判例データベース
T学園差戻審控訴事件
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- T学園差戻審控訴事件
- 事件番号
- 東京高裁 - 平成15年(ネ)第6154号
- 当事者
- 控訴人 学校法人
被控訴人 個人1名 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年04月19日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(上告)
- 事件の概要
- 控訴人は、私立専修学校及び私立各種学校を設置することを目的とする学校法人であり、被控訴人は昭和62年3月に控訴人に事務職として採用された女性である。
控訴人の給与規程では、賞与の支給要件として、支給対象期間の出勤率が90%以上であることが必要とされており(90%条項)、その支給の詳細についてはその都度「回覧」によって社員に周知されていた。また、控訴人の就業規則では特別休暇の規定があり、このうち産前産後休業は無給とされており、また育児休業を申し出ない社員に対しては、1日1時間15分の無給の勤務短縮を認めていたところ、平成6年11月29日付けの回覧文書では備考(4)として、産前産後休業については欠勤日数に加算するとされ、平成7年6月8日付けの回覧文書では備考(5)として、育児規程の勤務時間の短縮を受けた場合には短縮した分の総時間数を7時間45分で除して欠勤日数に加算するとの規定を付加している。
被控訴人は、平成6年7月8日男児を出産し、翌9日から同年9月2日まで産後休業を取得し、その後育児休業規程に基づいて、同年10月6日から平成7年7月8日までの間、1日につき1時間15分の勤務時間短縮措置を受けたところ、平成6年度年末の賞与に関して、出勤率の算定に当たって、産前産後休業日数を欠勤日数に算入すると定められ、平成7年夏期賞与に関しては更に育児のための勤務短縮措置分も欠勤日数に参入すると定められた。このため被控訴人は各賞与支給対象期間における出勤率がいずれも90%に達せず、いずれの賞与も全く支給されなかったことから、被控訴人は控訴人に対し賞与、慰藉料及び弁護士費用を請求した。
第1審では、産前産後休業を取得することによって不利益を被ることになると、労働者が権利行使を躊躇する虞があり、法が権利、法的利益を保障した趣旨を没却させることになることから、控訴人の措置が公序良俗に反して無効であるとし、控訴人に被控訴人対する賞与全額の支払いを命じた。第2審においても同様の判断が示されたことから控訴人が上告したところ、最高裁は、本件90%条項は、出勤率が90%未満の場合は一切賞与が支給されないというものであり、年間総収入額に占める賞与の比重が相当に大きく、支給されない者の経済的不利益は大きいとして、90%条項のうち産前産後休業の日数及び時間短縮措置分を出勤日数に含めないことは公序良俗に反して無効であるとした。しかしこれらの期間は賃金支払いの対象となっていなから、これらにより不就労期間に対応した賞与の減額をすることは直ちに公序に反するととはいえないとして、高裁に差し戻した。 - 主文
- 1(1)原判決主文第1項中、控訴人に対し金97万9700円及び内金49万1900円に対する平成6年12月16日から、内金48万7800円に対する平成7年6月29日から各支払い済みまで年5分の割合による金員の支払いを命じた部分を除いて、その余を取り消す。
(2)被控訴人の上記取消しに係る部分の請求を棄却する。
2 控訴人のその余の控訴を棄却する。
3(1)控訴人の仮執行の現状回復申立てに基づき、被控訴人は、控訴人に対し、金32万9055円及びこれに対する平成10年4月1日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)控訴人のその余の上記申立てを棄却する。
4 訴訟の総費用はこれを3分し、その1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件各賞与を全額不支給とした控訴人の本件各取扱い
本件各賞与は、支給対象期間中の労働の対象として賃金たる性質を有しており、賞与の支給要件や本件各除外事項などを定めた本件各回覧文書は就業規則の給与規程と一体となり、本件90%条項の内容を具体的に定めたものである。ところで、産前産後休業を取得し、又は勤務時間短縮措置を受けた労働者は、労使間の特段の合意がない限り、その不就労期間に対応する賃金請求権を有しておらず、この期間を出勤として扱うかどうかは原則として労使間の合意にゆだねられているというべきであり、従業員の出勤率の低下防止等の観点から、出勤率の低い者につきある種の経済的利益を得られないこととする措置ないし制度を設けることも、一応の経済的合理性を有する。しかし、本件90%条項のうち、出勤すべき日数に産前産後休業の日数を算入し、出勤した日数に産前産後休業日数及び勤務時間短縮措置を含めないものとしている部分は、労働基準法65条及び育児休業法10条により認められた権利等の行使を抑制し、ひいては労働基準法等がそれらの権利等を保障した趣旨を実質的に失わせるものというべきであるから、公序に反し無効である。そして、本件90%条項は、その残余において効力を認めたとしても、労使双方の意思に反するものではないから、その一部無効は賞与支給の根拠条項の効力に影響を及ぼさない。以上は、本件上告審判決が拘束力をもって判示するとおりである。そうすると、出勤すべき日数に産後休業の日数を算入し、出勤した日数に産後休業日数及び勤務時間短縮分を含めないものとして、本件各賞与の全額を不支給とした控訴人の本件取扱いは違法である。
2 本件各賞与の一部不支給について
本件90%条項の適用に当たっては、産前産後休業の日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分は、欠勤として減額の対象になるというべきである。そして、本条項は、賞与の額を一定の範囲内でその欠勤日数に応じて減額するに留まるものであり、加えて、産前産後休業を取得し、又は育児のための勤務時間短縮措置を受けた労働者は、法律上、上記不就労期間に対応する賃金請求権を有しておらず、控訴人の就業規則及び育児休業規程においても上記不就労期間は無給とされているのであるから、本件各除外条項は、労働者の前記権利等の行使を抑制し、労働基準法等が前記権利を保護した趣旨を実質的に失わせるとまでは認められず、これをもって直ちに公序に反し無効なものということはできない。以上は、本件上告審が拘束力をもって判示するとおりである。
3 就業規則の不利益変更について
控訴人の就業規則、給与規程及びこれと一体をなす回覧文書において、賞与の支給に当たって産前産後休業を欠勤扱いにする旨定められたのは平成4年度年末賞与が初めてであり、勤務時間短縮措置による育児時間を欠勤扱いにする旨定められたのは平成7年度夏期賞与が初めてであるが、これは労働条件を定めた就業規則の不利益変更というべきである。
ところで、新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されない。しかし労働条件の統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者がその適用を阻むことは許されない。そして、当該規則条項が合理的なものであるとは、その作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項がそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。
本件においては、一方において従業員の出勤率の低下防止の要請があり、他方において産前産後休業を取る権利及び育児のための勤務時間短縮措置を請求し得る利益の保障の要請があり、これらの要請を調整したものとして、出勤率の低い者につきある程度の経済的利益を得られないこととする措置ないし制度を設けることには、相応の合理性があり、賞与の支給について、欠勤日数に応じてある程度の不利益を被るものとする措置ないし制度を設けることも許されるものと解される。そして、産前産後休業又は育児時間を取得した労働者は、法律上その間の賃金請求権を有しておらず、控訴人の就業規則等においても無給とされているのであるから、労使間に特段の合意がない限り、賞与の支給に関しても当該不就労期間を欠勤扱いとしたからといって、直ちにこれを不合理ないし必要性を欠くものということはできない。以上に加えて、本件各除外条項が適用された場合の賞与額の減収による影響が後記の程度に留まることを考え合わせると、本件各除外条項を設けたことによる就業規則の変更は合理的かつ必要性があるものとして効力を有するものと認めることができるというべきである。そうすると、他にその適用を妨げる事由がない限り、本件各除外条項に従って被控訴人の産後休業日数及び勤務時間短縮措置による短縮時間分を欠勤扱いとして、本件支給計算基準条項を適用して被控訴人に対する本件各賞与の一部支払いを認めるべきである。
4 本件各賞与の金額について
本件各除外条項が適用された場合の本件各賞与の金額は、平成6年度末賞与が49万1900円、平成7年度夏期賞与が35万1570円となり、この場合の被控訴人の年間総収入額は、平成6年度が327万5890円、平成7年度が384万2155円となる。これに対し、本件各除外条項が適用されないとした場合の本件各賞与の金額は、平成6年度年末賞与が77万4500円、平成7年度夏期賞与が48万7800円であるから、この場合の被控訴人の年間総収入額は、平成6年度355万8490円、平成7年度が397万8385円となる。
5 信義則違反について
控訴人の平成7年当時の賞与の支給条件によれば、勤務時間短縮措置による育児時間を取得しても欠勤扱いされることはなかったものである。これに加えて、控訴人においては従業員の年間総収入額に占める賞与の比重が大きいことにもかんがみれば、就業規則を変更してこのような規定のなかったときに勤務時間短縮措置を受けた従業員にまで遡って不利益を及ぼすことは、信義誠実の原則に反して許容することができないものというべきである。したがって、平成6年度年末賞与の支給に当たって、備考(4)を適用し、賞与の金額を一部カットすることは許されるが、平成7年度夏期賞与の支給に当たって、備考(5)を適用して賞与の全額をカットをすることは許されないものである。
6 被控訴人の本件請求の帰結について
被控訴人の本件各賞与の支払請求は、平成6年度年末賞与につき、備考(4)を適用することは許されるから、49万1900円の支払いを求める限度で理由があり、平成7年度夏期賞与につき、備考(5)を適用することは信義則に違反して許されないから、48万7800円の支払いを求めることができる。また被控訴人は、選択的に不法行為による損害賠償請求として本件各賞与と同額の金員の支払いを求めているところ、損害賠償が認められる範囲も上記各金員の支払いを求める部分に限られることになるから、同様の帰結となる。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例917号40頁、労働経済判例速報1938号3頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 − 平成7年(ワ)第3822号、東京地裁 − 平成7年(ワ)第15875号 | 請求一部認容(原告一部勝訴) | 1998年03月25日 |
東京高裁 − 平成10年(ネ)第1925号、東京高裁 − 平成10年(ネ)第5630号、東京高裁 − 平成13年(ネ)第778号 | 控訴棄却(控訴人敗訴)、棄却、棄却 | 2001年04月17日 |
最高裁 − 平成13年(受)第1066号 | 上告人敗訴部分破棄・差戻し | 2003年12月04日 |
東京高裁 - 平成15年(ネ)第6154号 | 一部認容・一部棄却(上告) | 2006年04月19日 |