判例データベース
福岡薬局事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 福岡薬局事件
- 事件番号
- 福岡地裁 − 平成16年(ワ)第2165号
- 当事者
- 原告第1事件及び第2事件原告(第3事件被告) 個人1名A
被告第1事件被告(第3事件原告) 個人1名B
被告第2事件被告 有限会社C薬局 - 業種
- 卸売・小売業・飲食店
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2005年03月31日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 第1事件被告(第3事件原告)Bは、薬局を営む被告会社の代表取締役たる男性であり、第1事件・第2事件原告(第3事件被告)Aは、平成13年9月頃から平成14年3月まで被告会社にパートタイマーとして勤務していた女性である。
平成13年9月29日、原告Aの歓迎会の後、被告Bは原告Aを執拗に誘って薬局に連れて行き、「仕事をするにはコミュニケーションが大事やろ。」「信用してるんなら近づいても問題ないやろ。」と言いながら原告Aに体を密着させ、抵抗しようとする原告Aに対し、「その気があるから来たんやろ。」などと言い、原告Aの肩を抱き、キスしようとした。原告Aが顔を背けて抵抗すると、被告Bは「彼氏おらんのやろ。どうやって処理しよるん。」「割り切った付き合いもたまにはいいんやない。」「キスぐらい何ともないやろ。」「面接のとき気になったから、すぐにこの子だと選んだんだよ。」などといい、原告Aに擦り寄った。
同年10月以降、被告Bは原告Aに対しマッサージを申し出るようになり、原告Aが断ると「他に代わりはいっぱいいるんよ。」「この職業難に外に仕事あるん。」「俺はAさんのことが好きやけん、大事に思っとるけん、いいよるんよ。」などと言ってマッサージを求め、原告Aも断りきれずマッサージを受けるようになった。また、被告Bは、勤務時間中や休憩時間中に、原告Aに対し、「初めてはいつなん。」「今までで一番良かったプレイはどんなん。」「彼氏できた。」「どうやって処理しよるん。」などと言い、温泉やラブホテルに原告Aを誘ったほか、「代わりはいくらでもおるんやから。」と使用者としての優位な地位にあることをほのめかす発言もした。
原告Aは、被告Bの言動に耐えかね、同年12月22日、被告Bに対して退職の意思を伝えたが、被告Bが態度を改めると約束したこと、お母さんや患者さんが悲しむと説得されたことから、当面勤務を続けることとした。
平成14年に入って、薬局に薬剤師と事務員が入り、同年3月、原告Aは薬剤師に対し、問われるままにこれまでの被告Bの言動の一部を話したところ、このことが被告Bの妻の知るところとなり、妻は高熱で休んでいた原告Aを薬局に呼びつけ、セクハラ行為を否定する発言を強く求め、原告Aこれに抗することができず、薬剤師に訂正の電話をかけたが、被告B及び妻は、家庭内の確執が生じたことにつき、原告Aを責め立てた。更に翌日、被告Bと妻は原告Aの自宅を訪れ、面会を拒む原告Aの母の言い分を聞かず原告Aに会い、妻が「あなたのせいで、子供の人生、私の人生、うちの人の人生を台無しにしたとよ。」「本当のことでも言っていいことと悪いことがあるやろ。」「いややったらとっとと辞めたら良かったやんね。本当はあんたも楽しんどったんじゃないと。」「マッサージしあいこを人に言うあんたは常識がなさ過ぎる。」「あんたのせいで、会社は潰れる、私もこんな話を聞いて一緒にやっていく気はない。子供たちはあんたのせいで寂しい思いをずっとしていくことになるとよ。どう責任をとると。」「うちの人はあんたと違って、地位とか社会的立場があり、あんたよりもダメージを受けるとよ。」「うちの人が嫌らしい態度をとってきたことはある程度想像がつくけど、だからこそあんたが黙っておくべきやった。」などと激しく責めたて、「もう、うちで仕事をする気は当然ないよね。出せる顔ないやろ、自分のしたことよう考えり。」などと言って、20日までの給与を渡して帰った。この間被告Bは黙ったまま、妻を制止しようとしなかった。原告Aは同年3月に被告会社を退職したが、同年4月、被告Bから原告Aに電話があり、軽薄な態度で謝罪の言葉をかけられたことから、原告Aは過呼吸状態になり、痙攣が止まらなくなった。その後原告Aは精神科の診断を受け、PTSDと診断された。
原告Aは、被告Bのセクハラ行為及び被告Bと妻の脅迫的言動による解雇により体調を崩し、PTSDに罹患し、長期の療養を余儀なくされたとして、2年分の休業損害相当額として600万円及び性的自己決定権侵害として200万円を被告B及び被告会社の双方に請求した。
これに対し、被告Bは、原告Aに対してセクハラ行為は一切していないこと、原告Aが従業員に対し、被告Bがセクハラをしたと虚偽の事実を告知して被告Bの名誉を傷つけたこと、原告Aは被告Bや妻に対して脅迫的言動をし、被告B所有の自動車のフロントガラスを割るなどしたこと、原告Aは勤務態度を注意されても開き直る態度が見られ、金品窃取を疑う事情もあったことから解雇したものであり、不当解雇には当たらないことを主張し、原告Aの行為により被告Bは経済的、精神的損害を受けたとして、100万円の損害賠償を請求した。 - 主文
- 1 第1事件被告(第3事件原告)及び第2事件被告は、第1事件及び第2事件原告(第3事件被告)に対し、各自500万円及びこれに対する平成14年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 第1事件及び第2事件原告(第3事件被告)のその余の請求を棄却する。
3 第1事件被告(第3事件原告)の反訴請求を棄却する。
4 訴訟費用は、全事件を通じ、全部第1事件被告(第3事件原告)及び第事2件被告の負担とする。
5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 被告Bの性的言動について
およそ職場において、男性上司(経営者)が女性の部下(被用者)に対してする身体接触や性的発言のすべてが違法性を有する不法行為に当たるわけではないが、当該行為の内容及び態様(発言内容、接触部位・時間・発言・接触の態様や程度)、反復性・継続性、発言・接触行為の目的、相手方に与えた不快感の程度、行為の場所・時刻(他人のいないような場所・時刻かなど)、勤務中の行為か否か、行為者と相手方との職務上の地位・関係等の諸事情を総合的に考慮して、当該行為が相手方に対する性的意味を有する身体的な接触行為であって、社会通念上許容される限度を超えるものであると認められるときは、相手方の性的自由又は人格権に対する侵害に当たり、違法性を有すると解される。
本件の被告Bの行為は、薬局の経営者が夜間帰ろうとする原告を薬局2階和室に連れ込み、被告会社に雇われて間もない23歳の原告に対し、その抵抗を省みず、性的な関係を迫り、身体を密着させ、無理にキスをしようと顔を近づけるというものであり、まさにセクハラとして相手方の性的自由・人格権を侵害する行為以外の何物でもない。また、被告Bが原告Aに対して行ったマッサージないし指圧も、原告Aが嫌悪感・不快感を感じて拒絶していたにもかかわらず、優越的地位を利用して接触を求め、馬乗りになり、腰の下部を触ろうとするなどしている上に、被告Bの発言に照らしても、これが被告Bの性的要求に基づきこれをいくらかでも発散するためにされた行為であることは明らかであって、原告Aの性的自由を侵害するセクハラ行為として違法性を有することは論を待たない。
さらに、被告Bの各発言は、その内容からみて、通常部下の女性と交わす会話の範囲を著しく超える露骨な性的表現あるいは雇い主の立場にあることを利用して性的な接触や交際を求める強要的な言辞というべきものであり、業務と無関係に自己の欲望を発散するためにされたものと認められる発言であって、原告Aの対応から見ても原告Aが著しい精神的苦痛を受けているにもかかわらず、原告Aと二人きりの薬局内において勤務時間中繰り返されていたものであり、社会通念上許容される限度を著しく逸脱し、相手方の性的自由・人格権に対する侵害として違法性を有する。
2 解雇の経過について
被告Bは、妻から原告Aにマッサージをしていたことや社内旅行に誘ったことを咎められたこと等により、原告Aを解雇したことが窺われるものである。一方で、原告Aは、平成13年12月22日には退職を決意しており、退職に至ったことそのものについては必ずしも意に沿わない結果であったとも断じることはできない。むしろ、原告Aは退職そのものより、理不尽な言い分で解雇され、また被告Bの妻から一方的に罵倒されるのみならず人格を否定するような発言までされたこと、さらにはそのために非常な苦痛を受けたにもかかわらず、被告Bから軽薄な態度で対応されたことによって、精神的なバランスを崩し、人間不信(殊に男性不信)とも言うべき状況に至り、重大な事態に陥ったことが窺われるものであり、損害との関係でいえば、不法行為として問題とすべき点も、むしろ外形的な雇用契約終了の意思表示の面ではなく、上記の事態に至る一連の流れであるものと解される。そして、直接的に原告を罵倒するなどしたのは被告Bの妻ではあるが、被告Bは一方的に原告Aにセクハラ行為を行っていたものであって、本来はその責を一身に負うべき立場にあり、思い悩んだ原告Aが職場の薬剤師に対してその行為を口外したことを責めるべき立場になく、ましてそれを理由に原告Aを解雇することが許されるものでないことは無論のこと、妻に対してもセクハラ行為の被害者である原告Aを言われもなく罵倒、叱責、詰問することを防ぐべきであって、妻の行動を制止せず、かえって妻に加担して、口外したことを責め、解雇の意思表示をするに至っているのであって、従業員の安全配慮義務に反し、妻と一体になって、社会的相当性を著しく逸脱する罵倒・叱責等の行為や解雇の意思表示をしたものというべきであり、被告Bは不法行為者としてその結果生じた原告Aの損害の全部につき賠償責任を負うものというべきである。なお、被告Bの性的言動は、害意をもってしたというより軽率に行い、原告Aに与える精神的苦痛を重大なものと考えていなかったことが窺われるが、そのような相手女性の心情に対する配慮を欠くことが結果に対する責任を軽減する理由にならないことは無論のこと、重大な事態に至ることも予測不能とはいえないものであって、結果に至る因果関係も肯定されるものである。
3 被告会社の責任について
被告Bのマッサージ等の行為は、いずれも本件薬局内において、勤務時間ないし休憩時間中に被告会社の代表者である被告Bが自己の代表者としての優越的地位に乗じて行ったものであって、その外形上職務を行うについてされたことは明らかであり、被告会社は損害賠償責任を負う。また、被告Bの歓迎会後の行為は、歓迎会直後にされたものであり、かつ、被告Bは仕事の話があると言って原告Aを引き止め、職務上の優越的地位を利用して、本件薬局内で行ったものであり、被告会社の業務に近接してその延長において行われた被告会社の職務と密接な関連性を有する行為に当たるというべきであって、被告会社は賠償責任を負うものと解される。更に、被告Bの解雇をめぐる一連の行為は、被告Bのセクハラ等に対する原告Aの対応を問題にし、かつ、原告Aに給料を渡して即時解雇の意思表示をするに至っているのであるから、その外形上、被告Bが被告会社の職務に関して行ったというべきであり、被告会社はこれによって生じた損害の賠償責任を負う。
4 原告の損害について
被告Bは原告Aの人格を何ら尊重することなく、日常的にセクハラ行為を繰り返していたものであって、行為の態様も悪質であり、原告Aの精神的苦痛の大きさを窺わせる。更に、原告Aは、平成14年3月には通信大学の課程を終え、本格的に社会人になろうというところで、セクハラ行為を受けたばかりか、被告B及びその妻の一連の理不尽な行為により、恰も全人格を否定されたかのように感じたものであってその苦痛は察するに余りあるところである。ことに原告Aが一旦退職を決意したにもかかわらず、被告Bは原告Aの母親や患者への気持ちも利用して慰留しておきながら、セクハラ行為が妻の知れるところになるや、一転して原告Aを罵倒、解雇し、一方でその後電話では未練があるような態度を示した経過を鑑みれば、原告Aが人間不信ともいうべき状況に陥るのもやむを得ざるところである。こうした事情に鑑みると、原告の主張する800万円という損害額もあながち過大なものとはいい難いと考えるが、むしろ本件においては、原告Aは余りにも甚大な精神的苦痛を受けたことによって就労不能の状態に陥っているものであって、経済的利益の喪失と精神的苦痛とが表裏一体の関係にあるといえるものであり、そのことをも踏まえて損害の一切を金銭評価すれば、500万円を下回るものではないと認められる。また、将来にわたっては、原告Aが本件の問題に自分の気持ちとして決着をつけ新たな生活を開始することを信じ、後遺症等の将来にわたる影響はあえて評価しないものとして、前記の額を認定するに留めることとするものである。また、弁護士費用として、原告Aの損害の額、本件事案の内容、本件訴訟の経過その他本件記録にあらわれた一切の事情に照らし、60万円が相当であるものと認める。
5 反訴について
本訴(第1事件及び第2事件)は、いずれも理由があるものであって、反訴(第3事件)が不法行為を構成する余地はない。むしろ被告Bは、自己に権利がないことを知りつつ反訴を提起したことも窺われ、それ自体が不法行為に当たり得るというのみならず、被告らは自己の主張を正当化すべく原告Aのイメージを殊更悪くするために根拠のない事実を並べ立て、原告Aの名誉を毀損していることすら窺われるものである。 - 適用法規・条文
- 民法44条、709条、710条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1196号106頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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福岡地裁 − 平成16年(ワ)第2165号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2005年03月31日 |
福岡高裁 − 平成17年(ネ)第483号 | 請求棄却、変更、控訴棄却(上告) | 2007年03月23日 |