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国会議員秘書事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
国会議員秘書事件
事件番号
東京地裁 − 平成7年(ワ)第21665号(甲事件)、東京地裁 − 平成8年(ワ)第9857号(乙事件)
当事者
原告甲事件原告・乙事件被告 個人1名

被告甲事件被告・乙事件原告 個人1名

被告乙事件被告 個人1名A
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1997年12月24日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 甲事件被告・乙事件原告(被告)は男性参議院議員であり、甲事件原告・乙事件被告(原告)は、被告の事務員として雇用され、参議院議員会館で勤務していた女性である。

 平成7年2月20日、被告は事務所において、いきなり原告に抱きついてキスしようとし、原告が口を固く結んでいると、唇、頬を舐めまわし、扉の鍵を施錠した上で、原告の前にひざまずいてその足に抱きつき、「一目見たときから好きだった。」「ずっといてくれ。」「世界旅行に連れて行ってやる。」「糖尿病だから立たん。」と言って自分の股間部を指差し、「1年で病気を治すから、そしたら寝てくれ。」などと述べた後、原告を長椅子に座らせ、スカートの中に手を入れようとしたり、逃れようとする原告を抱きすくめ、両手で頭を押さえつけた上、キスをしようとし、原告のセーターをまくしあげて胸に手を入れて乳房や肩を噛むなどの行為に及んだ。

 原告は、翌21日、事務所を無断欠勤し、議員秘書に対して理由を告げずに退職届を提出した。被告は同日以降24日まで連日原告の自宅に電話をかけ、出勤を要請した。原告の夫(乙事件被告)Aは、被告に対し質問状を送付して回答を求めたところ、原告から電話があり、「ホンマに申し訳ないワシのやったことは万死に値します。」「ワシは人間のクズです。」「このままでは死んでも死に切れん。」などと述べた。

 被告はAに対し、同年3月7日付けで、今回の件は事実無根だが、誤解を招いたことについて深く反省する旨の回答書を送付したため、Aは質問状を改めて送付した。また、原告とAは政党の実力者に相談をしたが、被告が事実を認めないことで好転が見られず、弁護士に相談したりしたが結局受任を断られてしまった。その後参議院議員選挙があり、被告は当選し制裁を受けることなく要職に就いたことから、原告は激怒して被告に面会を求めたところ、被告はこれに応じようとしなかった。

 原告は、被告のわいせつ行為によって貞操の危機に晒され、名誉も侵害され、円満な家庭生活も脅かされ、多大な精神的苦痛を受けたほか、原告は被告の要請により以前の勤務先を辞めて就職したのに、このわいせつ行為によって退職に追い込まれたとして、不法行為に基づき損害賠償として、慰謝料800万円、弁護士費用80万円を請求した(甲事件)。

 一方、被告は、週刊誌に「議員会館で婦女暴行に及んだ国会議員○○」の見出しのもと、被告があたかも原告に対してわいせつ行為を行ったかのような記事が掲載されたが、これは原告及びAが取材に対して架空の事実を述べて記事を掲載させたと主張し、この記事によって被告は国会議員としての社会的信用を著しく傷つけられ、精神的苦痛を受けたとして、原告及びAに対して、不法行為に基づく損害賠償として各1000万円を請求した(乙事件)。
主文
1 被告は原告に対し、金180万円及びこれに対する平成7年2月21日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告の甲事件のその余の請求を棄却する。

3 被告の乙事件の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じて、原告と被告との間においては、原告に生じた費用と被告に生じた費用の2分の1を5分し、その2を原告の負担とし、その余を被告の負担とし、被告とAとの間においては、被告に生じた費用の2分の1とAに生じた費用を被告の負担とする。

5 この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 甲事件について

 被告は、平成7年2月20日の出来事について、議員秘書との打合わせの後、風邪気味であった原告に帰って休むよう言い置き仮眠したが、目を覚ましても原告がいるので重ねて帰るように言ったところ、原告は「はい。」と返答して帰宅したとの供述がある。しかしこの供述が真実であるとすれば、原告の訴えは、被告を陥れるための陰謀か、少なくとも何らかの目的のために性的被害を捏造したということになるが、そのようなことを窺わせる事情は見当たらない。また、被告が翌21日から24日まで連日原告の自宅に電話をかけた事実は被告も認めるところであるが、無断欠勤した一秘書の自宅に、単に機嫌伺いや病気見舞いのために、議員が自ら4日間も連日電話をかけたということは、いかにも不自然である。

 認定した事実に寄れば、被告は嫌がる原告に対し、強引にキスしようとし、唇や頬を舐め回し、スカートの下から手を入れようとしたり、セーターをまくしあげて乳房や肩を噛んだりするなどのわいせつ行為に及んだというのであり、これは不法行為を構成するというべきである。

 被告の行ったわいせつ行為は、雇用主であり、国会議員である被告がその地位を利用するとともに、有形力を行使して原告の意に反してわいせつ行為に及んだものであって、その態様は悪質というほかなく、加えて、原告は貞操の危機に晒されたばかりか、その後、夫からも叱責されたり、家庭内で孤立したりして、自ら身の潔白を晴らさざるを得ない立場に追い込まれたのであって、原告が相当の精神的苦痛を受けたことは想像に難くない。また原告は、被告の要請を受けて従前の勤務先を辞めて被告の事務所で勤務するようになったのに、それから僅か3ヶ月弱で被告のわいせつ行為が原因で退職を余儀なくされ、職を失ったのである。さらに、原告は、被告に対して再三再四にわたり謝罪を求めてきたが、被告は事実を否定して謝罪には一切応じていない。以上の点及び本件に現れた諸事情を総合考慮すれば、原告の受けた精神的苦痛を慰謝するには金160万円をもって相当と認める。また、本件事案の内容や訴訟遂行の難易などを考慮すれば、被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、金20万円と認めるのが相当である。

2 乙事件について

 週刊誌が平成7年4月6日号に本件記事を掲載したことは争いがないが、週刊誌の取材に対して原告はもとより、その夫であるAについても、被告が原告に対してわいせつ行為を行った旨を告げるなど、本件記事が掲載されるについて出版社に対して情報提供等取材協力を行ったと認めるに足りる証拠はない。そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告及びAに対する名誉毀損の不法行為は成立しないから、被告の請求はいずれも失当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
判例時報1640号138頁
その他特記事項
本件は控訴された。