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T社配転拒否懲戒解雇事件

事件の分類
配置転換
事件名
T社配転拒否懲戒解雇事件
事件番号
東京地裁 - 昭和44年(ワ)第13472号
当事者
原告 個人1名
被告 東洋テルミー株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1973年05月11日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告は、プラスチック製品等を製造する会社であり、原告は昭和41年に大学を卒業後被告に雇用された男性である。

 被告は、大阪営業所の販売力の強化のため、北関東地区で優れた販売実績を上げ、関西方面に土地勘のある原告に対し、昭和43年9月25日大阪営業所勤務を命ずる配転命令を出した。ところが原告は、(1)近く結婚をし、共稼ぎの予定であること、(2)技術関係の仕事をしたいと申し出ているのに、その希望が本件配転では考慮されていないこと、(3)自分が大阪に転勤しなければならない理由がわからないことを挙げ、転勤を拒否した。一方被告は、原告の述べる理由は配転拒否の正当事由と認められず、各種の経験を経ることによって管理職に昇進し得るものであるなどと大阪赴任を説得したが、原告はあくまでも転勤を拒否し続けた。そこで被告は、最終的に原告に対し依願退職を勧告したが、原告がこれも拒否したため、昭和44年10月13日、就業規則に基づき原告を懲戒解雇した。

 これに対し原告は、本件配転命令は、(1)プラスチック製造関係で就労することを前提にした労働契約に違反すること、(2)労音、労演等の活動をする原告の思想、信条を嫌悪して行われたものであること、(3)原告の組合活動を阻止する目的でなされた不当労働行為であること、(4)原告は近く結婚の予定であり、共稼ぎをすることとしていたことから、転勤となれば夫婦別居か妻が職場をやめなくてはならず、権利の濫用であることを主張し、本件配転拒否を理由とする懲戒解雇の取消しと賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。
判決要旨
1 労働契約違反の主張について

 一般に、労働契約においては、労働者は、企業の効率的な運営に寄与するため、使用者に対し包括的に労務の提供を約諾するのが通例であるから、使用者は、労働者から提供された労務について、その種類、態様、場所を適正に配置して使用する権限を有する。したがって使用者は、労働者との個別的労働契約において労務の種類、態様、場所を限定する特別の合意をしない限り、労働契約の趣旨の範囲内において労働者に対し労務の種類などを具体的、個別的に決定して労務の提供を命ずることができ、労働者は、その命令に服して労務を提供すべき労働契約上の義務を有する。

 原告は、大学でプラスチック加工について研究したので被告に就職を希望した旨採用面接の際に述べたことが認められるが、被告において出身学部と担当業務とは必ずしも一致していないことが認められ、就業規則では労務の種類などを限定することなく配置転換を命ずることがある旨規定しており、しかも大学卒の技術関係労働者については、その専門的な技術、能力がそれほど高いものとはいえないし、大学卒業者は原則として広範囲な配置転換が予定されている。そうすると、原告被告間の労働契約の内容が、プラスチック製造ないし機械工学関係に限ったものと認めることはできないから、本件配転命令が労働契約に違反する無効なものということはできない。

2 配転命令の必要性

 被告は、昭和43年8月頃、関西地区に販売の力点を置くため、2年以上の経歴を有する大卒社員の中から能力のある者を大阪営業所に配転させることとした。原告は如才なく得意先の受けが良く、仕事振りも的確・勤勉であり、北関東地区で優れた販売実績を示し、上司から上位に評価されており、また関西地区の土地勘があることも大阪配転の一つの理由として考えられ、被告は大阪で販路を拡大してくれることを期待して、原告の大阪配転を決めたものである。この事実によれば、本件配転命令は、大阪営業所の販売力強化という被告の業務上の必要に基づいてなされたものであり、よほど特別の事情がない限り、本件配転命令は不当労働行為や権利の濫用等にはならないわけである。

3 権利濫用の主張について

 原告は、昭和43年頃に結婚することを決め、結婚後も共稼ぎする予定であった。扶養家族のある労働者の場合、その家庭事情すなわち家族の構成・年齢、健康状態、子供の教育、住宅事情等の如何によっては、転勤により夫婦、親子が一時別居生活を余儀なくされたり、共稼ぎ夫婦の場合であれば、夫婦のどちらか一方が従来の職場を変えたりする必要が生じ、そのため精神的、経済的あるいは生活上何らかの不利益を受けることは絶無ではないであろう。しかし、だからといってこのような事態を余儀なくさせる転勤命令がすべて権利の濫用として否定されるものではない。一般的にいうならば、使用者の労務指揮権の行使としての転勤命令の必要性と労働者の家庭生活保持の必要性との調和にその基準を求めるより外はない。すなわち、転勤命令の必要性とそれによって労働者が受ける不利益との比較衡量により、前者の必要性がそれ程大でないのに、後者の不利益が通常予想されないような著しい不利益であると認められるような特別の事情がある場合には、その転勤命令は権利の濫用として効力が否定されることがあるかも知れない。しかし、労働者の家庭生活の保持だけを過度に重視すると、全国的規模において支店、営業所などを有して営業活動を行う企業の人事交流は停滞を免れないし、扶養家族を有する者とそうでない者、共稼ぎ夫婦とそうでない者との間に不当な差別をもたらす結果をも生じて妥当ではない。したがって、特別の事情とは、労働者の主観的事情や社会生活上通常生ずる事情であってはならないのである。原告が本件配転命令に従い大阪に赴任し、しかもその後予定通り結婚するならば、夫婦別居か、妻の病院勤務辞職という事態を招来することは必至である。しかし本件配転命令は、まだ結婚前の原告に対し、業務上の必要に基づいてなされたものであり、しかも原告が大阪配転の適任者であると決められたことについても納得できる理由があるのである。

 これに対し、大阪転勤になれば、結婚の暁には夫婦別居するか、妻が職場を止めなくてはならないという事情は、共稼ぎ夫婦の一方の転勤に伴って通常生ずる事態であって、事前に予測されないような異常なものではない。特に原告は大学卒業者であって、将来被告の幹部となり得ることが見越される者であるから、配転命令における業務上の必要性が幹部要員でない者よりも重視されてもやむを得ない立場にあったし、原告の婚約者の職業、経歴及び転勤先が大阪であること等を考えれば、婚約者が大阪で従前通り看護婦として再就職することも必ずしも困難ではなかったと思われるのである。大阪営業所における在勤期間は大体6ヶ月ないし2年程度であることが認められるので、その期間もさして長いものとはいえない。そうすると、原告が本件配転命令によって受けると主張する不利益は、労働契約上受忍しなければならない範囲内のものである。以上の通り、本件配転命令が権利の濫用で無効であるということはできない。

 以上によれば、本件配転命令は有効であるから、原告はこれに従う義務があったのである。本件配転命令は、就業規則の規定に基づく勤務命令であるから、その違反は同規則「業務上の指定又は命令に従わず又は会社規則に違反し、職場秩序を乱したとき」に該当することが明らかである。そして、業務上の必要に基づいてなした配転命令に対し、長期にわたり従わないことは、労働契約上の重大な義務違反であり、このような従業員をそのまま企業内に残置させる場合には、職場秩序を維持することが困難であるから、原告の行為は、就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する。そうすると、本件解雇は有効であるから、原告と被告との間の労働契約は、本件解雇の意思表示がなされた昭和44年10月13日に消滅したものといわなければならない。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例177号28頁
その他特記事項