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A幼稚園教諭妊娠等雇止め事件

事件の分類
雇止め
事件名
A幼稚園教諭妊娠等雇止め事件
事件番号
浦和地裁 − 昭和48年(ヨ)第62号
当事者
原告 個人4名A、B、C、D
被告 学校法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1973年03月31日
判決決定区分
一部認容・一部却下
事件の概要
 被申請人は朝霞和光幼稚園を設置する学校法人であり、申請人A、C、Dは昭和44年4月1日付けで、申請人Bは昭和45年4月1日付けで、いずれも幼稚園教諭として被申請人に雇用され、職務に従事してきた女性である。

 被申請人は、申請人らとの間の労働契約は1年間の有期契約であるとして、申請人らとの間の雇用契約を昭和48年3月31日までとし、契約の更新を行わなかった。当時申請人A及びBは妊娠していたところ、被申請人は、幼稚園教諭という肉体的に激しい労働を要求される職業にあっては、妊娠、分娩など安静を要する身体的機能と両立しないこと、法は過去の婦人労働者の劣悪な条件の反省から出産婦人を保護する立場にあるが、このことは母性の保護を小規模な一経営体の全面的負担において行われるべきでないこと、売り手市場にある幼稚園教諭にあっては再就職も容易であることとして、同人らの妊娠、出産を契約不更新の理由とした。また申請人Cについては、遅刻が多いこと、申請人Dについては、契約期間を1年に変更するのを拒否したことを契約不更新の理由として挙げた。

 これに対し原告らは、被申請人との間の雇用契約は、客観的には期間の定めなき雇用契約であり、本件契約不更新は解雇に当たること、申請人A、Bの解雇理由となっている妊娠、出産は、女性が人生において通常経験する事実であり、労働基準法による保護の対象になっている事実を捉えてその理由としているものであって、本件解雇は公序良俗に反し無効であること、申請人Cは1回病気欠勤をしたが、その届けをしていたこと、遅刻の事実はあったが、それにより被申請人の業務に支障を来していないこと、申請人Dが雇用契約を1年間の有期契約に変更することを拒否したことを理由として解雇することは、労働条件の労使対等の原則に反し無効であること等を主張し、幼稚園教諭としての地位の確認と賃金の支払いを請求した。
主文
1 申請人らが昭和48年4月1日以降引続き被申請人の設置する朝霞和光幼稚園の教諭としての地位を有することを仮に定める。

2 被申請人は、申請人らに対し、それぞれ別表2第(2)欄記載の金員を昭和48年4月1日から本案判決確定に至るまで(但し申請人A、Bについては、同申請人らが出産休暇をとった場合はその休暇中を除く)毎月25日限り仮に支払え。

3 申請人A。Bのその余の申請を却下する。
4 申請費用は被申請人の負担とする。
判決要旨
1 雇用契約の性格について

 被申請人は、幼稚園教育は1年を独立した教育期間としており、教諭の職務は特に健康で強健な体力、能力を要求されるから若い教諭による教育体制をとる必要があり、我が国の幼稚園教諭の雇用は1年の有期雇用とするのが古くからの慣行であった旨主張するが、幼稚園教育が1年を独立の単位としていることが必然的に1年の有期雇用と結びつくものとはいえず、幼稚園教諭の職務にある程度の体力を要求することは否定できないとしても、豊富な経験も要求されるものというべきであるから、幼稚園が大学等新卒者を中心にした若い教諭による教育体制をとる必然性もないものといわざるを得ない。かえって、申請人らが雇用契約を締結した際、雇用期間については何らの取決めもなされなかったこと、被申請人と申請人らとの間において1年間で契約が終了することを前提とした上での契約の更新の合意がなされたことはなかったことが認められる。してみれば、本件雇用契約は期間の定めのない契約として存続しているものというべきであり、被申請人が行った、本件雇用契約を終了させる趣旨の下に再雇用しない等の意思の表明は、客観的・実質的には解雇の意思表示にあたるといわざるを得ない。

2 申請人A及びB関係 

 女性である限り、妊娠・出産は通常誰でも経験する事柄であり、しかもそれなくしては社会も国家も成り立ち得ない事実である。それ故、女性が労働者として受け入れられる場合には、女性が女性であるが故に有する母性としての機能が十分に保護されなければならず、したがってその反面、使用者はそれにより蒙る不利益を受忍しなければならない。労基法66条が妊娠した女性に軽易な作業への転換請求や産前産後休業の権利を与え、これに対応して使用者に女子労働者が右請求権を行使した場合に蒙る不利益を受忍する義務を刑罰の担保の下に課しているのもこのためであり、したがって、予め女子労働者を解雇することにより右受忍義務を回避することは、同法65条をかいくぐるものとして許されないことに鑑みるときは、女子労働者の妊娠・出産の事実を解雇の事由とすることは、それ相当の合理的理由なしにはなし得ないものといわざるを得ない。幼稚園教育においては園児と教諭との人間的な結びつきが重視されることから、教諭が休暇をとることにより園児に与える影響には少なからざるものがあるとしても、教諭の出産休暇は予め予測し得ることであるので、代替者を出産休暇前につける等の方法を取ることによって右弊害を十分防止し得ることなどに鑑みれば、幼稚園における教諭としての職務の特質も又、妊娠、出産を解雇の事由とすることの合理的理由とはしがたいものといわなければならない。被申請人は、代表者の娘については妊娠、出産の事実が存したのに解雇していないことが認められることに照らせば、申請人A、Bに対する解雇の意思表示は恣意的になされたものと評価されてもやむを得ないといわねばならない。してみれば、申請人A及びBに対する本件解雇の意思表示は、何ら合理的な理由なく、あるいは恣意的になされたものというべきであり、解雇権を濫用したものとして無効であるといわざるを得ない。

3 申請人C及びD関係

 申請人Cは、昭和47年5月及び9月に各1回病気欠勤をし、欠勤の連絡が代表者に伝達されなかったため無断欠勤として取り扱われたことが認められるが、これが仮に無断欠勤に当たるとしても、その回数、態様に照らし、同申請人を解雇しなければならないほどの事由に当たるものとは到底いい難い。また、申請人Cの出勤は昭和47年9月以降著しく改善され、保育開始時間に遅れたことはなく、遅刻により職務上支障を来している事情も見受けられないこと等が認められる所であり、同申請人の多数回にわたる遅刻は職務違反であることは否定し得ないにしても、解雇しなければならないほどの重大な職務違反ないし懈怠であるとはいい難いものというべきである。また、申請人Cは遅刻により研修に参加できなかったことが認められるが、そのことが研修に特段の支障を来したとの事情も窺われないこと、申請人Cは研修に参加すべく努力したこと、代表者に陳謝したところ口頭の注意を受けただけで本件解雇に至るまで特に問題とされることもなかったことが認められ、申請人Cの遅刻が解雇事由に当たるとは到底いい得ない。したがって、被申請人の申請人Cに対する解雇の意思表示は、その行為の態様に照らし、行為と処分の権衡を著しく失したものとして、権利の濫用であって、無効であるといわなければならない。

 被申請人Dは、昭和48年4月1日から期間を1年とする再雇用契約を締結しなかったが、同契約を締結するかしないかは申請人Dの自由な意思によって決する事柄であって、同契約を締結しなかったことをもって、同申請人を不利益に扱うことはできないというべきである。してみれば、被申請人の申請人Dに対する解雇の意思表示もまた何ら合理的な理由なくしてなされたものとして解雇権を濫用したものであって、無効であるといわなければならない。

 以上によれば、申請人らは、被申請人の解雇の意思表示にも拘らず、昭和48年4月1日以降も引き続き被申請人の設置する朝霞和光幼稚園の教諭としての地位を有するものというべきである。
適用法規・条文
労働基準法65条、66条
収録文献(出典)
労働判例177号45頁
その他特記事項