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東京N大学研究合宿事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
東京N大学研究合宿事件
事件番号
東京地裁 − 平成10年(ワ)第29886号
当事者
原告個人1名

被告個人1名(A)

被告学校法人B
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2001年11月30日
判決決定区分
一部認容、一部棄却(控訴)
事件の概要
 原告は、平成7年4月に被告B大学商学部商業学科に入学し、平成11年3月に卒業した女性であり、被告Aは原告の指導教官である。原告は2年次、3年次に「国語国文研究」を履修し、その中で、平成8年11月から10年5月までの間5回にわたって各自の創作作品を批評し合う形式の批評会を行う合宿が実施され、原告、被告Aともそのすべてに参加した。

 平成9年9月の2回目の合宿の際、企画運営を担当していた原告が被告Aの部屋に呼びにいったところ、部屋に入るよう指示され、Aが読んでいたバインダーを見せたので原告が体を近づけたところ、いきなりAが原告の手を強くつかんで布団の上に引き倒し、抵抗する原告の手を掴んだまま背後から胸などを撫で回す等猥褻な行為をした。原告は逃げようと思ったが、恐怖に加え、Aの指導を受けてきた立場から逃げることができなかった。結局仲間の学生が被告を呼びに来たため、強姦は未遂に終わった。

 原告はその後このことを友人やゼミの教授には打ち明けたが、警察に訴えることはせず、友人達の励ましもあって、月に1回程度被告の授業にも出席していた。また、原告は3回目から5回目までの合宿にも参加したが、いずれも企画運営はせず、被告とは話もしなかった。

 被告Aは5回目の合宿の際、参加者の女性を自室に誘い、朝まで同室した。原告は、Aが合宿という授業の延長の場で、自分と同じことをこの女子学生にしたと思い、激しい憤りを覚え、仲間と共に電話・FAXでAに抗議したが、Aは原告が主張するような猥褻行為は一切していないと主張した。
 被告大学は、本件合宿は大学の教科によるものではなく、文芸創作を趣味とする同好者の集まりであって、被告Aは審査員的な立場で参加していたに過ぎず、原告は同年度の「国語国文研究」を履修していなかったから、大学の授業とは無関係であるとして、使用者としての民法第715条の責任を負わないこと、また、たとえ原告が主張するような非行があったとしても、単位取得のための教授と学生という関係ではないから、教授としての地位利用ということはありえないとして争った。
主文
判決要旨
 猥褻行為はなかったとする被告Aの供述は、原告の帰りが遅いため被告を迎えに行った学生が入室した時の客観的な状況と相容れないこと、Aの供述内容に不合理な点があることに照らして信用することはできない。

 これに対し、原告の供述は当時の状況についてそれなりの具体性と一貫性をもつと評価でき、迎えに来た学生が入室する直前に原告と被告Aの間に性的接触関係があったとの事実が強く推認されるものである。更に、原告は加害行為の直後に仲間に被害を打ち明けていること、合宿解散後他の参加者らに被害を打ち明けていることから、概ね首肯できるものであり、被告Aの供述に比して相対的に高い信用性を有すると評価できる。

 被告Aは本件合宿において作品に朱を入れるなど参加者を指導する立場にあったこと、本件合宿参加者の多くはAの授業に出席していた者であること、Aの授業で参加者を募ったこと、合宿にかかった費用のうちコピー代等について、Aの承認のもとに被告大学から補助金が支出されていたことが認められる。そうすると、被告Aの猥褻行為自体は正規の授業時間外に学外で行われた合宿で行われたものではあるが、Aの指導者としての地位、合宿の批評会と授業内容との共通性、合宿参加者と授業参加者との共通性等の事情に照らせば、「国語国文研究」の授業の延長としての性格を有するものというべきであるから、本件合宿における被告Aの猥褻行為は、被告大学の事業執行行為と密接な関連を有する行為と認められる。したがって、被告Aの使用者である被告大学は、民法第715条により、原告に対して、損害を賠償する義務がある。

 原告は本件合宿時に遭遇した性被害事件を直接の契機として、当時から重度のPTSDに罹患しており、それが3ヶ月以上の慢性型に該当すると診断されたことが認められる。そうすると、原告は、被告Aの猥褻行為により相当の精神的苦痛を被ったことが認められるから、その慰謝料の額は150万円、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は30万円と認めるのが相当であり、被告らは原告に対して、連帯して180万円を支払う義務がある。
 なお、原告は平成11年3月に大学を卒業して同年4月から就職し、現在は別の会社に勤務していることが認められるから、就職の困難等を理由とする原告の逸失利益の主張は理由がない。
適用法規・条文
02:民法709条02:民法715条
収録文献(出典)
労働判例838号92頁、判例時報1796号121頁
その他特記事項
本件は控訴された。