判例データベース
A大学講義停止事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- A大学講義停止事件
- 事件番号
- 名古屋地裁豊橋支部 − 平成14年(ヨ)第31号
- 当事者
- その他債権者 個人1名
その他債務者 学校法人A - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 2002年09月13日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- 債務者は、大学その他の施設を設置して、教育研究を行うことを目的とする学校法人であり、債権者は、平成10年4月に、債務者が設置するA大学に国際コミュニケーション学部が新設されると同時に同学部教授に就任した男性である。
債権者は、平成14年度当初の授業計画において、各科目を担当することとされていたところ、平成13年9月当時、A大学国際コミュニケーション学部3年生であり、債権者が開講する演習の女性受講生は、債権者から恋愛関係を迫られたり、身体を触られたりする等のセクハラ行為を受けたとセクシャル・ハラスメント防止人権委員会に訴えた。同委員会は調査委員会の調査を経て、平成14年3月18日付けで、学長に対し女子学生が主張するセクハラ行為に近いものがあり、債権者について懲戒手続きに入ること及び就学環境回復に努めること等を勧告した。
債務者は、同年5月13日、債権者に対し、就業規則に基づき、懲戒処分として、10日間の出勤停止処分とした。また、A大学国際コミュニケーション学部教授会は、同月23日、債権者に対し、平成15年3月31日までの間、本件各科目の担当者を債権者から他の教員に変更する措置(本件措置)を決定した。
これに対し債権者は、出勤停止の懲戒処分を受けた上に、同一の行為について本件措置を行うことは、就労請求権を侵害するものとして、その取消しを求めた。 - 主文
- 判決要旨
- 雇用契約においては、労働者は使用者の指揮命令に従って一定の労務を提供する義務を負担し、使用者はこれに対して一定の賃金を支払う義務を負担するのが、その最も基本的な法律関係であるから、一般的には労働者は就労請求権を有するものではないが、就労請求権について労働契約等に特別の定めがある場合又は労働者が就労を求めるべき特別の合理的利益を有すること等から就労請求権について黙示的な合意が認められる場合には、就労請求権を有すると解するのが相当である。
大学の教授にとって、担当する科目について学生に対して講義を行うことは、その学問的研究の成果を発表する機会であるとともに、学生との対話を通じて更に学問的研究を深め、発展させるための重要な要素であるということができるから、大学の教授は講義を行うことについて特別の合理的な利益を有するというべきである。そして債権者が担当する科目の決定については、常に債権者の同意を得て行われていること、債務者は学生に対し講義を行うことが大学教授にとって基本的かつ最重要の権利であり、その権利性を認めていることを併せ考慮すると、債権者は債務者との黙示的合意により、本件各科目の講義を行うという就労請求権を有するというべきである。確かに、A大学教授会規程によれば、教授会は学部及び大学院の授業計画及びその変更を決定する権限を有するが、債権者は債務者に対して黙示的合意によって講義を行う就労請求権を有するのであるから、教授会が債権者の意に反して、授業計画の変更という名の下に、上記就労請求権を侵害することはできないというべきであり、本件措置は不適当なものというべきである。
A大学学長は、国際コミュニケーション学部長に対し、授業計画の変更及び教学環境改善のための適切な措置を講じるよう要請し、同学部教授会はこれを受けて本件措置を決定しており、また副学長が債権者の代理人に対し、出勤停止処分とは別途教学環境改善措置をとる旨通知していること等に照らすと、本件措置が、少なくとも大学の意図としては、教学環境改善のためになされた側面があることは否定しきれない。そして人権委員会等の、学生へのセクハラ行為に近いものがあったという認定を前提とすれば、学生の教学環境を維持するために、債権者と学生が演習や講義の場で接触することを避けることは必要であったということができる。しかし、学生は既に債権者の担当する演習を受講していなかったのであるし、講義についても、学生に、同人が受講している債権者担当の講義の変更を認めたり、学生が受講している講義の担当のみ他の教員に変更するなどして対応することが可能であったと考えられるので、本件措置のように、債権者が担当している全演習及び講義について担当を変更し、債権者がA大学での演習及び講義を全面的に担当できなくする必要性までがあったとは考え難い。また学長は、債権者に対し、平成14年5月24日から平成15年3月31日までの間休講することを強く要請した上で、懲戒処分としての出勤停止処分が終了するや否や、翌日からの本件措置が決定されており、この本件措置に至る経緯は、学生に対するセクハラ行為に起因する債権者の責任を追及する一連の動きと評価せざるを得ない。この点、債務者は本件措置の理由の1つとして、債権者がセクハラ行為について調査委員会等の実情調査に全く協力せず、反省の姿勢も見られなかったことを挙げており、更に本件措置は就業規則所定の起訴休職の場合とほぼ同期間の休職を命ずるものであり、これらを併せ考慮すると、本件措置は、債権者の学生に対するセクハラ行為及び調査委員会等の実情調査に速やかに応じなかったことに対する制裁としての要素が極めて強いというべきである。
債権者は債務者に対して、黙示的合意によって、本件各科目の講義を行うという就労請求権を有するところ、本件措置はこれを全面的に剥奪するものであること、債権者が債務者に対して賃金請求権に加えて就労請求権を有するのであるから、本件措置において平成14年5月24日から平成15年3月31日までの10ヶ月間にわたって債権者が演習及び講義を全面的に担当できなくすることは、債権者に与える不利益の軽重という観点で就業規則所定の懲戒処分と比較してみると、最長10日間の出勤停止処分以上に重大な不利益を与えるものであることを総合考慮すると、本件措置は、実質的には債権者の学生に対するセクハラ行為及び債権者が調査委員会等の実情調査に速やかに応じなかったことに対する懲戒処分と同等の不利益処分であるといわざるを得ない。そうすると、本件措置が就業規則に明示されていない処分であることを措くとしても、既に債権者の学生に対するセクハラ行為及び債権者が調査委員会等の実情調査に速やかに応じなかったことを理由として、債権者に対して懲戒処分としての出勤停止処分がなされているのにもかかわらず、それと同一の事由に基づき、しかも出勤停止処分の直後になされた本件措置は、同一事由に基づき二重になされた懲戒処分と同等の不利益処分として、許されないものというべきである。 - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 平成15年版年間労働判例命令要旨集
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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