであり、社員の採用区分に相当するものと認められ、全社採用の事務職と事業所採用の事務職とは職種としての区分が異なるというべきであって、両者を同列に論ずることはできない。
したがって、幹部候補要員として採用された全社採用の高卒男子事務職が、数年後には全員専門職に転換し、その後さらに、そのほとんどが管理職に昇進したことは、一見年功序列に見えるけれども、それは当初から予定されていたことであり、幹部としての育成のための研修、教育、仕事の配置等も行われて来たはずであるから右のようなほぼ一様な職種転換、昇任、昇進の経緯を辿るのもまた当然であったと考えられる。他方、原告ら高卒女子事務職は、定型的補助的業務に従事する社員という位置付けであるから、その多くが未だ一般職にとどめ置かれていることもまた当初から被告会社が予定していたことというべきである。その結果、現在では職種、職分、職級を異にすることになり、それが著しい賃金格差に繋がっているとしても、両者間には単に男女の違いというのみならず、社員としての位置付けの違いによる採用区分、職種の違いが存するのであるから、それを直ちに男女差別の労務管理の結果ということはできない。原告らは、右のような採用区分の存在について何らの説明を受けていないことなどを理由に全社採用、事業所採用という社員の区分は存しないとしたうえで、さらに、専門職と一般職ないし事務職との職種区分には合理性がなく、男女を振り分けるための区分であり、男女差別の労務管理であると主張する。
確かに、被告会社には、全社採用、事業所採用という社員の区分があることを記載した社内規程等は存しないし、原告らが採用される時点で採用区分が存すること等の説明はなされていない(これらは当事者間に争いがない。)。しかし、上記のとおり、被告会社が全社採用、事業所採用という2種類の採用方法を使い分けて社員を採用していること、そしてその採用方法の違いによって社員の処遇を異にしていることは証拠上疑いのない事実であって、これを左右するに足る証拠は全く存しない。
また、企業が労働者を雇用するに当たって説明義務を負うのは、当該労働者との労働契約の内容となる労働条件についてであり、他の労働者の労働条件等について説明がなかったからといって、これらを均等に処遇しなければならないというものではない。原告らは、勤務地限定のある事務職という募集に応募し、事務職として採用されて現在でも事務職から移行した一般職として処遇されているのであるから、その処遇には原告らが締結した労働契約との齟齬はない。高卒女子は、女子であることを理由に全社採用の対象から排除されていたのであり、専門職への職種転換の対象からも排除されていたのであって、被告会社は、高卒女子の社員としての位置付けを通じて間接的には男女別の労務管理を行っていたといわなければならない。
企業は、いかなる労働者をいかなる条件で雇用するかについて広範な採用の自由を有するから、あらかじめ、募集する労働者の社内での位置付けを行い、社員間に区分を設けて、採用の当初からその区分に応じた異なる処遇を行うことは企業が自由に行いうることであるが、かかる採用の自由も、法律上の制限がある場合はもちろんのこと、そうでない場合でも基本的人権の諸原理や公共の福祉、公序良俗による制約を受けることは当然であり、不合理な採用区分の設定は違法になることもあるというべきである。
被告会社が、一方で幹部候補要員である全社採用から高卒女子を閉め出し、他方で事業所採用の事務職を定型的補助的業務に従事する職種と位置付け、この職種をもっぱら高卒女子を配置する職種と位置付けたこと、その理由も結局は、高卒女子一般の非効率、非能率ということによるものであるから、これは男女差別以外のなにものでもなく、性別による差別を禁じた憲法14条の趣旨に反する。
しかしながら、憲法14条は私人間に直接適用されるものではなく、労働基準法も男女同一賃金の原則(4条)は規定しているものの、採用における男女間の差別禁止規定は有していない。いうまでもなく、憲法14条の趣旨は民法1条1項の公共の福祉や同法90条の公序良俗の判断を通じて私人間でも尊重されるべきであって、雇用の分野においても不合理な男女差別が禁止されるという法理は既に確立しているというべきであるが、他方では、企業にも憲法の経済活動の自由(憲法22条)や財産権保障(憲法29条)に根拠付けられる採用の自由が認められているのであるから、不合理な差別に該当するか否かの判断に当たって、これらの諸権利間の調和が図られなければならない。
このような観点から検討すると、昭和40年代ころは、未だ、男子は経済的に家庭を支え、女子は結婚して家庭に入り、家事育児に専念するという役割分担意識が強かったこと、女子が企業に雇用されて労働に従事する場合でも、働くのは結婚又は出産までと考えて短期間で退職する傾向にあったこと、このような役割分担意識や女子の勤務年数の短さなどから、わが国の企業の多くにおいては、男子に対しては定年までの長期雇用を前提に、雇用後、企業内での訓練などを通じて能力を向上させ、労働生産性を高めようとするが、短期間で退職する可能性の高い女子に対しては、コストをかけて訓練の機会を与えることをせず、定型的補助的な単純労働に従事する要員としてのみ雇用することが少なくなかったこと、女子に深夜労働などの制限があることや出産に伴う休業の可能性があることなども、女子を単純労働の要員としてのみ雇用する一要因ともなっていたことなどが考慮されなければならない。
右に述べた諸事情は公知の事実というべきであって、現に、昭和40年から昭和52年までに採用された高卒女子事務職の在職率は、前記のとおり、わずか約2.7%に過ぎない。
採用における男女差別が、実定法上初めて禁止されたのは平成9年に均等法を改正した「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保に関する法律」5条によってであり、均等法7条ではこの点は事業主の努力義務にとどめられていたことも、右のような社会意識の存在を配慮したものと考えられる。
右のような男女の役割分担意識は現在では克服されつつあり、もはや一般化できなくなってきており、また、女子の労働に対する考え方も多様化して女子の勤務年数も次第に長期化してきているから、現時点では、被告会社が採用していたような女子事務職の位置付けや男女別の採用方法が受け入れられる余地はないが、原告らが採用された昭和40年代ころの時点でみると、被告会社としては、その当時の社会意識や女子の一般的な勤務年数等を前提にして最も効率のよい労務管理を行わざるをえないのであるから、前記認定のような判断から高卒女子を定型的補助的業務にのみ従事する社員として位置付けたことをもって、公序良俗違反であるとすることはできない。女子のみを定型的補助的事務と位置付けることは、今日では許されないものではあるが、原告らを補助的業務の要員として採用し、その後、そのように処遇してきたことには違法な点はないというべきであり、幹部候補要員として扱われないという意味では高卒男子の作業職についても同様であって、前述のように高卒女子事務職と高卒男子作業職との間には不合理な差別は認められず、また、専門職には転換できないとしても管理職になる途はあるわけで、原告ら高卒女子事務職の採用後の処遇についても公序良俗に反するものではないというべきである。
したがって、被告会社が、原告ら高卒女子を専門職ないし専門職転換が予定された全社採用事務職の募集対象としなかったこと、社内の位置付けでも、定型的補助的業務に従事する社員として専門職への転換の機会を与えなかったことをもって違法とすることはできない。現在では全社採用において同じ高卒であるにもかかわらず、女子のみに採用の機会を与えないことは、合理的な理由のない男女差別に該当すると考えられるから、仮に、被告会社がその後も、上記のような男女別の採用方法をとり続けたとしたら、現在に至るまでのいずれかの時点で、このような男女別の採用方法が公序良俗に反する違法なものと評価されることになるが、その際、報告会社に課せられる是正義務は、その時点で、右のような男女別採用を改め、それ以後、採用において女子にも均等な機会を与えるようにする義務に過ぎないというべきである。原告らの主張は結局のところ、被告会社が過去に行ってきた、当時としては違法とはいえなかった採用方法やそれに基づく処遇までも現在の違法性の判断基準に照らし、過去に遡って評価し直し違法評価を行うものというほかなく、法的安定性を害する。原告らが主張する是正義務の内容は、専門職への転換を希望する高卒女子事務職に対し、すでに採用された高卒男子事務職と同様の教育、訓練、配置を行ったうえ、さらに長年受審が認められてこなかったことが不利益とならないよう試験内容は職務と関連したものに改定して職種転換審査を実施すべきというものであり、これでは、ほとんど専門職への転換とそれに見合う処遇という結果を要求しているのと異ならないのであって、結果の平等を求めているに等しい。いずれの観点からしても、被告会社には原告らが主張する是正義務の発生を認めることはできず、原告ら主張の是正措置を採らなかったことが女子差別撤廃条約に反するものでもない。
したがって、その是正義務違反が債務不履行及び不法行為に該当するとして損害賠償を求める原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
<国に対する請求>
「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」(平成9年法律92朋による改正前のもの。以下に「均等法」という。)」に基づき定められた「事業主が講ずるよう努めるへに指針」(以下指針という。)のニ(1)イが、募集、採用ごとに女子を排除しないよう求めたのは、現に採用区分を設けてコース別人事管理などが行われている現状に照らすと、単に、募集、採用に当たって女子を排除しないこととしたのでは、女子差別を排除するに不十分と考えたことによるものと解され、何ら均等法の趣旨を限定するものではない。均等法8条が事業主に求める配置、昇進についての均等取扱いは、結果の平等ではなく、機会の平等を意味するものであり、機会が均等か否かは、被告国が主張するとおり、条件が同一の男女間で判断されるべきことである。事業主が採用区分を設定してコース別の人事管理を行うのは、労働者の活用のため、採用後の勤務条件や処遇を異にしているからであり、そのため、採用条件(学歴、経歴、選考試験の難易等)も採用区分に応じて異なっているのが通常である。そのような場合に、採用条件や採用後の勤務条件、処遇の異なる労働者間での昇進の違いを比較しても、そこに差があるのはむしろ当然のことであり、それをもって差別と称することはできない。
採用区分の設定が合理的か否かはこれとは別個の問題である。
したがって、大阪婦人少年室長が、採用区分ごとに差別の有無を判断しようとしたことには何ら違法はない。
昭和41年制度における専門職と事務職とでは、幹部候補生か否かという被告会社内部における社員としての位置付けを異にしており、被告会社ではこのような職種ごとに社員を募集、採用しているのであるから、まさに、採用区分に相当する。そして、同じ事務職であったとはいえ、男子事務職も専門職同様、被告会社内部では幹部候補要員として位置付けられ、採用方法も事業所採用である女子事務職とは異なり、勤務地の限定のないものとして全社採用の方法で採用され、異なる選考試験に合格するなどしてきているものであるから、このような全社採用の事務職と事業所採用の事務職との違いもまた採用区分に相当するものというべきである。
したがって、大阪婦人少年室長が、事務職で採用され後に転換した者も含め、原告らが比較対象であると主張した専門職男子と、昭和41年制度の事務職からそのまま移行してきた現行制度の女子一般職との間に採用区分の違いがあるとしたことに判断の誤りはない。原告らは、専門職の管理職割合と一般職出身の管理職割合に著しい格差が存在することを問題としているが、右のとおり、専門職と一般職とでは採用区分が異なるのであるから、その間で管理職割合に格差があるとしても、これをもって均等法に違反する男女間の昇進差別の問題とすることはできない。原告らは、被告会社の事務職の採用区分が、少なくとも均等法施行跡には違法になったとし、また、男女差別撤廃条約が、男女差別の効果をもたらすものについてもその撤廃を求めているなどとして、右採用区分の違法性を主張するのであるが、これは条約の批准前、あるいは均等法施行以前に行われた当時としては違法とまでいえなかった採用区分に、右条約や均等法を当て嵌めて評価しようとするものであるから、遡及適用以外のなにものでもない。右条約や均等法には遡及効はなく、この点の原告らの主張も採用できない。本件不開始決定が違法であるとする原告らの主張はいずれも採用できず、したがって、右主張を前提にして被告国に損害賠償の支払を求める原告らの請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。 - 適用法規・条文
- 02:民法90条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1080号126頁、労働判例792号48頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
大阪地裁 - 平成7年(ワ)第8009号 | 棄却(控訴) | 2000年07月31日 |
大阪地裁 − 平成7年(ワ)第8009号 | 請求棄却(原告敗訴) | 2002年11月29日 |