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A学園事件(上告事件)

事件の分類
その他
事件名
A学園事件(上告事件)
事件番号
最高裁 − 平成13年(受)第1066号
当事者
上告人 学校法人 A学園
被上告人 個人 1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2003年12月04日
判決決定区分
上告人敗訴部分破棄・差戻し
事件の概要
 上告人は、私立専修学校及び私立各種学校を設置することを目的とする学校法人である。被上告人は、昭和62年3月2日、上告人に期間の定めなく事務職として採用された。

 被上告人は、平成6年7月8日、男児を出産し、翌9日から同年9月2日までの8週間、産後休業を取得した。その後、被上告人は、上告人の育児休職規程13条に基づいて勤務時間の短縮を請求し、同年10月6日から同7年7月8日までの間、1日につき1時間15分の勤務時間短縮措置を受けた。

 上告人の就業規則は、特別休暇を規定しているが、各種の特別休暇のうち産前産後の特別休暇については無給としていた。就業規則を受けて、給与規程には賞与の支給の規定があり、賞与は支給対象期間の出勤率が90%以上の者に支給すること(以下「90%条項」という。)とされていた。また、育児休職規程は子が満1歳に達するまで、職員の申し出による勤務時間短縮措置を定めていた。

 上告人は賞与支給前に「回覧文書」を回覧しており、それによれば、平成6年度末賞与については産前産後休暇を欠勤日数に加算し、8週間の産後休暇を取得した場合には出勤率90%以上ではなくなり、自動的に支給対象から除外されることになる。また、平成7年度夏期賞与の回覧文書では、更に、勤務時間の短縮を受けた場合には短縮した分を欠勤日数に加算することとし、被上告人のように1日当たり1時間15分の勤務時間短縮措置を受けると、それだけで支給対象から除外されることとなった。上告人は、被上告人に対してはこれらの賞与を支給しなかった。被上告人は賞与の支払いを請求し、一審は被上告人の請求の一部を認め2回分の賞与の額の支払いを命じ、二審(原審)もほぼ同様に判断して控訴を棄却したため、上告人が上告した。
主文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
判決要旨
 労働基準法65条は、産前産後休業を定めているが、産前産後休業中の賃金については何らの定めを置いていないから、産前産後休業が有給であることまでも保障したものではないと解するのが相当である。そして、同法39条7項は、年次有給休暇請求権の発生要件である8割出勤の算定に当たっては産前産後休業期間は出勤したものとみなす旨を、同法12条3項2号は、平均賃金の算定に当たっては、算定期間から産前産後休業期間の日数を、賃金の総額からその期間中の賃金をそれぞれ控除する旨を規定しているが、これらの規定は、産前産後休業期間は本来欠勤ではあるものの、年次有給休暇の付与に際しては出勤したものとみなすことによりこれを有利に取り扱うこととし、また、産前産後休業期間及びその期間中の賃金を控除しない場合には平均賃金が不当に低くなることがあり得ることを考慮して定められたものであって、産前産後休業期間を一般に出勤として取り扱うべきことまでも使用者に義務つけるものではない。また、育児休業法10条は、事業主は1歳に満たない子を養育する労働者で育児休業をしないものに関して、労働省令で定めるところにより、労働者の申出に基づく勤務時間の短縮等の措置を講じなければならない旨を規定しているが、上記措置が講じられた場合に、短縮された勤務時間を有給とし、出勤として取り扱うべきことまでも義務付けているわけではない。したがって、産前産後休業を取得し、又は勤務時間の短縮措置を受けた労働者は、その間就労していないのであるから、労使間に特段の合意がない限り、その不就労期間に対応する賃金請求権を有しておらず、当該不就労期間を出勤として取り扱うかどうかは原則として労使間の合意にゆだねられているというべきである。 本件90%条項は、労働基準法65条で認められた産前産後休業を取る権利及び育児休業法10条を受けて育児休職規程で定められた勤務時間の短縮措置を請求し得る法的利益に基づく不就労を含めて出勤率を算定するものであるが、上述のような労働基準法65条及び育児休業法10条の趣旨に照らすと、これにより上記権利等の行使を抑制し、ひいては労働基準法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められる場合に限り、公序に反するものとして無効となると解するのが相当である(最高裁昭和55年(オ)第626号同60年7月16日第三小法廷判決・民集39巻5号1023頁、最高裁昭和58年(オ)第1542号平成元年12月14日第一小法廷判決・民集43巻12号1895頁、最高裁平成4年(オ)第1078号同5年6月25日第二小法廷判決・民集47巻6号4585頁参照)。 (1)本件90%条項は、賞与算定に当たり、単に労務が提供されなかった産前産後休業期間及び勤務時間短縮措置による短縮時間分に対応する賞与の減額を行うというにとどまるものではなく、産前産後休業を取得するなどした従業員に対し、産前産後休業期間等を欠勤日数に含めて算定した出勤率が90%未満の場合には、一切賞与が支給されないという不利益を被らせるものであり、 (2)上告人においては、従業員の年間総収入額に占める賞与の比重は相当大きく、本件90%条項に該当しないことにより賞与が支給されない者の受ける経済的不利益は大きなものである上、 (3)本件90%条項において基準とされている90%という出勤率の数値からみて、従業員が産前産後休業を取得し、又は勤務時間短縮措置を受けた場合には、それだけで同条項に該当し、賞与の支給を受けられなくなる可能性が高いというのであるから、本件90%条項の制度の下では、勤務を継続しながら出産し、又は育児のための勤務時間短縮措置を請求することを差し控えようとする機運を生じさせるものと考えられ、上記権利等の行使に対する事実上の抑止力は相当強いものとみるのが相当である。そうすると、本件90%条項のうち、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めないものとしている部分は、上記権利等の行使を抑制し、労働基準法等が上記権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから、公序に反し無効であるというべきである。そして、本件90%条項は、賞与支給対象者から例外的に出勤率の低い者を除外する旨を定めるものであって、賞与支給の根拠条項と不可分一体のものであるとは認められず、出勤率の算定に当たり欠勤扱いとする不就労の範囲も可分であると解される。また、産前産後休業を取得し、又は労働時間短縮措置を受けたことによる不就労を出勤率算定の基礎としている点が無効とされた場合に、その残余において本件90%条項の効力を認めたとしても、労使双方の意思に反するものではないというべきであるから、本件90%条項の上記一部無効は、賞与支給の根拠条項の効力に影響を及ぼさないものと解される。 本件90%条項のうち、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めないものとしている部分が無効であるとしても、計算式の適用に当たっては、産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分は、本件各回覧文書の定めるところに従って欠勤として減額の対象となるというべきである。そして、各計算式は本件90%条項とは異なり、賞与の額を一定の範囲内でその欠勤日数に応じて減額することにとどまるものであり、加えて、産前産後休業を取得し、又は育児のための勤務時間短縮措置を受けた労働者は、法律上、上記不就労期間に対応する賃金請求権を有しておらず、上告人の就業規則においても、上記不就労期間は無給とされているのであるから、本件各除外条項は、労働者の上記権利等の行使を抑制し、労働基準法等が上記権利等をを保障した趣旨を実質的に失わせるものとまでは認められず、これをもって直ちに公序に反し無効なものということはできない。
 ところが、原審は、本件90%条項のうち、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数に産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めないものとしている部分は、権利行使の著しい抑制に当たり公序に反し無効であると判示したものの、本件各除外条項が公序に反する理由については、具体的に示さないまま、直ちに本件各除外条項がない状態に復するとして、各計算式を適用せず、上告人の本件各賞与全額の支払義務を肯定した。この原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。 (本判決には、横尾和子裁判官の意見及び泉徳治裁判官の反対意見が付されている。)
適用法規・条文
02:民法90条,
07:労働基準法24条,
07:労働基準法65条,
09:育児・介護休業法10条,
収録文献(出典)
労働判例862号14−23頁、865号5−12頁
その他特記事項