判例データベース
福岡社会福祉法人事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 福岡社会福祉法人事件
- 事件番号
- 福岡高裁 − 平成10年(ネ)第273号
- 当事者
- 控訴人(原告)個人1名
被控訴人(被告) 個人1名B
被控訴人社会福祉法人A市社会福祉協議会(社協)
被控訴人A市 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年01月28日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(上告)
- 事件の概要
- 控訴人は、被控訴人社協の女性職員であり、被控訴人Bは、平成8年4月、被控訴人A市と被控訴人社協との協定書に基づき、市職員の身分を保有したまま被控訴人社協の事務局長として赴任した者であり、控訴人の上司の立場にあった。被控訴人社協において会計事務等を担当していた控訴人は、平成6年7月頃、会計検査の対応を通じ被控訴人Bと知り合い、間もなく親密な男女の仲になったが、Bは妻帯者であり、100万円を貸したりしたことから、関係は解消され、以後Bが被控訴人社協事務局長に就任するまで会うことはなかった。
平成8年4月30日、被控訴人Bは控訴人に対し、「お前の家で飯を食わせてくれ。」と頼み、控訴人はスーパーに立ち寄ってから夕食の準備をし、共に夕食をとった。被控訴人Bは夕食後、控訴人の寝室に行き、控訴人を呼び寄せて押し倒し、抗う控訴人の下着を剥ぎ取るなどして性交しようとしたが、控訴人が「痛い。」と言うなどして抵抗したため止めて帰宅した。
控訴人は、同年6月1日、被控訴人から会長室に呼ばれ、キスを強要され、着衣の中に手を入れて乳房や性器を触られたが、その後の仕返しを恐れて逃げることができなかった。また、同月12日夜、被控訴人Bは控訴人を応接室に呼び出し、キスを強要し、着衣の中に手を入れ、乳房を触った。
控訴人は、これらの被控訴人Bのセクハラ行為により精神的苦痛を受けたとして、被控訴人Bのほか、その使用者として被控訴人社協及び被控訴人A市に対して330万円の損害賠償を支払うよう請求した。
第1審では、客観的な証拠や目撃者の証言が存在しないことから、双方の供述を仔細に検討した上、原告(控訴人)の供述内容は具体的で臨場感に富んでいるものの、供述の一部が反対証拠により訂正されるなどしたことや、自宅でのセクハラ行為については被告(被控訴人B)に一応のアリバイ証言があることなどから、セクハラ行為を認めるには至らなかったため、原告が控訴したものである。 - 主文
- 1 原判決中、被控訴人B及び被控訴人社協に関する部分を次のとおり変更する。
一 被控訴人Bは、控訴人に対し、被控訴人社協と次項の金額の限度で連帯して、金165万円及びこれに対する平成8年9月10から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 被控訴人社協は、控訴人に対し、被控訴人Bと連帯して、金115万円及びこれに対する平成8年9月7日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
三 控訴人の被控訴人B及び被控訴人社協に対するその余の請求をいずれも棄却する。
2 控訴人の被控訴人A市に対する控訴を棄却する。
3 訴訟費用は、第1,2審を通じ、控訴人に生じた費用の3分の1と被控訴人Bに生じた費用の3分の1及び被控訴人社協に生じた費用の2分の1を控訴人の負担とし、控訴人に生じた費用の3分の1、被控訴人Bに生じた費用の3分の2を同被控訴人の負担とし、控訴人に生じた費用の3分の1、被控訴人社協に生じた費用の2分の1を同被控訴人の負担とする。被控訴人A市に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。
4 この判決は1項の一、二につき仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 被控訴人Bは、原審において、平成8年4月30日は、体調を崩し午後4時頃早退し、夜7時半頃から10時頃まで、訪ねてきた卓球仲間Cと試合のビデオを見るなどしていたと、アリバイを主張したが、被控訴人は前日卓球大会の試合に出場した上、30日にも早退の届けを出しておらず、訪問者も相互に自宅を訪問し合ったりする間柄ではなく、午後7時半頃に事前の連絡もなく立ち寄ったというのは不自然であること、体調不良の被控訴人Bと午後10時頃までビデオを一緒に見たというのも不自然であることなどに鑑みると、被控訴人BとCの証言等はにわかに信用し難い。これに対し、控訴人は、原審及び当審において、当日居残って仕事をしていたのは控訴人と被控訴人Bの2人であり、Bの希望で食事を準備し、Bが「今から行く。」と電話してきて間もなく来たと供述しているところ、スーパーに寄った時刻、職場のセキュリティーシステムがセットされた時刻が控訴人の供述と符合するものであって、その信用性は高いということができる。
控訴人は、同年6月1日午後3時頃、被控訴人Bから会長室に呼ばれ、キスを強要され、着衣の中に手を入れて乳房や性器を触られ、逃げ出すと仕事上厳しくされるのではないかと考え逃げられなかったと主張する。被控訴人Bは、当日事務所には出かけていない旨供述するが、当日は土曜日ではあったが、パソコン業者が工事のため来ており、事務所で被控訴人Bと控訴人が立ち会ったことを認め、当日の高速道路料金の領収証を提出していることからすれば、控訴人の主張事実を認めることができる。
控訴人は、同月12日午後8時頃、被控訴人Bから応接室に呼ばれ、キスを強要され、着衣の中に手を入れられて乳房を触られたと主張するが、被控訴人Bは7時半頃退庁したと事実を否認する。しかしながら、控訴人の供述内容は具体的である上、応接室での出来事を除き両者の供述はほぼ一致していること、一方被控訴人Bの100万円の交付に関する不自然な弁解や6月1日の事実に関する供述態度等に照らすと、控訴人の供述等に信用性が認められ、控訴人主張事実を認めることができる。
被控訴人Bの以上の行為は、いずれも職務上の上司にある立場を利用して控訴人の意に反する性的行為を行ったものであり、控訴人の人格権、性的自由を侵害したものであって、不法行為が成立するというべきである。
被控訴人社協は、被控訴人A市と職員派遣についての協定書を締結し、これに基づいて被控訴人Bの派遣を受け入れたものであり、受け入れ後は使用者の立場にあったものであるから、被控訴人Bが派遣職員であるあるからといって選任監督についての責任を免れるものではない。6月1日の行為は、時間外勤務命令が出されていなかったとはいえ、被控訴人社協の事務とみるべき立会い業務と時間的に接着し、職場内で行われたものであるから、外形上その職務の範囲内の行為と認められ、「事業の執行につき」行われたものということができる。また、6月12日の行為は、職場内で勤務時間に接着して行われたものであるから、外形上その職務の範囲内の行為と認められ、「事業の執行につき」行われたものということができる。しかしながら、4月30日の行為は、被控訴人Bが控訴人方に食事のために訪問した際の出来事であって、被控訴人Bの職務とは無関係に行われたものであり、その場所も職場とは無関係であるから、外形上その職務の範囲内の行為とは認め難く、被控訴人社協の「事業の執行につき」行われたものとみることは困難である。
被控訴人Bは被控訴人A市を休職になって被控訴人社協に派遣されたものであり、給与も被控訴人社協から支給されていたことが認められる。被控訴人社協は、被控訴人A市とは別個独立の法人であり、被控訴人Bは被控訴人A市の職務ではなく、被控訴人社協に職務を担当していたものであるから、同人の行った行為が被控訴人A市の事業の執行につき行われたとみることは困難である。
控訴人は、一時期被控訴人Bと親密な男女関係にあったが、控訴人の意向により関係を断ったところ、被控訴人Bが事務局長として着任し、控訴人が担当していた経理事務の見直しに着手したことなどから、控訴人は強いストレスを感じ、理事会において控訴人の採用手続きや経理関係が問題とされるに至り、ストレスがかなり増大していた中、被控訴人Bの性的行為を受け、うつ病と診断されたこと、控訴人は平成9年4月からホームヘルパーに職務を変更されたことなどの事実が認められ、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、被控訴人Bの性的行為が控訴人に与えた精神的苦痛に対する慰謝料としては、150万円が相当である。
被控訴人社協は、事業の執行につき行われた各不法行為について使用者責任を負うところ、これらの行為による控訴人の精神的苦痛に対する慰謝料としては100万円が相当である。また、本件事案の内容や経過等にかんがみ、被控訴人B及び被控訴人社協は控訴人に対し連帯して弁護士費用として15万円を支払うのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1089号217頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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