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O製壜所懲戒解雇事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- O製壜所懲戒解雇事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 昭和53年(ワ)第3489号
- 当事者
- 原告個人1名
被告株式会社O製壜所 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1984年04月26日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被告は、薬用ビンの製造販売を業とする株式会社であり、多数の精神薄弱者や身体障害者を雇用してきた。一方原告は身体障害者であって、昭和45年4月から被告に期限の定めなく雇用されていた。
原告は、昭和52年3月14日夜、被告の関連会社の女子従業員で精神薄弱者のA(当時21歳)をバス停際の空き地に誘い出し、Aのズボンやパンティーを脱がせ、胸部、陰部を手で触り、口で舐める等して弄び、更にAに原告自身で露出させた陰茎を触らせる等のわいせつ行為をした。翌日、Aから寮監に本件行為を話したと聞いた原告は、同日自ら総務部長にAと性的な関係を持ったことを申告し、始末書を書くことを申し出た。被告は同月17日、原告から2回目の事情聴取を行ったが、原告は1回目と異なり、本件は個人の恋愛問題だとして事情聴取に応じない態度をとった。そこで同日、被告は原告に対して就業規則に基づき自宅待機を命じたが、その後の原告の言動には全く改悛の情はなく、逆に自己の行為を正当化しようとして事実を歪曲して宣伝する等悪質な行為がされたとして、多数の精神薄弱の女子従業員を雇用している会社の社内秩序を維持するため、就業規則に基づき同月28日付けで、原告を懲戒解雇処分とした。
これに対し原告は、本件行為は恋愛関係にある原告とAとの間の自由意思に基づく行為であって、かつ恋愛、結婚という職場の秩序とは全く関係ない私生活に関わるものであるから、懲戒処分の理由とはならないと主張した。また原告は、被告の労働条件は「福祉モデル工場」の名に値しない劣悪なものであり、原告がそのような状況の下で結成された労働組合の書記長に就任し、組合活動を行ったため、被告は、全く私的なしかも3年も前から続いて職場においても公然たるものであった男女間の交際の事実を、この期に及んで取り上げ、不当に歪曲して解雇の理由としたものであり、本件懲戒解雇は、原告の組合活動を嫌悪し、労働組合の崩壊を意図してされた不当労働行為であると主張し、被告の従業員としての地位の確認と賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 原告のAに対する愛撫行為の具体的態様と評価
原告がAの意思を抑圧して本件愛撫行為をしたことを認める証拠はないから、Aが行為の意味を理解し、これを承諾する能力を有していたとする限り、原告が非難されるべき筋合いはないであろう。しかし、Aは知能が通常人に比べて著しく劣った精神薄弱者であることを考えると、Aが本件行為を承諾したというだけでは、直ちに社会通念上非難されるべき行為でないと即断することはできない。原告の行為については、Aの知能、社会的適応能力、原告とAとの従前の交際程度、行為の行われた時間、場所、態様等を総合考慮した上、これがAの性的自由を犯し、良俗に反するか否かを決すべきである。
このような観点から検討すると、Aの知能の程度は通常人に比し著しく劣っていたこと、行為が行われた時間が春なお浅く寒さが残る夜であること、行為の行われた場所がバス停
際の空き地という恋愛関係にある男女間でこのような行為をするのには不自然な場所であること、行為の態様は原告の方が積極的に行動し、Aはこれに従ったに過ぎず、Aは快く受容していたとは窺われないのみならず、Aが嫌悪の情を示したところもあること等の事実を考え合わせると、Aが社会生活にある程度の適応力を有していたこと、原告とAとは個人的な交際を続け、原告はAとの結婚を考えたことがあり、Aも原告の態度を嫌う様子がなかったことを考慮に入れても、原告の行為は、これが直ちに刑法上の準強制わいせつ罪に該当するか否かはともかく、自己の性欲を満足させるための一方的な行為であって、Aの性的自由を侵し、良俗を害するものと評価されてもやむを得ないというべきである。
2 本件懲戒解雇処分の効力
使用者がその雇用する従業員に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もって企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰であるところ、企業秩序の維持確保は、通常は従業員の職場内又は職務遂行に関係のある所為を対象としてこれを規制することにより達成し得るものであるが、従業員の職場外でされた職務遂行に関係のない所為であっても、企業秩序に直接の関連を有するものや企業の社会的評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められるものについても、なお広く企業秩序の維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もあり得ると解するのが相当である。
本件処分の対象とされた原告の行為は、職場外で行われた職務遂行に関係のないものではあるが、Aの性的自由を犯し、良俗を害する行為と評価し得るものであり、かつ、被告の就業時間に極めて接着した時間に被告のすぐ近くで行われたこと、被告や関連会社は、多数の精神薄弱者を雇用し、精神薄弱者である従業員に対しては就業時間中のみならず就業時間外においてもその日常生活について保護、指導、監督すべき立場にあり、これら従業員につき全寮制を取っているのもこのことの故であることなどを考慮すれば、これが企業秩序を乱し、被告の社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に認められる行為であることが明らかであり、就業規則の懲戒解雇事由である「会社の名誉または品位を著しく傷つける行為をしたとき」及び「公序良俗に違反し、または法規に触れ、従業員としての体面を著しく汚したとき」に該当するものということができる。
当時の被告の職場状況は、他の従業員や時には管理職の者が、精神薄弱者や身体障害者である従業員に対して暴力を振るったり、性的ないたずらをしたりすることが職場の内外において絶えず、男子従業員の女子精神薄弱者従業員に対するわいせつ行為や姦淫行為も毎年1,2件起こるという好ましくない状況であったこと、昭和51年に新たに就任した人事部長は、このような事態を非常に憂い、社内秩序維持のためにはこれら従業員の非行に対しては厳しい処分で臨む必要があると考えていたことが認められ、更に、多数の女子の精神薄弱者を雇用し、寮に居住させている被告としては、その身上についての保護をすべき責務を負っているのであるから、風紀の維持には特に意を用いる必要があるものというべきである。これらの事情を考慮すれば、本件行為に及んだ原告に対して懲戒処分という厳罰をもって臨んだ被告の処置は必ずしも合理性を欠くものとは断定できず、裁量の範囲内のものとして相当性を是認し得るものといわなければならない。
3 不当労働行為の主張
被告では、精神薄弱者である従業員は、経営者や管理職から日常的な差別、虐待、侮辱を受けているとして、昭和50年12月、検査課労働組合が結成され、原告がその書記長に就任し活発な活動を続けたこと、被告が組合員の脱退を強要するなど団結権を侵害する行為を行ったこと、原告も被告の意を受けた母からの説得により一旦は組合を脱退したが、被告の労働条件変更の提案に反対するため再び加入したこと、被告と組合との間で勤務体制変更を巡って紛争が生じ、被告は原告ら組合員に対して出勤停止等の懲戒処分をしたほか、訴訟も提起される等、被告と組合とは激しく対立していたことが認められ、被告は原告の組合活動について快く思っていなかったであろうことが推認される。しかし、原告は、組合復帰後はその役員ではなかったし、一方原告に対する本件懲戒解雇処分は、処分理由とされている行為の内容及び被告の当時の職場事情からしてそれなりの相当性を有するものである。これらの事情を考え合わせると、本件懲戒解雇処分が労働組合の崩壊を意図してされ、又は原告の組合活動を理由としてされた不当労働行為であると認めることはできないというべきである。 - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 労働判例435号67頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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