判例データベース

近畿郵政局控訴事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
近畿郵政局控訴事件
事件番号
大阪高裁 − 平成16年(ネ)第3055号 損害賠償請求控訴
当事者
控訴人(附帯被控訴人) 日本郵政公社

被控訴人(附帯控訴人) 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年06月07日
判決決定区分
控訴認容、附帯控訴棄却(原判決控訴人敗訴部分取消し)(確定)
事件の概要
 平成13年5月30日午後4時頃、K郵政局内の郵便局外務員である男性被控訴人(附帯控訴人・原告)は、1時間の有給休暇をとって、勤務後郵便局内で「入浴中」と表示して風呂に入り、脱衣場に立っていたところ、局内をパトロールしていた女性総務課長代理A(被告)はいきなり扉を開け、一旦は閉めたもののノックをして再び扉を開けた上、なぜ風呂に入っているのか被控訴人に問い質した。被控訴人は、Aに全裸を見られたとして、翌日郵便局の厳正な対応を求める報告書を総務課長宛の郵便物棚に置いたことから、総務課長は直ちにAから事情聴取するとともに、浴室の調査を行った。他方、被控訴人から事情聴取したのは事件発生から1週間経過後であり、セクハラ規定上2名の相談員で対応するとされているところ、被控訴人直属上司である郵便課長の立会いを拒んだため、十分な調査が行えず、その後郵便局長らも事情聴取に努めたが、被控訴人は本件がセクハラであることを文書で確認し、謝罪することに固執して、話し合いに応じないまま、病気休暇をとり、その後休職した。被控訴人は、本件セクハラ行為及び郵便局の不誠実な対応によって、PTSDに罹患する等重大な精神的苦痛を受けてとして、民法709条の不法行為に基づきAに対し、国家賠償法に基づき郵政公社に対し、治療費、休業補償及び慰謝料として4426万8650円を請求した。

 第1審では、Aが風呂場の扉を開けて、上半身裸の被控訴人をじろじろ見ながら、なぜ風呂に入っているか質問したことはセクハラ行為に当たると判断した上、被控訴人がセクハラ申告により不利益を受けることがないように、被控訴人から事情聴取する前に、加害者とされ、かつ管理職であるAにその申告の有無や内容を告知してはならない職務上の法的義務があったにもかかわらず、総務課長はこれを怠ったと判断した。そして被控訴人がPTSDに罹患したとは認められないが、本件セクハラ行為及びセクハラ被害申告への対応により。精神的損害を被ったとして、被告郵政公社に対して国家賠償法1条に基づき、慰謝料10万円及び弁護士費用5万円の支払いを命じた。他方、Aに対する請求については、公務員個人は責任を負わないとして棄却した。これに対し郵政公社は、対応に過失はなかったとして、判決の取消しを求めて控訴したほか、被控訴人も附帯控訴した。
主文
1 原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

2 上記部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

3 被控訴人の附帯控訴を棄却する。

4 訴訟費用は、第1,2審とも被控訴人の負担とする。
判決要旨
1 課長代理の行為の態様及びその違法性

 当裁判所は、原審とは異なり、本件浴室の扉を開けた際の課長代理Aの行為は、国家賠償法上違法又は雇用契約上の義務違反と評価すべきセクシャル・ハラスメントに当たる行為とはいえず、また被控訴人が本件郵便局及びK郵政局に対し、Aの行為をセクハラ行為であるとして申し立てたことについての本件郵便局又はK郵政局の職員の対応にも、国家賠償法違法又は雇用契約上の義務違反といえるような二次セクハラに当たる行為は認められないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

 女性であるAが被控訴人に近づいて話しかける間、男性である被控訴人がタオルを手にしていたにもかかわらず、体を隠すような行動をとらなかったことは極めて不自然である。

しかも、Aは被控訴人になぜ風呂に入っているかを問い質し、返事が得られないため、郵便課長及び総務課長に被控訴人の浴室使用を報告し、職務として浴室内を確認し、通常の勤務時間中に浴室内にいた被控訴人の勤務時間を確認しようとしたという観点で一貫していると評価することができ、Aが性的な意図を持って被控訴人に近づいたかのようにいう被控訴人の供述は極めて不自然である。

 すなわち、Aは防犯パトロールの一環として本件浴室の状況を確認するために扉を開けたものであり、その際、中に人がいるとは考えなかったため、ノックをしないで開けたに過ぎない。また、2回目に扉を開けた際も、表示が「空室」となっていることを確認し、ノックをした上で扉を開けている。また、その際、Aが被控訴人に対してとった行動も、勤務時間内かどうか確認したに過ぎず、目的も正当である。確かに、職務の一環とはいえ、女性であるAが、男性用浴室の扉をノックもしないで開けたことは、礼儀に反する不用意な行動であるといえるし、そのときの言葉遣いに必ずしも適切でない部分があった可能性がなくはない。しかし、Aの行為は、職務上の正当な目的のために、その目的に沿って必要な範囲で、かつ、基本的には相当な方法において行われた行為であるというべきであって、これを国家賠償法上違法であるとか、雇用契約上の義務違反といえるセクシャル・ハラスメントに当たるというような評価をすることはできない。

2 本件郵便局又はK郵政局の対応及びその違法性

 平成13年5月31日の被控訴人からの報告書を基に、6月6日に事情聴取した際、本件郵便局総務課長Bは、「防犯点検上のことであり、セクハラには当たらない。」と言い、郵便課長Cが「終わり終わり、これで終わり、一件落着」と発言したことを被控訴人は主張するが、Bの発言は、被控訴人の具体的反論がなければセクハラと認定できないという趣旨を述べたに過ぎないと認められ、またCの「一件落着」発言が仮にあったとすれば、事情聴取に応じないで一方的に席を立った被控訴人の態度に挑発された不用意な発言といえるが、そうだとしても、Bらがその後も継続的に被控訴人から事情を聞こうと努力したことは認定の通りであるから、Cの発言も郵便局として被控訴人の事情聴取を打ち切ることを意味する趣旨の発言をしたと認めることもできない。

 被控訴人は、Bが被控訴人の反論を聞こうと柔軟な対応をしているにもかかわらず、直属の上司であるCの立会いを拒否し、被控訴人側の立会人を入れることに固執しており、このことは被控訴人がかたくなに事情聴取を拒否していると評価せざるを得ない。他方で、Bは被控訴人の事情聴取をする前に、直属部下であり、当事者であるAに対して、事実関係についての申立書を作成させるなど、被控訴人側から見れば、相手方であるA側に有利な偏った対応をしていると思われかねない対応をしており、これが被控訴人のかたくなな態度と反発を誘発したことは否定できない。しかしながら、本件のように単発の事案であって、セクハラの加害者とされる者に秘匿すべき事情もなく、しかも、他に目撃者もいないような場合には、事実関係を正しく把握するために、他方当事者からも早期に事情を把握する必要がある場合も考えられ、本件では、それによって、被控訴人が不利益をおそれるなどして十分な主張ができなくなるような可能性もなかったといえる。事実を的確に把握するための手順ないし方法については、個別具体的な事案に即して、直接担当する者の判断に委ねざるを得ない側面があり、郵政事業庁におけるセクハラ防止規程等に照らしてみても、本件郵便局におけるBらの対応をあえて違法とすべきほどの根拠は見当たらないというべきである。

 以上の通りであるから、被控訴人からのAのセクハラ行為に関する申立てに対する本件郵便局の職員の対応については、その巧拙はともかくとしても、これを国家賠償法上違法であるとか、雇用契約上の義務違反であるといえるような二次セクハラに当たるということはできない。また、K郵政局の対応についても、本件郵便局において第1次的な対応がされていることを前提にしながら、必要な働きかけもされているというべきであって、このような対応を違法ということはできないから、本件郵便局の職員を指導監督すべき立場にあるK郵政局の行為も、国家賠償法上の違法又は雇用契約上の義務違反に当たるということはできない。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例908号72頁
その他特記事項