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T社配転拒否事件

事件の分類
配置転換
事件名
T社配転拒否事件
事件番号
東京地裁 - 昭和49年(ヨ)第2344号
当事者
その他申請人 個人1名
その他被申請人 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1975年10月29日
判決決定区分
却下
事件の概要
 被申請人は、言語教育に関する各種事業を行うことを目的とし、本部及び東京、中部、関西の各総局のほか、全国に支局を置く株式会社であり、申請人は昭和45年12月に被申請人に雇用された男性従業員である。
 被申請人は、昭和49年9月1日付けで、申請人に対しラボ教育センター九州支局に転勤を命じたところ、申請人は(1)申請人は東京総局管内として雇用されたものであるから、申請人の同意を得ない本件転勤命令は雇用契約に違反し無効であること、(2)本件転勤命令は、申請人の組合活動を嫌悪し、組合の弱体化を図るもので、不当労働行為であること、(3)申請人は妻の母及び妹(精神障害者)の世話をするため昭和49年5月、妻の実家近くに転居し、かつ同年7月に第一子が誕生したものであり、転居となれば生活上甚大な打撃を受けることから、本件転勤命令は人事権の濫用として無効であることを主張し、地位保全と、昭和49年9月以降の賃金の支払いを求めた。
主文
1 申請人の申請を却下する。
2 訴訟費用は、申請人の負担とする。
判決要旨
 労働者は、通常雇用契約において、使用者に対し労務の提供を包括的に約定するものであるから、使用者は労働者に対し勤務場所を限定する特別の合意をしない限り、雇用契約の趣旨の範囲内において、労働者に対し、勤務場所を具体的・個別的に決定して労務の提供を命ずることができ、労働者はこれに従って労務を提供すべき雇用契約上の義務がある。ところで、申請人は入社以来引き続き東京支局に勤務してきたものであるが、これによって申請人の勤務場所が東京総局管内に限定されたものと認めるに足りる疎明はないから、被申請人が申請人の同意を得ないで本件転勤命令を発したことをもって、雇用契約に違反し、許されないものということはできない。

 申請人は、被申請人が組合の弱体化を意図して組合幹部に対し懲戒処分や刑事弾圧をしたほか、昭和49年に入ると組合の活動家等に対し、転勤、出向、配転の攻撃を加えてきたと主張するが、被申請人の組合幹部に対する懲戒処分、告訴は、必ずしも不当なものということはできないのみならず、本件転勤命令の発令よりも約5年前の出来事であって、既に解決済みであり、また被申請人の昭和49年度における一連の人事異動には、それぞれ一応首肯できる理由があり、これらをもって、直ちに被申請人が組合の弱体化を意図したものと即断することはできない。

 被申請人は、昭和49年9月の定期異動に当たり、九州支局の1名を関西総局に異動させることとし、後任の人選を行うこととなったところ、転勤・配転の経験のない者、同一場所の勤務が長期にわたる者、業務上特定の者でなければならない者、転勤・配転によって一層の能力向上が期待される者との選考基準を設定した。申請人は3年8ヶ月東京支局に勤務し、後任として相当であり、昭和49年7月に第一子が出生したという家庭の事情はあったが、他の候補者に比較すると、転勤の支障は最も少ないものである。以上の事実によれば、被申請人は、その人材育成の人事方針の一環として、申請人を転勤させ、また九州支局における人事異動の後任者の補充として、申請人を配置しようとしたものであって、業務上の必要に基づくものであり、その人選基準の内容にも不合理なところはないから、本件転勤命令には相当の理由があると認めるのが相当である。

 被申請人は、昭和49年8月2日、申請人に対して本件転勤を内示し、転勤に際しては家庭の事情などを十分配慮したい旨述べたが、申請人は、同年7月に第一子の出生をみたこと、妻の母親が一人暮らしでその近くに居住する必要があること、申請人の両親(奈良市在住)が一人っ子の申請人の九州転勤に強い不安を抱いていることなどを挙げて転勤を拒否した。しかし被申請人はかかる事情は転勤撤回の理由にはならないとして同年9月1日に転勤命令を発したところ、組合及び申請人は、その後本件転勤命令が組合の破壊を意図したものであると主張するに至ったことが認められ、真実右転勤命令が組合の弱体化を目的とする重大な攻撃と受け取っていたかどうかは疑わしいものというべきである。申請人は昭和46年以来、組合の役員を歴任し、相当重要な役割を果たしてきたが、他面、本件転勤命令当時執行委員などの地位にはなく、特に顕著な組合活動をしていたわけでもなく、また右転勤命令には業務上の合理的必要性があったことが一応首肯できるものである。右事実とその他各事実を総合して考慮すれば、被申請人が本件転勤命令を発令したことは、申請人が組合活動をしたことを嫌悪したためであったとか、組合を弱体化しようとしたためであったとか推断することは困難というべきであり、申請人の不当労働行為に関する主張は採用できない。

 申請人は、当時54歳で学校教師である妻の母及び28歳で精神障害がある妻の妹の世話をするため、昭和49年5月、妻の実家に近い横浜市に転居したこと、同年7月に第一子が出生したことは一応認められるけれども、申請人が本件転勤により、右のような家庭生活から切り離されることによる生活上の不安定というものは、転勤に通常伴う不便、不利益の域を出るものではない。加えて、九州への転勤が申請人の子の健康に影響を及ぼすことを認めるに足りる疎明はない。

以上の事実を総合考慮すれば、被申請人の本件配転命令は恣意的になされたものではなく、被申請人において業務上の合理的必要性に基づく措置としてなしたものであるから、右転勤命令をもって、人事権の濫用と認めることはできず、無効とはいえない。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例238号30頁
その他特記事項