判例データベース
東京水産物販売会社事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 東京水産物販売会社事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成9年(ワ)第13805号
- 当事者
- 原告個人1名
被告M商事株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1999年03月12日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 原告は、平成8年3月に31歳で被告に採用され、銀座本社で総務・経理業務に従事していた女性である。
原告の上司である男性Aは、平成9年1月22日、原告と食事をした後、ホテルに行こうと原告を誘い、中央線で帰ろうとする原告に対し、「新宿に行こう。新宿ならホテルあるだろう。あんたホテルに詳しいんだろう。ホテルまで連れて行ってくれたら後は私に任せればいいから。」等と述べたが、原告はこれを拒絶し、新宿の喫茶店に入った後、2人は別れた。
同月24日、Aは原告に対し、「今日はホテルに行こう。」と言い、同月28日、Aは原告に対し、「30,31日と社長が早く帰るから、どちらか空けておいてよ。」と言った。同月29日、原告はAを呼び出し、Aの言動によって体調が悪いことを訴えて抗議し、謝罪を求めたが、Aはまともに取り合わず、かえって、「言われるくらいの女性じゃないと。女性にとって誇りととればいいじゃない。そんなのあっけらかんとしてりゃいいんだからさ。」等と述べ、原告を食事に誘ったが、原告は断った。
原告は、同年2月3日、被告代表者にAの言動を説明し、仕事に支障を来たしていると訴えた。被告代表者は、翌4日、Aから事情を聴取したところ、Aは一部は認めたが一部を否定し、もともとは原告から誘いかける行為があり、以前から付き合いがあった等と述べた。被告代表者は、原告からAとの会話の録音テープを受け取り、その内容を聞いて、Aが一方的にセクハラをしているというよりも、両者の個人的な問題であり、両者の話し合いで解決を図ることが相当であると判断した。そこで、同月21日、両者を呼んで、Aに原告に対して謝らせ、和解するよう求めた。
原告は、代理人を依頼し、Aに対して30万円の損害賠償を請求し、示談が成立したが、同年3月24日、原告は、Aが被告代表者に対し弁護士に脅されるようなことを言われて30万円支払う約束をさせられたと弁解しているのを聞き、これに憤って同月26日、被告の従業員に見せるため、原告が送った内容証明とAの謝罪文のコピーをとり始めたところ、これに気づいたAと言い争いになった。そこで被告代表者は、セクハラをめぐる争いを蒸し返して、他の従業員に悪影響を及ぼしており、被告の従業員としてふさわしくないと判断し、翌27日、原告とAに対し、本来なら懲戒解雇であるが、両者の将来を考えて、一緒に4月末日限り、依願退職の形でやめてもらいたいと告げた。被告代表者は、その後、原告に対し、退職日を5月15日まで延ばして欲しいと告げ、従業員の前で原告が辞職する旨述べた。原告はAの指示により、後任者に事務を引き継ぎ、退職金は受領したものの、Aと異なり退職届は提出せず被告が作成した離職証明書には、離職理由として事業所都合による整理解雇である旨記載されていた。原告はその後不眠状態に陥り、同年6月には「鬱状態」という診断を受けた。原告は、被告が解雇に正当な理由がないことを知りながら、又は正当な理由がないにもかかわらず、これがあるものと軽信して原告を違法に解雇したとして、慰謝料300万円、6ヶ月の給与相当額174万円及び賞与相当額87万円の合計561万円を被告に対し請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告に対し、金311万円及びこれに対する平成9年7月13日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを20分し、その9を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金250万円の担保を立てたときは、右執行を免れることができる。 - 判決要旨
- 1 解雇の成否について
被告代表者は、原告に対し、本来なら懲戒解雇であるとまで告げた上で、依願退職の形で辞めるよう求め、原告の後任を採用して原告に引継ぎを行うよう求め、他の従業員に対し原告が退職することになったと述べて、原告が勤務を継続することを事実上不可能にしており、他方、原告は、右の事情から勤務を継続することができず、解雇の効力を承認せざるを得ないと判断し、退職金を受領したものの、Aのように退職届を提出しなかったものであるから、被告代表者は遅くとも平成9年5月15日までに原告を解雇する旨の意思表示をしたものと認めることができる。
2 本件解雇の違法性について
確かに原告が、被告の従業員に見せる目的で、内容証明と謝罪文のコピーをとり始めたことは相当ではなく、Aと言い争いをして社内の秩序を少なからず損なったことは否定できない。しかしながら、Aは原告に対してした行為を謝罪し、この件について原告が不利益を被るような言動をしないことを誓約し、30万円支払うことを約し、これを書面に書いて署名捺印したのであり、更に言い争いの後にも、原告が不利益を被るような言動を取らないことを誓約し、被告代表者が原告を解雇等の処分をしようとした場合は、責任を持って阻止することを約する等したのであるから、Aが原告に対してセクハラを行ったことは動かし難い事実といわなければならない。そして、原告が前記のような行為に出たことは不相当であったとはいえ、これがAのセクハラに起因することも動かし難い。さらに原告はAが弁護士に脅されて30万円支払う約束をさせられたと弁解しているのを聞き、被告代表者が「こうなったら断下しますよ。」と述べ、Aが「断下してください。」と述べたのを聞いて、Aが原告を解雇する等の不利益取扱いするよう仕向けていると受け止め、これに憤って前記行為に及んだことが認められるから、これには相当無理からぬ事情があったものというべきである。これらを考えると、原告の行為が被告の就業規則に定める懲戒解雇事由又は解雇事由に形式的に該当するとしても、原告が前記行為に及んだ原因、行為の態様、被告の事務を阻害した程度に照らすと、本件解雇は正当な理由を欠くものであり、解雇権を濫用した無効のものといわざるを得ない。
3 被告代表者の故意又は過失について
被告代表者は、セクハラ問題の本質を見抜くことができず、その加害者であるAの弁解を軽信し、原告とAとの間の問題は個人的な問題に過ぎず、それが両者の間で私的な諍いに発展したに過ぎないと捉えたために、両者が個人的な争いを蒸し返して社内秩序を乱したものと判断し、原告に対し、本来なら懲戒解雇であるが、将来を考えてAと一緒に依願退職の形で辞めてもらいたいと告げ、結局本件解雇に至ったものであるから、被告代表者が右判断に基づいて原告を辞めさせる正当な理由があると考えて本件解雇をしたことには過失があるというべきである。
4 損害について
原告が、被告代表者のした違法な解雇によって喪失した賃金相当額の損害は、傷病手当(雇用保険法37条)支給額を控除してもなお、給与月額6ヶ月分に相当する額を下回らないものと認める。原告は、本件解雇がされなければ、夏季賞与、決算賞与の支給を受けることができるはずであったから、原告は本件解雇により両賞与相当額の損害を受けたものというべきである。
原告は、本件解雇により安定した給与収入を失い、再就職できるかどうかの不安にさいなまれたことが認められるから、精神的苦痛を慰謝するには、逸失利益相当額の損害賠償を受けられることを考慮してもなお30万円の支払いを必要とする。また、原告は、被告代表者に対して、Aからセクハラを受けたことを申し出て、適切な措置を執ることを期待したのに、Aと原告の個人的な問題、私的ないさかいに過ぎないことと捉えられ、本件解雇をされるに至ったものであるから、このことによっても精神的苦痛を受けたものであり、これを慰謝するには20万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条
- 収録文献(出典)
- 労働判例760号23頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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