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京都寺院事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
京都寺院事件
事件番号
京都地裁 − 平成8年(ワ)第522号、京都地裁 − 平成8年(ワ)第988号
当事者
原告本訴原告・反訴被告 個人1名

被告本訴被告・反訴原告 個人1名、寺院
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年03月20日
判決決定区分
棄却(確定)
事件の概要
 原告(昭和4年生)は、昭和55年5月から被告寺に勤務し、主に清掃、職員の昼食の準備を担当していた女性であり、被告Aは、被告寺の代表役員の男性である。

 平成8年3月2日、前日に原告が被告らに対して性的な嫌がらせの訴えを提起したことから、各新聞紙上にこれに関する記事が掲載された。

 原告は、被告Aが次のようなセクハラ行為を行ったと主張した。すなわち、平成5年3月頃、被告Aは原告に対し、勤務中に、「これな」と言って、「おそそするほど/仕事をすれば/さおが立つほど/倉が建つ」という句が記載された書面を手渡した(第1の不法行為)。同年9月頃、原告が昼食用のおにぎりを持って事務長室に入り、引き返そうとしたところ、被告Aが突然背後から原告に抱きついた(第2の不法行為)。平成6年1月頃、原告が被告寺の職員であるBとともに休憩していると、被告Aが突然入って来て、原告らの足元にひざまずくようにして座り、原告の太腿部分を「ああ、ええなあ」と」言いながら撫でるようにして触った(第3の不法行為)。被告Aは、原告ら女性職員に対し、「お加持やで」などと言いながら、肩などを触ったり、「遊んでえな。」と声をかけたり、「筆下ろし」と言いながら毛筆の筆先で女性職員の腕を撫でたりするなどの行為を日常的に行っていた(その他の不法行為)。

 原告は、被告Aのこうした行為は、原告の意に反して性的な接触をし、卑猥な文言を記した書面を手渡すなど、原告の人格権を侵害するものであり、不法行為に該当すること、被告寺は、被用者との関係において社会通念上伴う義務として、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務があるのに、この義務を怠り、よって被告Aの不法行為を惹起せしめたのであり、民法415条又は709条により損害賠償責任を負うことを主張して、原告は被告らに対し慰謝料100万円を請求した。

 被告らは、原告の主張する不法行為を否認し、不法行為が存在しないのに、存在するものとして本訴請求を提起し、被告らの社会的名誉を著しく毀損したとして、原告に対し謝罪広告の掲載と、被告寺に対し1000万円、被告Aに対し300万円の損害賠償を請求した。
主文
1 本件原告の本訴請求及び反訴原告の反訴請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、これを2分し、その1を本訴原告・反訴被告の負担とし、その余を本訴被告・反訴原告の負担とする。
判決要旨
1 本訴請求について

 第1の不法行為について、原告が主張するように驚き憤慨したのであれば、直ちに被告寺の然るべき人物に申告するか、それを捨てるのが通常と思われるが、これを保管していたことについて、やや不自然な感は否めない。第2の不法行為について、被告寺の職員は原告や同僚女性が被告Aから抱きつかれたり手を握られたりしたとの話は聞いたことがないと供述している。第3の不法行為について、原告が主張する行為があり、原告やBが憤慨したのであれば、被告寺の然るべき人物に申告するか、今後の対策などを相談するのが通常であると考えられるところ、Bは原告とその出来事について全く話したことはない旨供述している。原告は、特に第3の不法行為があってから、被告Aを避けていた旨供述するが、第1の不法行為の翌月である平成5年4月、被告Aが原告とBにラピスの数珠を見せたところ、原告とBがラピスのネックレスを欲しいと希望したため、被告Aが代金を預かって、販売業者からこれを買い受けて、原告とBに渡したことが認められる。

 第2の不法行為があった翌月である平成5年10月頃、原告は被告Aから絵画をもらい、その礼状とともにお礼のスリッパを渡していること、第3の不法行為があった翌月である平成6年2月14日のバレンタインデーに、原告とBが被告Aに対し贈り物をしたことが認められる。平成6年4月7日に撮影された写真では、Bが被告Aの肩に手をかけて2人で写っている写真、被告Aが原告の肩に手をかけて写っている写真があり、いずれも親しげな様子が窺える。以上の事実からすると、第3の不法行為の後においても、原告と被告Aとの関係は険悪なものでなかったことは明らかであり、原告が供述するように被告Aを避けていたという関係は認められない。

 このように見てくると、第1ないし第3の各不法行為については、原告やBの供述には疑問点がある上、本件各不法行為後の状況からすると、原告やB供述は全体として信用性に乏しい。他方、被告Aの供述は、筆で原告ら女性職員の手を触ったことは認めるなど、自己に不利益な事実も認めており、供述に矛盾した点は見出しがたく、全体として信用することができる。よって、第1ないし第3の不法行為は認定できない。

 被告Aは、冗談で戯れ歌を作成し、張り紙用の他の書面とともに原告、Bら女性職員に見せたこと、被告Aは筆を洗っている時に、近くの女性職員に対して「筆下ろし」などと言いながら、筆先で肘から手首あたりを触ったりしたことが数回程度あり、「先生やめとき」と1度注意されたことがあること、被告Aは、原告の肩を1回か2回程度、「お加持やで」(触るとお陰があるという意味)と言いながら触ったりしたことについては認めることができる。しかしこうした行為は、その行為がされた状況や行為態様等からすると、社会的に見て許容される範囲を逸脱しているということはできないのであって、違法な行為とはいえない。

2 被告の反訴請求

 訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易に知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当であるところ、本件では、被告Aの不法行為が認定できないことは既に述べたとおりであるが、被告Aにおいて、社会的に見て許容される範囲を逸脱しているものではないとはいえ、筆先で原告ら女性職員の肘から手首あたりを触ったりするなどしており、本訴請求の訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとは認められない。
適用法規・条文
民法44条、709条、710条
収録文献(出典)
判例時報1858号155頁
その他特記事項