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電気機械器具販売等会社支店長退職事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
電気機械器具販売等会社支店長退職事件
事件番号
東京地裁 − 平成14年(ワ)第9596号
当事者
原告個人1名

被告個人1名A、S株式会社
業種
卸売・小売業・飲食店
判決・決定
判決
判決決定年月日
2003年05月12日
判決決定区分
棄却
事件の概要
被告会社は、各種電気機械器具、電気照明等の販売・保守を主たる事業とする株式会社であり、被告Aは同社の東京駐在唯一の取締役であり、平成14年2月から営業本部長の地位にあった。原告は、昭和43年4月に被告会社の前身会社に採用され、その後被告会社で営業を担当し、平成13年4月から東東京支店長の地位にあった。

 原告は、平成13年4月、部下の女性M(当時32歳・独身)ら女性3名と夕食を共にし、その後Mだけカラオケに誘い、抱きついてキスを強要した後、12時頃Mをタクシーで自宅まで送った。また同年5月頃、原告はMの携帯電話に「早く顔を見たいね、会いたいね」といった業務外のメールを複数回送信した。更に同年7月にMが入院した際、原告は1人で2,3日に1回見舞いに訪れ、退院後原告はMの携帯電話に送信し、同年11月20日には、午後9時から翌日午前1時までの間にMに対し18回の電話をした。Mの同僚男性が、原告の行為によりMが困っていると被告Aに話したことから、被告AらはMから事情を聴取し、上記の事実等を確認した。

同年12月12日、被告Aらは原告からヒアリングを行ったところ、原告は否定できない外形的事実と支店長として適切でない行為があったことは認めたが、キスの強要、セクハラの意図については否定した。ヒアリング後、人事部長は原告に対し、原告の行為は懲戒処分の対象になり得ること、支店長に留まるのは難しいこと等を指摘し、自分自身で良く考えるようにと、事実上の退職勧奨ともとれる発言をした。また人事部長は、退職は1月10日付けが目立たなくて良いと示唆し、「とにかく十分に考えてください」と原告に告げた。原告は、同月17日被告Aと面談したところ、被告Aは、原告は支店長として相応しくないが、解雇理由に当たるとは判断しないと説明した。そして原告が退職の可能性に言及したところ、被告Aは慰留せず、退職時期として1月20日を勧めたことから、これを受けて原告は同月27日に退職願を提出し、平成14年1月20日に退職した。

原告は、指摘されるセクハラ行為も、Mからのセクハラ被害の訴えもないこと、仮にセクハラ行為があったとしても懲戒解雇事由に当たらないのに懲戒解雇事由がある等虚偽の事実を告げられたものであることから、本件退職は詐欺かつ強迫によるもので取り消し得るものであり、錯誤及び心裡留保により無効であるとして、雇用契約上の権利を有することの確認と賃金の支払いを請求したほか、被告Aが違法な退職勧奨を行い、被告会社としても使用者責任があるとして、不法行為に基づき、被告会社と被告Aに対し、各自連帯して1000万円の慰謝料を支払うよう請求した。
主文
1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 原告は、ヒアリングの際セクハラ行為を否定したところ、激高した被告Aから「自主退職しなければ解雇する」「本当は懲戒解雇のところ、俺が自主退職にしてやったのだから黙って辞めろ」と言われ、懲戒解雇なら退職金も出ないと思い、自主退職したと主張している。しかしその後の陳述書では、懲戒解雇と言われたことや、退職金も出ないと思い自主退職したことには言及せず、被告らの発言は普通解雇という趣旨で理解した等重要な点で変遷している。またそれ以外でも供述の変遷があるほか、セクハラ行為がないのに辞職した理由も不明である。原告の供述によると、本件セクハラ行為は全くなく、被告Aらもそれを承知の上で何か別の理由で原告を辞職させたことになる。使用者が、従業員がセクハラ行為をしていないことを知りつつ、セクハラ行為を口実に解雇すると告げて辞職させるような場合に、原告が主張するように、「Mの好きな男に嵌められたな」「M本人と会えば事が穏便に終わるから会うのは駄目だ」などと言えば、目的を達し得なくなるのが通常であるから、原告の主張は不合理である。

 原告は、一貫して人事部長から「Mから原告のセクハラ行為の訴えがあった」と虚偽の事実を告げられたと述べているが、原告の供述は全体として信用し難い。また本件は男性社員の訴えが契機となったもので、彼が被告Aや人事部長に殊更虚偽の発言をしなければならない理由は見当たらないから原告の供述は信用できない。また原告は、懲戒解雇事由たるセクハラ行為がないのにあるかのように誤信させられたと主張するが、これがあるかどうかは原告が一番良く知っているのであるから、採用できない。

 原告主張の強迫行為の存否についての原告の供述は信用できない。原告が被告Aらを畏怖したという点についても、原告は被告AからMとの会話や社員や妻に話すことを固く禁じられたのに、Mに面談して事情聴取し、妻や会社の幹部にも相談しているから、畏怖したというのは不自然である。原告は、さしたるセクハラ行為がないのに退職することは不本意と考えたとしても、本件退職願提出の際には本当に退職するしかないという気持であったと述べており、真意は退職する意思でなかったと認める証拠はない。

 被告Aが原告に対し、Mと本件についての面接を禁じたこと、「これは懲戒に関わる大変なことだ」等大声で叱ったこと等については、原告が調査に対して不誠実な回答を繰り返した以上、不法行為を構成する程度の違法性を備えるには至っていない。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
その他特記事項