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大学助教授コンパ事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
大学助教授コンパ事件
事件番号
津地裁 − 平成7年(ワ)第306号
当事者
原告個人1名
被告個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年10月15日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 原告は、平成5年4月M大学教育学部美術科に入学し、平成7年4月、3年生に進級した女性であり、被告は、同月同大学教育学部助教授として赴任し、原告らの指導に当たっていた男性である。

 平成7年7月25日、美術科絵画専攻生を主要メンバーとするパーティーが開かれ、原告、被告を含む約20人が参加した。原告は途中で帰ろうとしたが、被告の強い引きとめに逢って残ることとし、更に被告及び原告を含む学生ら10人(うち女子学生は原告を含め3人)が、二次会としてカラオケボックスに行った。被告は、雰囲気を盛り上げようと、曲の途中から体をくねらせて踊りながら、シャツを脱いで上半身裸になった後、ズボンを足下まで落としてトランクス1枚の姿になった。また、部屋の中が暑かったため学生がかき氷を食べていたところ、被告はこれを取り上げ、学生らの首筋から背中に入れ始め、「暑いだろう。」と言いながら、原告の手を掴んで氷を塗りつけ、さらに首筋にも塗りつけようとしたが、原告はこれを避けた。 

 トイレから戻った原告がカラオケルームに入ると、入り口付近にいた被告が、ふざけて突然原告の手を強く引いたため、原告はソファーの上にうつ伏せに倒れたところ、被告は原告が倒れた方向を向いて、左足を床につけたまま、原告の腰のあたりに跨って、上下に2,3回はねる動作をし、馬に騎乗している様子を真似て、大げさに笑った。原告は「もういや。」と言い残して部屋を出て行ったが、被告は「ごめんね。悪気はなかったんだけど。」などと言ったが、「冗談でもあんなことされるのは嫌です。」と原告が抗議したのに対し、被告は、「冗談なんかじゃないよ。俺は何時だって本気だよ。」と答えた。

 同年8月2日、原告ら6名の学生は被告を呼び出し、被告が女生徒に侮辱行為を働いたことにショックを受けたこと、今後このようなことが起これば、法律の専門家に相談することを内容とする文書を被告に交付した。これに対し被告は、「お前ら皆ここに座れ。これは原告と俺の問題だから、原告には謝らなければならないが、女子一同と書かれた文書は受け取れない。筋違いだ。」と返答した。そして文書を作成したAに対し、「力によるやり方をするのだったら、システム的にある力関係で私もやります。」「お前ら本当に卑劣だよ。お前らの卑劣さには、俺は卑劣にやろうか。」などと言い、Aの授業態度等について厳しく叱責した上、「お前単位ないよ。」などと言った。また被告は、原告が恐怖を感じる状況を作ったことは申し訳ない、原告にはちゃんと謝らなければならない、性的な力関係で単位を上げるとかは一切やっていない、自分がやるべきことじゃなかったからちゃんと責任を取ろうと思うなどと述べ、途中で部屋に入ってきた教官に対し、被告の本件行為を説明し、原告らは本件文書を同教官に預け、解散した。被告は、同日の晩、原告に電話をかけ、「今日はごめんね。本当に申し訳ない。君には絶対あんなことしないから。男性恐怖症にならないでね。」などと謝罪した。

 原告は、被告による各行為により、女性として耐え難い不快感、恐怖感、嫌悪感、屈辱感を被り、体調を崩して2回も通院したのみならず、被告のわいせつ行為及びその後の恫喝行為などによって、被告に対する教官としての信頼を完全に失い、平成7年10月に絵画からデザインへと専攻の変更を余儀なくされ、大学で安心して教育を受ける権利を侵害されるとともに、大学での友人関係、人間関係を破壊されたとして、被告に対し、330万円の慰謝料等を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、金33万円及びこれに対する平成7年12月16日から右支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを10分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
 被告のいずれの行為も、被告の地位、年齢等に照らすと、節度、品位に欠けるものであったことは否定し難いが、任意参加の本件パーティーの二次会における余興の趣旨でなされた行為であって、ことさらに女性である原告のみを標的とした行為ではないこと、被告がトランクス1枚になった行為は有形力の行使を伴わないものであって、原告としては目を背けるとか、退室するなどして被告の行動を視野の外に置くことは極めて容易なことあったこと、被告が原告らに氷を塗りつけた行為も、その有形力の行使の態様、程度は、身体的な自由の拘束を伴わない比較的軽微なものであることなどからすると、いずれも不法行為には当たらないというべきである。また、8月2日の原告らの抗議に対して被告がなした言動は、相手が女子学生であることや被告の地位、年齢等に照らすと、口調や言葉遣いに不適切な面があったことは否めないが、「システム的な力関係」云々の言動は概ねAに対して向けられた発言であること、原告が法的な手段をとることについては、何ら掣肘しない趣旨の発言を繰り返しており、原告の抗議を封殺する意図があったものとは認め難く、内容的にもそのような趣旨の発言ではないことからすると、原告の権利行使等を妨害するためになされた脅迫であると認めることはできない。

 これに対し、被告が原告に馬乗りになった行為は、故意になされた女性である原告の身体に対する不必要な有形力の行使であり、その態様及び程度からいって原告の意思に反することは明らかであって、節度と品位の欠如に留まらず、社会通念上許容される範囲を逸脱する行為と評価することができ、被告の意図はともかくとしても、本件加害行為の態様が見方によっては性行為をも連想させるものであったため、これにより、原告に著しい屈辱感と恐怖感を抱かせて精神的苦痛を与えたものということができる。したがって、被告は、原告に対し、不法行為責任を負うものというべきである。
 原告の味わった屈辱感及び恐怖感が大きなものであったことは推察されるが、身体的な自由を奪われた時間もごく僅かにとどまること、主観的には、ことさらに女性である原告との接触を目的とする行為というより、余興のつもりでなした戯事であって陰湿さもなく、それを見ていた女子学生の1人も性的な行為は連想しなかった旨供述していること、被告は原告に不愉快な思いをさせたこと自体は認め、不十分ながらも謝罪の意思を明らかにしていること、原告が抗議の意思を表明した以後は、原告に対して同様な行為はしない旨明言し、反復性や継続性はないことなど諸般の事情に鑑みると、原告の被った精神的損害に対する慰謝料の額は、30万円と認めるのが相当である。そして、事件の難易、認容額、審理の経過等に照らすと、本件不法行為と相当因果関係のあるものとして被告に賠償を求め得る弁護士費用の額は、3万円が相当である。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
判例タイムズ1057号206頁
その他特記事項
本件は控訴された。