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Y香料事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
Y香料事件
事件番号
大阪地裁 − 平成7年(ワ)第8018号(甲事件)
当事者
原告個人1名

被告個人2名A、B、

被告Y香料株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年07月29日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告会社は、香料の製造販売等を目的とする株式会社で、被告Aは調香部部長、被告Bは経理課長の地位にある男性であり、原告は、平成6年11月、期間の定めなく調香師として雇用された女性である。なお、被告Aは原告の直属の上司の地位にあった。

 原告は、被告Aが原告の入社直後から、平日、休日を問わず、デートを度々強要し、勤務時間中に低劣で卑猥な言葉で原告を口説こうとしたり、女性蔑視の言葉を繰り返したりし、平成6年末には、深夜から明け方にかけて原告を飲酒等に連れ回した挙句、酔った原告に性関係を強要しようとしたこともあったこと、平成7年1月31日、被告Aは原告に対し、「本当は君も俺に抱かれたくてしょうがないんやろ。」「少しぐらい言うことを聞け。」「いい年してもったいぶるな。」などと言い、「フランスの研修かて体使ったんやろ。」「体しかないよな。俺を紹介した調香師ともあったんやろ。」などとセクハラ発言を行ったこと、被告Bは原告と被告Aとの諍いを見て、原告に食事の同席を強要した上、「被告Aとのことは自分がうまく取り計らうので、言うとおりにしろ。」と暗に交際を迫り、その後も「部屋に泊まらせろ。」「一人では寂しいだろ。」などと言い寄って、職場環境を悪化させたのみならず、平成7年4月には、原告を被告会社の1室に監禁したこと、被告A及び被告Bは、原告が進める東京研究室の開設準備に対し、レイアウトや什器備品等の購入等について、嫌がらせをしたことを主張した。

 これに対し、被告会社は、原告が被告Aに対して、酒を飲みながら「この人は偽善者だ。」と怒鳴りながら酒の入った湯呑みを投げつけたり、「お前なんかにガタガタ言われたくない。」などと散々罵倒したりし、新事務所の図面を見ると、自分の机が入らないなどと大声で騒いだほか、東京事務所の事務室と研究室の仕切りや什器備品の購入について、一旦は同意しながら後にこれを覆したり、東京研究室の予算に関する被告Bからの問い合わせに対して「口出しをされたくない。」と言ったりしたこと、平成7年4月18日には、東京研究室のドアの位置について怒り出し、被告Bが電話で被告Aと話しをするように説得したのに、社長室から被告Aに電話をかけ、被告Aの「早くどっちかに決めろ。」という怒鳴り声を社長に聞かせたこと、また、同年6月13日には、原告が注文した香料のサンプルの支払いに関し、被告Bが問い合わせたのに対し、「いちいちBさんに言われることはない。」と怒鳴り、これを注意した被告Aに対しては、「上司らしいことは何もしてくれず、上司面するな。」と怒鳴り散らしたこと主張した。

 被告会社は、原告のこれらの行為は、就業規則に違反するとして、普通解雇とすることとし、平成7年6月26日、原告に対し解雇を通知し、同日、解雇予告手当として賃金1ヶ月分相当額の38万円を原告に支払った。

 これに対して原告は、被告会社が主張する解雇事由は、いずれも些細な事柄であり、その事実があったとしても、これをもって解雇を正当化するものではなく、これらの事実を原因として原告を解雇するのは、解雇権の濫用であるとして、原告が未だ被告会社の従業員たる地位を有すると主張した。
主文
1 被告会社は、原告に対し、41万4000円の支払いをせよ。

2 原告は、被告会社に対し、別紙目録記載の建物を明け渡し、平成7年8月1日以降右明渡し済みまで1ヶ月8万9350円の割合による金員の支払いをせよ。

3 原告のその余の請求を棄却する。

4 訴訟費用は、甲乙事件を通じ、原告に生じた費用の10分の1を被告会社の、被告会社に生じた費用の10分の9、被告B及び被告Cに生じた費用の全部を原告の負担とし、その余は各自の負担とする。

5 この判決は、第1項及び第2項につき、仮に執行することができる。
判決要旨
1 甲事件について

 平成7年1月31日の事件については、原告と被告Aの言い分は相反しており、原告が被告Aに対し湯呑みを投げつけた動機としては原告の説明の方が説得的ではあるが、原告としては被告Aから卑猥なことを言われたのであれば、早々に帰宅すれば良いのであって、原告の陳述をそのまま信用することはできず、原告が上司たる被告Aに対し湯呑みを投げつけたとまでは断定できないし、やや攻撃的な言動をしたことは認められるものの、原因が特定できない以上、就業規則違反と認めることは困難である。

 同年3月1日に、原告は開設予定の東京研究室と事務室の配置図の送信を受け、担当者Cに激しい言葉で抗議し、電話を一方的に切ったことが認められる。原告は元々東京研究室の調香師となる予定で採用された者であり、被告会社の社長は研究のための環境については原告の意向に沿うつもりであったことが認められるが、それにしても原告の対応は、抗議の態度として程度を超えたものといわなければならないし、翌2日、原告が無断欠勤したことが認められる。

 同年4月18日、東京研究室のドアの位置について、被告Bが原告に対し3案を示したが、いずれも原告が社長から了解を得た位置と異なり、他の物品の再配置が必要になることから、原告が怒り出したこと、原告は社長室から東京にいる被告Aに電話をかけ、口論となるや、受話器を社長に渡し、「どっちかに決めろ。」と怒鳴る被告Aの声を聞かせたことが認められ、被告Aや被告Bにも必ずしも適切でない面はあるが、原告の行動が適切とはいえないことは明らかである。

 同年6月13日には、原告が社長の了解を得て香料のサンプルを発注したが、被告Bがそれを知らなかったため、支払い請求を受けて原告に問い合わせたところ、原告が怒って「いちいちBさんに言われることはありません。」と応答し、これを咎めた被告Aに対しても、「上司らしいことを何もしてくれず、上司面するな。」などと怒鳴ったことが認められる。被告Bの問い合わせは、経理担当者の対応としては当然といってよく、原告の対応は、他課の課長や上司に対する言動としては逸脱しているというべきである。

 個々の事実については、その1つを取って解雇事由とするには、いずれもいささか小さな事実に過ぎない。ただ、原告は、その上司に当たる被告Aや経理担当課長の被告Bに反抗的であり、過激な言辞を発してその指示に素直には従わず、またCに対しても不穏当な言動をしているのであるが、これらを総合すれば、原告には、総じて、上司たる被告Aや被告Bに反抗的で、他の従業員に対しても、ときに感情的な対応をする傾向があったといわなければならない。原告は、東京研究室の開設に被告A及び同Bが協力的でないと考えており、平成7年1月31日の事件以後の感情的しこりが存在していたことも否めないが、これらを考慮しても、原告の種々の言動は、部下の上司に対する言動としてみれば程度を超えており、被告BやCに対する言動も職場の秩序を乱すものといわざるを得ない。そうであれば、原告を解雇した被告会社の措置は、その効力を否定することはできず、これを解雇権の濫用とする事由もない。 

 原告は、被告A及び同Bが自己の職務上の地位を利用して、執拗に交際を迫り、これを拒絶されるや原告に様々な嫌がらせを行った旨主張する。被告Aの陳述書には、女性がお茶汲みをするのが当然との思考が窺われ、「原告は、セクハラの対象にしてもらえるほどの女と思っていたのでしょうか。」などと記載しているのは、女性蔑視の傾向があるとみることも可能である。しかしながら、原告のセクハラ行為の供述についても、裏付けるに足りる証拠はない上、矛盾点もあり、全面的に採用することはできないところであり、被告Aの東京研究室開設に対する非協力的態度も、それだけではセクハラ行為を裏付けるものではなく、そうであれば、いまだ、原告主張のセクハラ行為を認めるに足りる証拠はないといわなければならない。また、被告Bのセクハラ行為についても、これを裏付けるに足りる証拠はない。

原告の賞与の額は年間114万円であり、その支払時期は遅くともその年度末には到来するものであるから、これが既に到来していることは明白である。その支払うべき金額は、報酬が年額として決められ、賞与の計算方法に特段の合意がないことからすると、年度途中で退職した場合には、勤務した日数により按分するのが相当である。

2 乙事件(略)
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例749号26頁
その他特記事項