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M社配転拒否仮処分命令申立事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- M社配転拒否仮処分命令申立事件
- 事件番号
- 平成14年(ヨ)第21112号
- 当事者
- その他債権者 個人1名
その他債務者 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 2002年12月27日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- 債務者は、教育書の出版等を主たる目的とする株式会社であり、債権者は平成2年3月に債務者に総合職として採用された男性である。
債務者の就業規則では、「会社は業務上必要があるときは、従業員に異動を命ずることがある」「従業員は正当な理由なくして異動を拒んではならない」と規定されており、債務者は大阪支社の増員のため、この規定に基づき、営業の経験、入社後相当程度の年数経過、将来の適切な人員構成、将来の幹部の養成等を考慮して、平成14年5月7日、債権者に対し、大阪支社勤務を命ずる旨の転勤命令を発した。
これに対し債権者は、本件転勤は業務上の必要性に欠けていること、長期間編集業務に携わってきた債権者を未経験の土地で営業を行わせる本件転勤命令は不合理な人選であることを主張し、その上で債権者は、本件転勤により次のような重大な不利益を被るとして、その取消しを求めた。
(1)債権者の妻は他社の正社員として勤務し、生き甲斐となっており、住宅ローンの返済をしながら家族4人の生活を維持するためには妻の安定的収入が不可欠であるところ、債権者の転勤に伴って妻が退職することは考えられないこと。
(2)2人の子供、特に長女のアトピー性皮膚炎がひどく、現在通院している鍼灸治療を続ける必要があるところ、日常的に子供の世話をするには妻1人では無理であること。
(3)債権者の両親の体調が不良であるため、近い将来債権者が引き取って面倒を見なくてはならないこと。 - 主文
- 1 債権者が、債務者との間の労働契約上、債務者の大阪支社に勤務すべき義務のないことを仮に定める。
2 申立費用は債務者の負担とする。 - 判決要旨
- 本件転勤命令は、就業規則6条1項及び2項に基づくものであるところ、同条3項は「「正当な理由」なくして異動を拒んではならない」としているから、「正当な理由」がある場合には当該転勤命令は配転命令権の濫用として拒むことができ、その命令に従う義務がないことも規定していると解するのが相当である。そして、転勤命令を無効なものとして拒むことができる「正当な理由」がある場合とは、業務上の必要性(当該人員配置を行う必要性及びその変更に当該労働者をあてる必要性)が存在しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転がほかの不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは当該従業員に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等の特段の事情の存する場合をいうと解するのが相当である。
業務上の必要性があるというためには、当該配転先への異動が余人をもって容易に変え難いといった高度の必要性に限定されるものではなく、企業の合理的運営に寄与する点が認められれば足りる。債務者の大阪支社では、もともと1人の営業部員の担当範囲が広く、人員不足であったところ、平成13年6月に経験の長い営業部員2名が退社することになったという状況を背景に、入社後相当程度年数が経っていること、将来の幹部となり得る者を養成すること等の選定要素に該当する債権者を選定したことは合理的であり、その異動は債務者の合理的経営に寄与すると認められるから、本件転勤命令は業務上の必要性があると認められる。
債権者は、総合職として採用された者であり、幹部候補として処遇されるべき地位にあるから、転勤を予定された地位にあるということができる。債務者は本件転勤命令の発令に際し、組合との団体交渉等の場で、債権者に対して引越し代全額負担、支度金支給、大阪での賃料9割負担、単身赴任の場合の月1回の帰郷旅費の支給やこれとは別の月3万円の手当の支給等を申し出ているから、少なくとも金銭的な不利益については相当程度の配慮を尽くしているといえる。しかしながら、債権者に生じる不利益は金銭的なものだけではなく、妻が共働きであることを前提とした育児に関するものであると認められるところ、2人の子供がいずれも3歳以下であり、アトピー性皮膚炎であるから、その育児に関する不利益は著しく、金銭的補償では必ずしも十分な配慮とはいえない。
債務者は、子供のアトピー性皮膚炎の治療は大阪でも可能であり、それを受け入れないのは債権者の妻が仕事を持っているからに過ぎず、そうである以上本件転勤は予想された通常の不利益として甘受すべきであると主張するが、女性が仕事に就き、子供を生んでからも仕事を続けることは、今日の社会状況、男女共同参画社会の形成に寄与すべきことを国民の責務とする男女共同参画基本法の趣旨、少子社会を克服することを目指す政府の取組み等に照らすと、債権者の妻が仕事をもっていることの不利益を債権者又はその妻の一方が自らの仕事を辞めることでしか回避できない不利益を「通常の不利益」と断定することはもはやできないといわざるを得ないし、債権者に生じる不利益は、単に債権者の妻が共働きであるというだけのものではなく、その子らが3歳以下で、しかもアトピー性皮膚炎であることによるものであり、単なる共働きと異なり、育児負担が特段に重いものといえるから、その主張は採用できない。
改正育児・介護休業法26条は、労働者の子の養育や家族の介護の状況に対する配慮を事業主の義務としているが、これは配慮義務であって、配転を行ってはならない義務を定めてはいないと解するのが相当である。しかしながら、その改正の経緯に照らすと、同条の「配慮」については、「配置の変更はしないといった配置そのものについての結果や労働者の育児や介護の負担を軽減するための積極的な措置を講ずることを事業主に求めるものではない」けれども、少なくとも労働者が配転を拒む態度を示しているときは、真摯に対応することを求めているものであり、配転命令を所与のものとして労働者に押し付けようという態度を一貫してとるような場合は、同条の趣旨に反し、権利の濫用として無効になることがあると解するのが相当である。
本件についてみると、債務者は債権者の異動について、金銭的配慮の申出をしてはいるものの、本件転勤命令を再検討することは1度もなかったのであり、総務部長の債権者への打診の経緯や組合との交渉の経緯からすると、債務者は内示の段階ですでに本件転勤命令を所与のものとして、これに債権者が応じることのみを強く求めていたと認められる。したがって、債務者の債権者に対する対応は、改正育休法26条の趣旨に反しているといわざるを得ない。一方、本件転勤命令の業務上の必要性をみると、大阪支社に絶対に3名の補充が必要であったというわけではなく、債権者本人のための教育的配慮も相当にあったのであるから、業務上の必要性が高度なものであったとはいえない。
以上を総合すると、債権者に生じている共働き夫婦における重症のアトピー性皮膚炎の子らの育児の不利益は、通常甘受すべき利益を著しく超えるものであり、本件転勤命令は業務上の必要性が存するけれども、特段の事情が存するから、就業規則6条3項の「正当な理由」があるといえ、本件転勤命令は権利の濫用として無効である。 - 適用法規・条文
- 育児・介護休業法26条
- 収録文献(出典)
- 労働判例861号69頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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