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東京派遣社員事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
東京派遣社員事件
事件番号
東京地裁 − 平成7年(ワ)第20934号
当事者
原告個人1名

被告個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1997年01月31日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告は人材派遣会社に勤務する25歳の女性であり、被告は原告の派遣先会社の男性従業員である。

 原告が勤務を開始して2日後、同僚6人で原告の歓迎会が開かれたが、原告が強度の酩酊状態になったため、被告がタクシーで自宅に送ることになった。ところが車内で原告が帰りたくないという趣旨の発言をしたことから、下車してホテルに入り、しばらくカラオケを歌うなどした。この後原告が着衣のままベッドで眠ってしまい、被告が原告の着衣を脱がそうとしたため、原告が目を覚ましてこれに抵抗すると、被告は暴力を振るって抵抗を排除し、強いて性行為に及んだ。原告はこの後眠ってしまい、翌朝被告から交通費を借りて帰宅したが、数日間は精神的ショックと身体的打撲により出社できず、体調が回復した後も、被告に対する恐怖心から出社できなかった。

 原告は、被告の一連の行為によって著しい精神的・身体的苦痛を受けたとして、慰謝料300万円、治療費、出社できなかったことによる逸失利益30万円を請求した。これに対し被告は、原告にも落ち度があるとして、7割の過失相殺を主張した。
主文
1 被告は原告に対し、金158万円を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 この判決の1項は、仮に執行することができる。
判決要旨
1 不法行為の成否について

 原告がホテルの客室内で性行為を拒絶する態度を明確にした以降の被告の行為は違法であり、原告に対する不法行為を構成するものといわざるを得ない。

 被告は、原告のまだ帰りたくない旨の発言及びその後の行動を、原告が真意から性交渉を求めていると思ったことが認められるが、被告は原告の状況について認識していたのであるから、原告がかなり酩酊し正常な判断ができない状態にあると判断できたというべきであり、かつ、どのように誤解したとしても、ホテル内での性交渉を求める行動の中で、原告がこれを拒否する態度を明確にした以上、被告は直ちに行動を中止すべきであったのであり、その誤解が被告の行為を正当化するものでないことは当然である。また、原告は、性行為終了後直ちにホテルから逃げ出したりせず、かえって翌朝交通費を借用するなどしているが、かといって原告が性交渉について同意ないし承諾していたと認めることができないことは明らかである。

2 損害について

 原告は精神的ショック及び身体に受けた打撲等のため、2日間起きられず、腰の痛みと発熱で自宅で寝込む状態であったこと、その後も精神的ショックが継続し、食事の摂取もほとんどできず胃が痛む状態が続いたこと、更に原告は被告と顔を合わせることを恐れて出勤することができなかったことなどの事実を認めることができる。このほか、被告の違法行為の態様等に照らすと、原告の被った精神的、身体的苦痛を慰謝するためには、金200万円をもって相当と認める。なお、本件においては、性交が既遂であったかどうか必ずしも明らかではないが、被告の行為の違法性に照らすと、既遂か未遂かは特段結論に影響を及ぼすものではない。

 原告は、平成7年4月12日には客観的に就業できる状態にあったと認められるから、被告の不法行為との間の因果関係を認めることができる休業期間は9日分と認めるのが相当であるから、9日分の金9万4500円を逸失利益として認める。
 原告は酩酊の上、タクシーの車内で「帰りたくない」と言ったり、降車後連れだって歩き、最終的にホテルに投宿したものであり、この経過の中で、原告が性交渉を求めていると誤解するような言動が原告にあったと考えられ、これが被告の不法行為の誘因になった面があることは否定できない。しかしながら、原告の言動は、明らかに酩酊状態の中でのものであり、被告においてもこれを認識し得る状況であったといえるのであるから、酩酊に至ったのが自己の責任であることを考慮しても、原告の言動を原告の落ち度として重要視するのは相当ではない。その他事実を総合考慮すると、原告の損害については、その4分の1を相殺すべきものと認める。そうすると、原告の損害合計額は210万6660円となるところ、その4分の1を相殺した158万円を持って、被告の賠償すべき金額と認める。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例716号105頁
その他特記事項