判例データベース
県立医大アカ・ハラ事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 県立医大アカ・ハラ事件
- 事件番号
- 大阪地裁 - 平成10年(ワ)第2808号
- 当事者
- 原告個人1名
被告個人1名A、N県 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年10月11日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告は、昭和51年3月、N県立医科大学公衆衛生学教室助手に採用された女性であり、被告Aは、同大学の細菌学助教授を経て平成5年4月、公衆衛生学主任教授に就任し、原告の直属の上司の地位にあった。
原告は、被告Aが専門外から教授に就任することに反対していたことから、被告Aが原告を恨んで、職務専念義務の名の下に次のような研究妨害を行ったと主張した。
(1)原告の出張について押印を拒否し、原告が事務局からいわれて再度持っていくとようやく押印した。(2)原告の出張中、原告の実験によるものではない廃液の入った容器とゴミ袋を原告が使用する第二研究室の中に置いた。(3)原告が出張しすぎと言って出張制限しようとし、一部の出張を断念させた。(4)原告の行動を監視するため行き先掲示板を設置し、原告に無意味な精神的圧迫を与えた。(5)原告が管理することとされていた原子吸光装置を原告に管理させないこととし、原告の研究を不当に妨害した。(6)第二研究室前の名札を外させて、研究室の使用管理に干渉した。(7)原告が不在の間に、留学生に対する原告の机の明け渡しに際し、机の下の原告の所持品を勝手にダンボールに詰め込み、移動させ放置した。(8)原告不在の教室会議で決定したとして、欠勤の内容が不明確であるのに、欠勤した場合に研究費を減額する旨原告に通告した。(9)原告の動物購入の承認願の提出を故意に遅らせた。(10)原告に連絡することなく実習発表を行い、原告を欠席させて信用を失墜させた。(11)原告が学内講師の推薦基準を十分に満たしているにも関わらず恣意的に推薦しなかった。(12)原告に対し専門外、対象外の教授、講師等の応募を迫り、応募書類や応募を勧めるメモを机に置くなどした。(13)夏期休暇中は研究者は支障のない限り自宅研究できるのが慣例であるのに、原告に「無断欠勤を説明せよ」と名札の横に記載したほか、病気で休むときは診断書を出すよう自宅に連絡するなどの嫌がらせを行った。(14)原告は、平成3年から知事の承認を得てN女子短大の非常勤講師をしていたが、兼業申請につき「リアルスケジュールがない、本業に支障がある。」等と述べ、申請書への押印を拒否し、その結果、承認が遅れ、第1回の講義を休講にせざるを得なかった。
原告は、被告Aによるこれらの嫌がらせ行為により、その人格的利益を侵害されたとして、同人に対しては不法行為に基づき、また公権力の行使に当たる同人が職務を行うにつき故意に原告の人格的利益を侵害して損害を与えたとして、被告N県に対し国家賠償法1条に基づき、更に原告の雇用者として働きやすい職場環境を提供すべき雇用契約上の義務があるにも関わらずこれを尽くさなかったとして、債務不履行に基づき、被告A及び被告N県に対して、連帯して550万円の損害賠償を請求した。 - 主文
- 1 被告N県は、原告に対し、55万円及びこれに対する平成10年4月7日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告N県に対するその余の請求及び被告Aに対する請求を棄却する。
3 訴訟費用は、原告と被告N県との間においては、原告に生じた費用の10分の1を被告N県の負担とし、その余は原告の負担とし、原告と被告Aとの間においては全額原告の負担とする。
4 この判決1項は、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 被告Aの原告に対する嫌がらせ行為の有無
原告は、被告Aの所為は教授選における私憤を晴らすという動機によると主張する。この点については、被告Aは原告が被告Aの教授就任に反対していると聞いており、教授就任直後の面談においても被告Aは公衆衛生学教室の教授たる資格がない旨の発言をしたことから、原告に対して快い感情を有していなかったことは認められるが、被告Aは、教授就任後、全員にしばらく自由に研究をすることを了解し、原告に対しても干渉することはなかったし、教室における執務についても原告の判断に任せ、プライバシーには関与しないと述べていたこと、研究費予算の申込みについても、当初は原告の意見を聞くことを考えていたこと、平成5年9月22日の教室会議までは確執というものもなく推移したことが認められ、同会議における公務員の服務等の議題の原因が被告Aの教授就任後の事情に起因すると認められることを総合すれば、教授選の恨みが原因となっているとまでは認めることができない。
被告Aは、当初は従来の慣行を踏襲しようとしたことが窺えるが、搬入した機器の設置について助手である原告から怒られ、原告が嫌がらせに被告Aの講義を聴講するなど被告Aを公衆衛生学の一人前の教授と評価していなかったことが窺われ、一方で原告の出勤日数が少なく、所在不明のことが多かったことから、被告Aがこれらを改善しようと考えるに至ったことは、教室主任としては当然のことといえる。
平成5年9月22日の教室会議で、原告が被告Aに「来年度から意見を聞いて欲しい。」と述べたのに対し、被告Aが、来年原告がいたらそのようにする、と答えたのは、嫌味であったと推認するのが妥当であり、原告追出しの意図があったとまでは認められない。第二研究室及び原子吸光室の管理については、原告が独占して使用する権利はなく、研究者が公平に利用するため原告にある程度の不便があっても仕方のないことであり、研究室を他の研究者が使いやすく、私室の印象を排除し、利用を教室の管理にするとの提案は、合理的なものである。また、被告Aが上司の命令に従わないと懲戒処分の対象となる旨や、休暇、出張等服務について説明した部分は原告の勤務態度を意識して行われたものではあるが、全体として違法というほどのものではない。
原告が平成6年8月に出張していた間に、被告Aは第三研究室内に放置されていた廃液容器を原告の室の前に移動させたが、必ずしも緊急を要するものではなく、原告の出張中に行う必要はなく、嫌がらせ的な要素があったといわざるを得ない。原告の主張する出張妨害、研究活動妨害については、被告Aに違法な意図があったとまでは認められず、原告に対する監視、研究室の使用の妨害との主張については、被告Aの行為は教室会議の決定事項を守るように、という趣旨のものであり、教室主任としての権限の範囲内の行為であって、違法行為とはいえない。
平成7年6月の第二研究室内の原告の私物をダンボール箱に入れて移動させた点については、原告の不在の間に行ったもので、原告の不在時に行わなければならない理由はないから、違法というべきである。また、研究費の配分について、出勤状況に応じて配分する合理性が説明できておらず、当時原告の出勤状況の悪さが問題となっていたことからすると、これが原告を意識してのものであることが推認でき、他の教室員が同意しているといっても、なお原告に対する嫌がらせの面を否定できず、現実にはこの決定は実行されていないものの、決定したこと自体の違法性を否定できない。
教室主任が関連分野も含めて広く情報を提供すること自体は何ら違法ではないから、被告Aが募集要項を原告の机上に置いたことは違法とはいえない。しかし、その中には医師ではない原告には応募資格のないものや教授職への応募を勧めるものなどがあり、応募の可能性がないのに応募を勧めるということは、原告と被告Aとの間に確執がある状況下では嫌がらせと評価されてもやむを得ず、一部を除いて違法であるというべきである。
N女子短大の兼業については、それまで問題なく承認されていたこと、平成10年3月下旬には全ての書類が揃っていたにも関わらず、単に兼業の時間数の変遷についての説明がなかったとして押印しなかったことは、嫌がらせというべきで、違法行為になるといわざるを得ない。
2 被告Aの不法行為責任
原告の被告Aの職務行為を理由とする国家賠償請求については、被告N県が被告Aの違法行為について賠償責任を負うものであるところ、国家賠償法1条1項の文言に照らせば、当該行為を行った公務員個人に責任を負わせるものではないと解するのが相当である。したがって、原告の被告Aに対する請求は理由がない。
3 被告N県の国家賠償法による責任及び職場環境配慮義務
被告Aの行為のうち、違法とされる行為は、公権力を行使する被告Aが職務上行ったものであるから、被告N県は、これらによって生じた損害について賠償責任を負う。
原告と被告N県との関係は、地方公務員法上の任用関係であり、私法上の雇用関係ではないから、被告N県に対し、雇用契約上の義務を前提にその債務不履行責任を求める原告の主張は理由がない。ただ、被告N県は、被用者である職員が勤務に従事するに際して、その生命、身体等に対し危害を受けないように配慮すべき信義則上の義務を負っていると解されるが、信義則上の義務が発生していたというためには、被告N県において、右義務の発生を認識するに足りる程度の具体的な事情を把握していることが必要であるところ、本件において、被告N県に信義則上の義務違反は認められない。
4 損害
被告Aの違法行為は、比較的長期間なされたものではあるが、その程度は原告の研究に具体的に支障を与えるようなものではなかったし、被告Aが嫌がらせ行為を行うに至るまでには、原告が先に嫌がらせというべき行為を仕掛けたり、教室会議で決まり、公務員として当然に要求される欠勤や休暇の手続きを遵守しなかったりしたことに起因するところもあるほか、一部時効により消滅したものもあるところ、これら被告Aの違法行為の内容、各違法行為に至るまでの原告の対応等本件における諸般の事情を考慮し、原告の精神的苦痛に対する賠償としては、50万円をもって相当と思料する。また、弁護士費用としては、5万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 国家賠償法1条1項
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1098号241頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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大阪地裁 - 平成10年(ワ)第2808号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2000年10月11日 |
大阪高裁 − 平成12年(ネ)第3856号(甲事件) | 変更(上告) | 2002年01月29日 |