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I交通バスガイド解雇控訴事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
I交通バスガイド解雇控訴事件
事件番号
広島高裁松江支部 − 昭和44年(ネ)第122号
当事者
控訴人I交通株式会社

被控訴人個人1名
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1973年10月26日
判決決定区分
一部変更・一部棄却
事件の概要
 被控訴人(原告)は、控訴人(被告)に雇用されるバスガイドであるが、入社間もなく控訴人の従業員Cに強いて姦淫され妊娠した。控訴人は、被控訴人がCと情交関係をもち妊娠したことは、就業規則で定める懲戒解雇事由に該当するとして、本来なら懲戒解雇すべきところ、被控訴人の将来を考えて退職願を出すよう迫った。これに対し被控訴人は反論することなく退職願を提出したが、その後退職の意思表示は虚偽表示、錯誤、詐欺、強迫によるものであると主張し、取消しを主張するとともに、控訴人による寮の管理に瑕疵があったこと、供述書の作成に当たり強迫行為がありこれによって精神的自由が侵害されたこと等を主張し、200万円の慰藉料を請求した。
 第1審では、被控訴人の退職願の取消しを認め、被控訴人が控訴人の従業員としての地位を有することを確認するとともに、控訴人に対し30万円の慰藉料の支払いを命じたことから、控訴人がこれを不服として控訴したものである。
主文
1 原判決のうち、控訴人に対し金員の支払いを命じた部分を次のとおり変更する。

  控訴人は被控訴人に対し金10万円及びこれに対する昭和43年4月7日から支払い済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

  被控訴人のその余の請求を棄却する。

2 その余の本件控訴を棄却する。

3 第1審の訴訟費用のうち、控訴人と被控訴人との間で生じた部分並びに第2審の訴訟費用は、いずれもこれを3分し、その2を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。
4 この判決は、第1項中金員の支払いを命ずる部分に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
  未成年者であった被控訴人に対し、その親権者である父母と相談する余裕も与えないで、上司たる立場にある者がこれを一方的に叱責、面罵し、懲戒解雇に付するなど被控訴人にとって不利益、不名誉な措置をとるべき旨を告げて退職願の即時提出を要求することは、被控訴人を畏怖させるに足る強迫行為と言うべきであり、これによって被控訴人がなした退職願の意思表示はその自由な意思決定を阻害された瑕疵あるものと認めざるを得ない。

  見習者から本雇に採用されるに当たっては、各職種につきその適格性が判定され、その際職務技能、勤務成績に重点が置かれることは言うまでもないが、一般的な性格、素行も総合的に考慮されるべきことは否定できないところである。試用者、見習者についても一般従業員に関する就業規則が準用されているところ、これら臨時従業員に対する懲戒解雇に関する基準が本雇従業員に比してルーズであって良いということはできないから、たとえ被控訴人が当初Cから情交を強いられたものとしても、その後も婚約したわけでもないCと情交関係を重ねていたことは、一応就業規則にいう素行不良に該当するといわざるを得ない。しかし、その事実が直接職務行為に関し勤務時間中に生じたものでない場合には、懲戒解雇事由たる「著しく従業員としての体面を汚し又は会社の名誉を損なった」要件を充足するか否か極めて慎重でなければならないと解されるところ、本件情交関係が職務行為に関し又は勤務時間中に行われたものでないことは勿論であり、これに加えて、当時被告はアパートの2室を借りているに過ぎず、会社寮といえる程十分な管理監督をなし得る体制が整っていないことも明らかで、したがって、そこに入居している被控訴人が同じアパートに居住するCと情交を結んでも直ちに世間に控訴人がこれを容認しているかのような印象を与えるとはいい難いこと、控訴人においては過去に人妻と不倫な関係をもった運転手に対し1ヶ月の停職処分に留めたことがあるなどを勘案すれば、被控訴人がアパートのCの居室で情交し、妊娠中絶をするに至った事実をもって直ちに「著しく従業員としての体面を汚し又は会社の名誉を損なった」ものと断定するには足りず、譴責など他の懲戒処分は別として、懲戒解雇に付さなければならない程の重大な非違とは解せられない。

  以上、控訴人が主張するようなバスガイドの特殊性から被控訴人につき将来風紀上の問題を起こすおそれがあり、その適格性に疑問があると判断したことには相応の理由があるにせよ、懲戒解雇事由に該当する事実がないのに営業所長らが被控訴人に対し、明らかに懲戒解雇に付すべき行状があるとして退職願を提出するよう要求したことは、被控訴人が見習者であったことを考慮に入れても、違法な強迫行為に当たるものというべきである。以上、被控訴人の退職願の意思表示は営業所長らの違法な強迫行為によるものというべきところ、被控訴人の退職願の取消しは理由があり、これによって被控訴人の任意退職は無効に帰したものと認められる。

  被控訴人の本件損害賠償の請求原因たる事実のうち、宿舎管理上の故意過失、供述書の公表、被控訴人の不行跡の公表に関する主張についてはいずれもこれを認めることができない。
  営業所長らが被控訴人を強迫して退職願を提出せしめたことは被控訴人の精神的自由を侵害する不法行為というべきであり、同所長らの強迫行為は控訴人の被用者としてその職務を執行するに際して行われたものであることは明らかであるから、控訴人は使用者として被控訴人に対し損害賠償の責任がある。被控訴人が受けた精神的損害の額は、強迫のなされた動機態様、被控訴人の境遇年齢、被控訴人が事実上その職場を失ったことに対する苦痛のほか、被控訴人にもCとの情交関係を継続し、妊娠中絶の挙に出た点において非難を免れぬ点があること、被控訴人が現在第三者と結婚して家庭生活を営んでいることが認められることなど一切の事情を総合し、金10万円をもって相当と考える。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働判例193号66頁
その他特記事項