判例データベース
ラジオ放送会社55歳定年事件
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- ラジオ放送会社55歳定年事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成2年(ワ)第7623号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1994年09月29日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被告は、ラジオ放送事業を主たる目的とする株式会社であり、原告は昭和33年11月に被告に採用され、以来主としてアナウンス業務に従事していた女性である。
原告が入社した当時、被告の就業規則には、女性について満30歳の若年定年制及び結婚退職制の規定が存在したが、労組との交渉により昭和37年3月にこれらの制度は廃止された。改正された就業規則には「社員が停年に達したときは退職する」「停年退職は満55歳とする」と規定されているところ、原告が平成2年2月28日に55歳に達したことから、被告は同日をもって原告を定年退職とした。
これに対し原告は、高齢化が進む我が国においては定年延長等高齢者が生き甲斐をもって暮らせる社会の環境整備が急がれ、放送業界でもほとんどの会社が定年を60歳と改める中、55歳定年による解雇は公序良俗に反し、権利濫用、信義則違反に該当し、違法・無効であると主張し、60歳まで労働契約上の地位を有することの確認と賃金の支払いを請求した。原告は、55歳定年は憲法13条に規定する幸福追求の権利を奪い、同14条に定める法の下の平等に違反し、年金受給年齢の60歳前に収入の道を断つことから同25条に定める生存権を侵害し、勤労の権利を保障した同27条にも違反すると主張したほか、55歳定年はILO条約等国際労働社会の公序に違反し、平成5年度中の60歳定年制の完全定着と65歳までの継続雇用を求める高年齢者雇用安定法にも違反すると主張し、雇用関係の存続確認を求めた。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 被告の就業規則上、定年退職と解雇とは明確に区別されており、これまで社員が満55歳の定年に到達したときには、退職となるかどうかについて被告の裁量を許さず、一律かつ当然に退職するものとして取り扱ってきており、被告の労働者もそのように認識していたものと認めることができるのであるから、定年制度により、就労能力及び就労意欲を有する労働者をその意に反して退職させることがあり得ることの一事をもって、これを解雇と同列に置くことは相当でないというべきである。したがって、本件55歳定年制は、満55歳の到達により被告又は労働者のいずれの当事者の意思表示なくして当然に雇用契約を終了させる制度であり、被告の原告に対する定年退職予告の意思表示は、定年によって雇用契約が終了する旨の通知に過ぎないものと解するのが相当である。
定年退職制は、一般に老年労働者にあっては要求される労働の適格性が逓減するにもかかわらず、給与がかえって逓増するところから、人事の刷新・経営の改善等、企業の組織及び運営の適正化のために行われるものであって、一般的にいって不合理な制度ということはできない。しかしながら、雇用契約における定年制度の合理性は、定年年齢と社会における労働力人口との関連において、企業における限られた雇用可能人員の中で、企業経営上必要とされる限度において社会的に許容されるものであるから、それは当該定年年齢、社会における労働人口、企業経営を取り巻く諸事情を総合考慮して判断すべきものと考えられる。しかも定年制度の改革は、賃金制度、人事管理制度、能力維持開発訓練制度と密接に関連するものであり、これらは労使の合意の上に成り立つものであり、その自主的努力の集積によって普遍化するものであるから、本件55歳定年制を原告に適用することが公序良俗違反、権利濫用、信義則違反に該当し無効であるといえるためには、本件55歳定年制についての被告におけるこれらの対応等が社会的相当性を欠くものであることを要するものといわなければならない。
憲法14条1項は、年齢による差別を明示的に禁じてはいないが、雇用関係において、年齢による取扱いの差が合理性を欠くものであるならば、右条項違反になることがあり得るものと解すべきであるが、一般に定年制は、定年に達したすべての者に対して機械的かつ一律的に適用されるものであって、いわゆる形式的平等は満たされているということができる。また実質的に考えてみても、使用者の側からみると、一般的に労働者にあっては年齢を経るにつれ、要求される労働の適格性が逓減するにかかわらず、給与が却って逓増するところから、企業の組織及び運営の適正化を図るために定年制の定めが必要であるという合理的な理由が存するし、労働者の側からみても、定年制はいわゆる終身雇用制と深い関連を有し、定年制が存するが故に、労働者は使用者による解雇権の行使が恣意的になされる場合は、これが権利濫用に当たるものとして無効とされ、その身分保障が図られているものということができ、また若年労働者に雇用や昇進の機会を開くという面があり、一応の合理性があることを否定できない。したがって、55歳定年制をもって、憲法上の平等原則に違反しているとみることはできないというべきである。
憲法13条、25条、27条については、いずれも抽象的宣言規定であり、あるいは国に対し社会福祉や社会保障、雇用の機会の保障等の面において立法上・行政上の施策を講じる責務を定めたものであって、これらの諸規定から直ちに本件55歳定年制が無効であると断じることはできない。
高齢化社会の進展した我が国において、60歳定年制は事業主の負う基本的な社会的責務であるというべきであるから、産業社会においてこれが普及して普遍化した段階にあっては、特段の事情がない限り、この社会的責務を履行せずにこれを達成しないことは社会通念上違法・無効であるというべきである。しかしながら本件にあっては、55歳定年制が社会通念上違法・無効なものかどうかについての判断の基準時点は、原告が55歳に達した時点をもって相当とするところ、この時点において、60歳定年制が既に放送業界を含む産業社会で主流になっていたということがいえるものの、55歳定年制が維持された企業も多く存在し、必ずしも60歳定年制が普遍化した状況にあったものとはいいがたいのであって、本件55歳定年制をもって、これを違法・無効とするまでの客観的法規範が形成されていたと認めることは困難である。被告は、平成2年2月当時、高年齢者雇用安定法に定める努力義務を十分に尽くさず、原告を含め定年後も就業の意欲と能力を有する退職者を可能な限り再雇用すべき配慮に欠けていたが、本件55歳定年制がその時点における客観的法規範に反するとはいえず、公序良俗に反し、あるいは権利濫用、信義則違反に該当するということはできないというべきである。
もっとも、本件訴訟の口頭弁論当時についてみれば、企業の60歳定年制は一段と進展し、平成2年12月の高年齢者等職業安定対策基本方針において平成5年度までに60歳定年制の完全定着を図ることが策定され、被告の経営事情が特に悪いために定年引上げによって事業活動に著しい支障を与えるものとはいい難いことに鑑みると、少なからず高年齢者の従業員が就労し、かつ、公共性の高い免許事業を営む被告が定年引上げ計画を実現し得なかったことは遺憾である。 - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 労働判例658号13頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁 − 平成2年(ワ)第7623号 | 棄却 | 1994年09月29日 |
東京高裁 − 平成6年(ネ)第4076号 | 一部却下・一部棄却 | 1996年08月26日 |