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電信電話会社北海道支店配転拒否仮処分事件

事件の分類
配置転換
事件名
電信電話会社北海道支店配転拒否仮処分事件
事件番号
札幌地裁 − 平成14年(ヨ)第350号
当事者
その他債権者 個人1名
その他債務者 株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
決定
判決決定年月日
2003年02月04日
判決決定区分
却下
事件の概要
 債権者(昭和21年1月生)は、昭和39年4月電電公社に雇用され、その後同公社を引き継いで設立されたNTTの従業員になり、平成11年7月に債務者の従業員になった。

 債権者は、電電公社に採用されて以来、一貫して北海道で勤務していたが、構造改革計画に基づき、債務者は平成14年3月31日時点で50歳以上の従業員等に対し、同年5月以降の雇用形態・処遇体系につき3つの選択肢を示し、回答するように命じ、回答がない場合は、債務者及びNTTグループ会社において、勤務地の限定がなく、成果主義が徹底されるという雇用形態を選択したもとみなすこととした。債権者がこれに回答しなかったところ、債務者は債権者に対し、同年7月1日付けで、東京都所在の法人営業本部サービスマネジメント部への配置転換を命ずる業務命令を口頭で発した。これに対し債権者は、父の介護が必要であるとして、本件配転命令の無効を主張して仮処分の申請を行ったが、本件命令には異議を唱えつつ、東京の法人営業本部で勤務している。

 債権者の父Aは、その妻Bと2人で暮らしているが、緑内障により片目を失明し、身体障害者1級に認定され、介護保険法上要介護3と認定されている。Aの日常の世話をしているのは主としてBであるが、B自身も左膝間接機能の全廃により身体障害者4級に認定され、週1回のホームヘルパーのサービスを受けている。債権者は本件転勤前は、妻Cとともに、父母の家から10キロメートル離れたところに住み、主に休日に父母の元を訪れていた。債権者は、本件配転命令により単身赴任し、家には妻Cが1人で居住し、債権者の妹2人と交代でAの介護を手伝っている。
主文
1 本件申立てを却下する。

2 訴訟費用は債権者の負担とする。
判決要旨
 債権者の父Aは要介護状態にあることが認められるが、Aの介護をしているのは主として同居している妻Bであり、これに週1回のホームヘルパーの訪問、債権者の妻C、妹らによる援助も加わり、必要な介護は行われていると一応認められ、少なくとも債権者による日常的な介護がなければAの日常生活に直ちに支障が生じるという切迫した状態にあるとは認められない。

 本件配転命令によって、債権者がAの介護をいつでも行える状況でなくなったことは事実である。しかしながら、債務者には、社員の父母等の介護のため、1ヶ月を単位として原則最長1年を限度に認められる介護休職の制度、被扶養者が病気になり看護が必要なときに、年休とは別に1週間を超えない範囲で取得できる看護休暇の制度があり、また単身赴任者に対しては単身赴任手当のほか、勤務場所と帰郷地との間を往復するのに要する交通実費が6ヶ月に7回を限度に支給され、東京特別区の事業所に在勤する職員に対しては地域加算手当が支給される。そうすると、週1,2回程度の介護は、休日や年休に加え、これらの制度を利用すれば、東京に勤務しながらでも行うことが可能であると認められる。以上に鑑みれば、Aの状況からして、債権者が言うように、配転禁止という形で仮の地位を定めなければならないほど切迫した状況にあるとは認められない。

 債権者は、両親の債権者に対する期待と精神的な依存度が強く、債権者がいつでも駆けつけられる場所に居るという事実自体がAの介護にとって重要であり、他の親族や公共サービスでは代替できないことを強調する。確かにAにとって、実際に介護に従事しないとしても、最も信頼する長男である債権者が身近にいること自体が精神的安定をもたらし、良い影響を及ぼすことは十分に理解できるが、他方で、債権者が遠隔地に居ること自体でAの病状に切迫した危険があることを具体的に窺わせる事情は何ら疎明されていない。

 もとより、配転命令は、使用者側の事情だけでなく、労働者の年齢、家族、生活状況など、労働者側の事情にも配慮して行われるべきであり、そうした観点からすると、本件配転命令が債権者の置かれた状況、すなわちAの介護の必要性、債権者のこれまでの勤務地、債権者の年齢、転居による不利益なども考慮して行われたものであるか否かは十分に検討されなければならない。しかし、以上に述べたように、債権者を札幌での勤務に戻さなければ、債権者に著しい損害又は急迫の危険が生じることは疎明されていないといわざるを得ず、本件申立てについて、保全の必要性を認めることはできない。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例846号89頁
その他特記事項