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製薬会社室長解雇事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
製薬会社室長解雇事件
事件番号
東京地裁 − 平成10年(ワ)第884号
当事者
原告個人1名

被告F製薬株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2000年08月29日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 原告は、昭和57年4月に被告に採用され、平成8年4月からは30名(うち女性15名)の部下を統括するデータマネジメント室長の地位にあった。

 原告は、部下や派遣社員に対して、次のような言動を行った。

 原告はAに対し、「デートしよう。」と誘い、これに対してAは敢えて遠くの同僚にも聞こえるような大声で「それは業務命令ですか。何で私が室長とデートしなければいけないのですか。」と反論した。

 派遣社員B(当時27歳、独身)に対して、密かに食事に誘うとともに、メールで「今すぐにでも貴女を抱きたい。好きだから。」などと伝えた。Bは派遣元に相談したが、「適当にかわしなさい。」といわれたので、メールのやりとりに応じたほか、1度だけ原告と一緒に食事をした。その後単身赴任の原告の自宅に誘われたが、これを断った。

 平成5年、原告が名古屋勤務の際、出張したC(29歳、独身)に対して「名古屋を案内してあげる。」「一緒に食事に行こう。」と誘ったほか、平成8年に上司になってからは、原告の誘いは一層執拗かつ露骨になり、夏になって身体の線が出るような服装になると、Cの正面の身体をなぞるような仕草をしつつ「グラマー」と言った。また、同年9月の面接の際、「僕は6年半越しにアプローチしているのに君は全然相手にしてくれないね。」と言った。

 原告は、業務上の必要がないのに、D(27歳、独身)の周囲をうろつき、執拗に食事を誘い、Dが残業を理由にこれを断っても自席で待ち続け、Dを困惑させた。また、Dが決済印をもらいに行った際、原告はDをデートに誘い、Dが返答に窮していると、原告は急に怖い顔をして、「君は嫌かもしれないけどね。」と言った。

 原告はE(28歳、独身)に対し、数回食事に誘ったが、Eはその都度断った。Eの恋人は原告の元部下で、原告は2人の関係を知っていたことから、休日明けの日、原告はEに対して「昨日は会っていただろう。燃えたのか?」などと言った。また原告はEに対し、一緒に出張するように申し出、「2人で宿をとろうよ。」と言ったが、Eはこれを断った。

 原告は、アメリカに出張を命じられたF(35歳、独身)に同行を申し入れ、Fがその理由を尋ねると、「用事はない。遊びだよ。金髪を見に行くんだ。」と答え、早く日程をアレンジするよう指示したが、結局Fは単身で出張した。

 原告は、男性部下G、Hに対し、「単身赴任で大変だから、夜だけ相手をしてくれる女を紹介してくれたら管理職にしてやる。」という趣旨のことを言った。

 平成8年10月、労働組合が被告に対し、原告のセクハラ行為を指摘し、厳しい対応を要求したことから、被告は原告から事情聴取したところ、原告はセクハラ行為を否定した。被告はその後の事情聴取によって、原告のセクハラ行為を確認し、自主退職を勧告したところ、退職に消極的な態度を示したことから、被告は懲戒委員会を開催し、原告の行為は懲戒解雇に相当する行為であるが、原告の将来を考えて通常解雇とすることにし、同月25日付で原告を通常解雇し、解雇予告手当及び退職金を支払った。

 一方、原告は管理職ユニオンに加入し、同ユニオンは同年11月及び12月に被告と原告の解雇撤回のための団体交渉を行った。同ユニオンは2回目の交渉の後、Cの自宅に原告の受けた屈辱の2倍、3倍にして報復する旨の脅迫文を送付したため、被告が同ユニオンの上部団体に抗議した結果、同ユニオンは本件解雇問題から手を引いた。
 原告は、女性社員に対する行動は発言によるものばかりであり、直接行動によるものは一切ないこと、食事等への誘いは各自に対して数回ずつであり、執拗であったとはいえないこと、原告は人事権を有する管理職ではないこと等から解雇事由がなく本件解雇は無効・違法であることを主張し、仮に解雇事由があったとしても、被告は告知義務に違反し、原告に十分な弁明の機会を与えていない点で適正手続きに違反していること、一旦実質的な11月30日付けの解雇予告をしながら、改めて解雇日を同月25日に変更して通告しており、これは二重解雇に当たること、被告は原告が加入した管理職ユニオンの団体交渉に応じないまま、原告を実質的な懲戒解雇しており、これは不当労働行為に当たること、原告はこれまで誠実に働き、被告に貢献しており、1度も懲戒処分を受けておらず、行為の重大性、悪質性が極めて低いのに解雇するのは相当性の原則に違反するとして、本件処分の取消しを求めた。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 解雇事由の存否

 原告の、Bに対する「今すぐにでも貴女を抱きたい。」とのメール、Cの身体をなぞるような仕草をしながらの「グラマー」という発言及びEに対する「燃えたのか?」「2人で宿をとろうよ」という各発言は、いずれも直接的で露骨な性的言動であることが明らかであり、Gらに対する「夜だけ相手にしてくれる女を紹介してくれたら、管理職にしてやる。」というのも、明らかな性的内容の発言である。

 原告の言動中、Cに対する面接時の「6年半越しにアプローチしているのに全然相手にしてくれない」等の発言、Dに対する、仕事の進行状況を確認する様子で近づいての「お茶でも飲みに行きませんか。」との誘い、Dが決済印をもらいに原告席に行った際の「食事に行く約束待っててね。2人でデートしようね。」との発言、Eに対する「一緒に出張するように。」「2人で宿を取ろうよ。」との発言、G及びHに対する「夜だけ相手にしてくれる女を紹介してくれたら管理職にしてやる。」等の発言は、いずれも上司として部下に接する機会に、あるいは上司としての地位を利用して行ったと評価できるものである。部下らが結果的に原告のこれらの誘い等に応ぜずに済んでいることからすると、原告が上司としての地位を前面に出し、誘い等に応じない場合の不利益を示唆して強要したということまではできないものの、相手が上司であることを認識せざるを得ない状況下での原告の各発言は、冗談と見られるものも含まれているとはいえ、部下を困惑させ、その就業環境を著しく害するものであったといわざるを得ない。

 そして、被告が、本件解雇以前から、セクハラを含む嫌がらせのない職場の提供、従業員が意欲を持って業務に取り組める職場環境の維持改善に努めようとし、部下を預かる管理職者を実践の第一義的責任者と位置づけていたこと、原告自身、セクハラ行為の問題性を十分認識し、セクハラ行為のあった部下に対し退職勧奨を行っていた状況にあって、30名の部下を有する地位にある原告が性的言動を繰り返し、部下の就業環境を著しく害したことを被告は重大視して、原告が管理職としてのみならず、従業員としても必要な適格性を欠くと判断したことには相当の理由があるというべきである。よって、原告には、就業規則に定める不適格解雇及びその他の解雇に該当する事由があるということができる。

2 本件解雇の有効性・適法性

平成8年11月1日の事情聴取及び懲戒委員会において、原告は十分弁明する機会があったと認められるから、適正手続き違反との原告の主張は理由がない。また同月1日における自主退職の勧奨発言は、原告に対する解雇通告と認めることはできないから、二重解雇との原告の主張は理由がない。被告は、管理職ユニオンとの団体交渉に応じているから、不当労働行為に当たるという原告の主張は理由がなく、その余の点も、本件解雇を無効・違法とすべき事実であるとはいえない。
 原告の従業員としての能力を被告が相当に評価していたこと、原告に懲戒処分歴がなく、原告を30人の部下を有する管理職の地位に就けたことからも、原告の能力に対する被告の高い評価を看取することができる。これらの事実からすると、より軽微な処分を経ることなく解雇することは、いささか酷であるとの感を持たないではない。しかし、被害を受けた者の多さ、原告の地位、セクハラに対する被告の従前からの取組みと、その中で原告が置かれていた立場、原告自身セクハラ行為をした部下に対する退職勧奨を行った経験を有し、自己の言動の問題性を十分認識し得る立場にあったこと、被告の調査に対し真摯な反省の態度を示さず、かえって告発者捜し的な行動をとったことなども考慮すると、被告が通常解雇を選択したことには合理性が認められ、被告が懲戒権あるいは解雇権を濫用したとまではいえないというべきである。
適用法規・条文
収録文献(出典)
判例時報1744号137頁
その他特記事項
本件は控訴された(和解)。