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K社配転拒否解雇仮処分申請事件

事件の分類
配置転換
事件名
K社配転拒否解雇仮処分申請事件
事件番号
神戸地裁 − 昭和58年(ヨ)第683号
当事者
その他債権者 個人1名
その他債務者 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1980年06月27日
判決決定区分
認容
事件の概要
 債務者は、主として船舶、航空機等の製造、販売を目的とする株式会社であり、債権者は工業高校卒業後昭和49年4月債務者に技術職として雇用され、神戸工場電算企画課において電算機端末機のオペレーター職務を中心に行っていた。
 債務者は造船不況に対処するため、造船部門から航空機部門等へ大量の配転を行うこととし、神戸市、坂出市の造船事業部から技術者を岐阜工場の航空機事業部へ配転することになった。電算企画課でも2名を配転させることになっていたところ、候補のうち1名が退職したため、その代替として債権者が配転の対象とされ、昭和53年5月18日債権者に対して本件配転の内示がなされた。これに対し債権者は、所属する電算企画課から2名が抜けた上、自分が抜ければ人手不足になること、既に婚約して同年11月の挙式が決まっていること、婚約者は神戸市内で勤務し結婚後も引き続き勤務する希望を持っているから、本件配転となれば結婚当初から別居せざるを得なくなることを主張し、本件配転命について再考を要請した。債務者は配転先の岐阜の関連会社で婚約者を雇用する旨債権者に伝えたが、債権者はあくまでも本件配転命令を拒否したため、就業規則の「職務上の指示・命令に従わ」なかったとして、同年8月17日、債権者を普通解雇とした。そこで債権者は、本件解雇は解雇権の濫用で無効であるとして、債務者の従業員としての地位の保全と賃金の支払いを求めて仮処分の申請をした。
主文
 債務者は債権者を債務者の従業員として仮に取扱え。

 債務者は債権者に対し、昭和53年8月18日から本案判決確定に至るまで、毎月25日限り、1ヶ月当たり金10万7520円の割合による金員を支払え。
 申請費用は債務者の負担とする。
判決要旨
 一般に労働の場所は、労働者にとってその生活上重要な意義を有するものであって、重要な労働条件の1つとして労働契約の要素をなすものと解すべきであるから、使用者が労働者に対し指揮命令権を行使して配置転換をし、従前と異なる場所で労務を提供することを命じ得るのは、当該労働者との間で合意された労務提供場所の範囲に限定されるというべきである。そして、使用者が右範囲を超えた配転命令を仮になしたとしても、それは当該労働契約の内容の変更申入れの意義を有するに過ぎず、労働者の同意がない以上同人に対する拘束力を生じないものと解すべきである。

 債務者の就業規則には、業務上の都合により従業員に転勤を命ずることがある旨の記載があり、労働協約にも同旨の記載があるが、これらは本件労働契約における勤務場所についての合意内容を解釈するに際しての一資料として考慮すべきである。債務者は全国に多数の事業場を有しており、従業員も多数であって入社時までの経歴、入社後の担当職務、その生活環境も多様なことが推察されるから、「従業員」あるいは「組合員」につき右のような個人的事情を考慮せず一律に配転権限を承認する趣旨とも解し得る前記規定を、当該労働契約の内容を解釈するに当たっての決定的要素と速断し、これにより使用者の包括的な配転権限を合意したとみるのは相当ではない。むしろ、前記のような個別的事情を検討して当事者間の契約内容を合理的に解釈すべきである。

 債権者の当初の勤務地となった神戸市については、その勤務を必要とすべき個人的事情があったとは解し難いし、債権者の担当希望の職務自体も神戸市ないしその周辺地域での勤務を特に必要とする事情と解するのは困難である。また債権者は技術職で、職務内容も電子計算職として養成しており、債務者は債権者を将来プログラマー、システムエンジニアへと育成していく方針をとっていたもので、債権者は一般的には幹部候補社員として全国的規模で勤務地を移動することが当然に予定されている従業員とはいえず、その配転に当たってその必要性をより厳格に判断されるべき立場にあったものと解すべきであるとしても、現業職ではなく技術職として採用され、本件労働契約締結当時債権者が特に神戸市近辺の事業場において勤務する特段の個人的生活事情が見当たらないこと等からみて、就業規則ないし労働協約上の配転に関する定めの適用を排除して、勤務地を神戸市周辺地域など特定地に限定する旨の合意が本件につき黙示的になされているものと推認するのは相当でなく、本件労働契約において、勤務場所につき債務者に対し合理的な範囲内の包括的指定権限を与える旨の合意がなされているものといわなければならない。

 一般に勤務場所の変更は、労働者の生活関係に深刻な影響を与える場合があるから、使用者が勤務場所の一般的指定権限を有する場合においても、それが絶対的なものと解し得ないのは当然であって、その行使についての業務上の必要性の程度、対象労働者選定の合理性、これにより対象労働者の受ける不利益の程度、その他の事情を考慮して、その行使が客観的にみて相当性を欠く場合には、配転命令は権利の濫用としてその効力を有しないものと解すべきである。本件配転当時、我が国造船業の不況は深刻な事態に至っており、政府の方針に従って従業員の失業を防止するため、船舶部門から他部門へ配転等をしてきたことからすると、本件配転命令当時、債権者の所属していた船舶事業本部の所属人員を更に削減すべき必要性があったことは一応推認できる。一方債権者の配転先とされた航空機事業部は人員を増強する必要に迫られていたことが一応認められ、本件配転は合理的な人員配置を図る一環であることは一応うかがえる。一方本件配転の対象として債権者を選定したことについてみると、債権者はNCプログラミングの経験はないから、その担当者という航空機事業部の要請には合致しないし、航空機事業部がある程度時間をかけて教育するというのであれば、その増員の緊急性に疑問が残り、その人選に合理性があったか疑問といわざるを得ない。

 更に、債権者が若く、当時独身であって、一般的にいって住居移転が容易といえる立場にあったことが本件配転を決定する重要な要素になっていたことが窺われる。しかし債権者は婚約しており、本件内示より少し前に結納を済ませた上、結婚式の決定もしていたもので、婚約者は神戸市内で結婚後も勤務を継続することを決め、両親も住居を移転することに強く反対していることから、本件配転がなされた場合、債権者は結婚後の同居が困難であったことが疎明される。債務者は、債権者の配転先である岐阜地区で婚約者が勤務を希望するなら関連会社で受け入れると債権者に伝えたが、婚約者は新たな職場に勤務する意思は全くないことが疎明されるから、債権者が結婚当初から別居という事態が生ずるおそれが消滅したものとはいえない。
 以上からみると、従業員の配置換えが業務上の必要措置といえる場合においても、不振部門における各従業員の仕事相当量、その技能、配転先の希望及び各個人的事情を考慮した合理的な人選がなされるべきであることは当然であるところ、本件においては2名の退職によって削減予定人員は充足されているともいえるから、更に債権者を本件配転の対象とすることは、不況部門の発生による人員配置における合理性を有するといえるか疑問が残るものといわなければならない。したがって、人手不足になる虞のあった電算企画課に所属する債権者を、本件配転の対象としなければならない業務上の必要性は疑問があり、仮にこれがあるとみるべきであるとしても、その程度は小さいといわざるを得ない。また債権者は、本件配転により結婚当初から単身赴任せざるを得ない事態になることが予想され、その期間の定めもないため、これに伴い多大の精神的経済的不利益を受けるおそれがあるものというべきである上、債権者については幹部職員候補者に比して配転の必要性や合理性の存在の判断はより厳格になされるべきであり、またそれらの者に比して個人的利益もより重視されて然るべき立場にあったことも考慮すると、債権者の同意のないままなされた本件配転は客観的にみて相当性を欠くものというべきであり、債務者の労務指揮権の濫用としてその法的効果を生じないものといわなければならない。したがって債権者が本件転勤命令を拒否したことは、就業規則に定める職務上の指示・命令に従わなかったものとはいえず、本件解雇の意思表示は,解雇の理由がないのに解雇したものであって、処分の根拠を欠きその効力を生じないものというべきである。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例346号24頁
その他特記事項
本件は本訴に移行した。