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K病院配転拒否解雇事件

事件の分類
配置転換
事件名
K病院配転拒否解雇事件
事件番号
岡山地裁 - 昭和41年(ヨ)第151号
当事者
その他申請人 個人1名
その他被申請人 財団法人(病院)
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1968年03月27日
判決決定区分
一部認容・一部却下
事件の概要
 被申請人は総合病院であり、申請人は昭和39年4月被申請人病院に看護婦として雇われ、看護業務に従事していた女性である。

 申請人が健康アンケートで、全身倦怠、立ちくらみ等を回答し、医師が軽い業務に換えた方が良いと言ったこと、申請人が結婚して通勤する旨申し入れたことなどから、被申請人は申請人が看護婦業務を続けることが健康上困難であると判断して、昭和41年5月6日、申請人に対し、給与は看護婦のまま、夜勤のない食養部への配置転換命令をしたところ、申請人がこれを拒否したため、同月12日、就業規則に照らし申請人を懲戒解雇した。
 申請人は、看護婦という特殊技能者として採用され、一貫して看護業務に従事してきたから、申請人が労働契約上負担する労務提供義務の範囲は看護業務に限られること、配転先である食養部で申請人の従事すべく予定された職場は食事箋の整理及び食事摂取状態の調査であって、看護業務ではないことから、申請人の同意なくして労働契約に定められた労務の種類を変更する配転命令は、労働契約に違反することを主張した上で、本件配転命令は、申請人が民主的団体で活動することを嫌悪して行ったものであり、思想信条を理由とした差別的取扱いであること、申請人が労働組合の組合員であり、労働組合の正当な活動をしたことを理由としてなされた不利益扱いで不当労働行為に当たること等を主張し、本件配転命令拒否を理由とする本件懲戒解雇の無効の確認と賃金の支払いを請求した。
主文
1 申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有することを仮に定める。

2 被申請人は申請人に対し、昭和41年5月から本案判決確定に至るまで、毎月21日限り、金2万円を仮に支払え。

3 申請人のその余の申請を却下する。

4 申請費用は被申請人の負担とする。
判決要旨
就業規則には、院長は業務の都合その他必要あるときは職種若しくは職階の変更を命ずることができる旨定められているから、看護業務に従事することを内容とする労働契約が結ばれていたとしても、本人の同意のない限り看護業務と異なる労務に一切配置換えすることが許されないとまでいうことはできない。しかし、国家試験を経て一定の資格を有するものとして雇用した者を、その資格を必要としない職務に従事させることは通常行われないことであり、ことに看護婦は特殊な技能と経験を必要とする伝統的職業であって、意思に反して制服を脱がされ他の労務に換えられることはよほどのことがない限り耐えられないことであろうから、看護婦としての誇りを犠牲にしてもやむを得ないと考えられる程度の業務上の必要ないしは合理的理由があるときに限り、例外的に事務職に配置換えを命ずることができると解すべきである。

(1)被申請人病院事務長は、申請人が結婚し通勤すると申し出た翌日から3日間にわたり申請人に対し繰り返し執拗な退職勧告をしているが、申請人は医師の診断を受けたり、他の比較的暇な勤務に代わることを望んだようなことはなく、現にその症状のため勤務に支障を生じなかったのであるから、本件配転命令は、結婚通勤の申出を幸いに、現在症状がないという申請人に対し、体質的という口実のもとに、突然一方的に持ち出されたと見られること、(2)勤務を軽減した方が良いという医師の意見は、尿及び血液検査の報告書のみにより述べられたものであって、病院が重視する目まい、立ちくらみについて通常必要とされる検査はもちろん、医師による問診さえ全くされていないから、被申請人が申請人の健康のみを考えてした配転とは到底理解できないこと、(3)総婦長ら管理者側において、申請人の配転につき真剣に検討した形跡がなく、専ら事務長の意向に従ってなされたと見るほかないこと、(4)食養部特調係は申請人が初めて命ぜられた職務であって、申請人が断った後別に後任者も置かれていないことなどから見て、申請人を配置換えするためにのみ急に事務長により考え出された職場であることなどを考え合わせると、病院が主張するような目的で配転を命じたとは到底信じられない。

 

 一方、申請人は高等看護学院の学生であった頃から、民主青年同盟などの考え方に共鳴し、集会、学習会などに、同僚や学生を誘って参加していたが、病院関係者は、申請人らの参加を嫌い、常にその行動に留意し、特に学生に参加を勧めないよう強く注意してきたこと、かつて申請人が看護学院に入学する際口添えした前事務次長が申請人の姉に対し、申請人がアカのグループに入っていること、病院では申請人を人員整理にかこつけて辞めさせる計画であること、大阪か神戸の病院に代わらせた方が良いことなどと申し入れ、被申請人が同次長を通じて申請人が自主的に退職するよう身内に働きかけたことが一応認められる。これらの事実によれば、被申請人は申請人が民青等主催の会合に積極的に参加し、同僚、学生に参加を呼びかけることを非常に嫌悪していたことが推察できるから、本件配転は、被申請人が申請人の活動を嫌う余り、申請人の健康管理を口実に、申請人が応じないであろうと予想される職場で働くことを命じ、もし応じなければ解雇することを意図していたと疑われてもしかたがない。

 以上かれこれ考え合わせると、本件配転は、業務上これを必要とする合理的理由がなく、健康管理に名を借りた配転命令は、結局被申請人の勝手に過ぎ、指示命令権の濫用であるから、その効力を生じるに由ないというべきである。そうだとすると、申請人が右命令に従わなかったのは当然であり、これによって職場の規律、秩序を乱したとすることはできないから、就業規則の懲戒事由に該当しないことは明らかである。したがって被申請人が同規則を適用して申請人に対してなした懲戒解雇の意思表示は、懲戒の理由もなくしてなされたもので解雇権の濫用に他ならないから、その効力を生じないというべきであり、申請人は被申請人に対し、なお労働契約に基づく権利を有するものである。
 申請人は本件解雇当時月額2万5200円の賃金を受けており、解雇後一時失業保険金の給付を受けたが、その後は無収入であって、病気がちの夫の月3万円の収入により、申請人夫婦、長子、夫の祖母の4人家族が辛うじて生活していること、申請人としてはこれまでどおり看護婦として働き家計を助ける必要に迫られていることが一応認められる。以上の次第で、申請人が被申請人に対し労働契約上の権利を有することを仮に定め、月額賃金のうち家計を助けるため必要と考えられる2万円を仮に支払うべき旨の仮処分命令を発することを相当と認める。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働関係民事判例集19巻2号493頁
その他特記事項