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電信電話会社配転請求等事件

事件の分類
配置転換
事件名
電信電話会社配転請求等事件
事件番号
福島地裁郡山支部 − 平成12年(ワ)第64号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年11月07日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、旧電電公社が民営化されてNTTになった後、更に再編成されて設立された会社であり、原告は、昭和41年に旧電電公社東北通信局に採用され、会津若松中継所配属となり、民営化後も自宅から通勤可能な会津若松ネットワークセンターに勤務していた。旧NTT東北支社は、ネットワーク事業部制の見直しを図り、管内一元体制を確立するため、原告が勤務していた会津ネットワークセンターを廃止し、福島センターに統合することになった。被告は廃止予定のセンターに勤務する者の転勤が必要になることから、従業員への説明会等を開き、転勤先の希望調書を提出させたが、原告はいずれの転勤先も単身赴任が必要となることから、希望先を空欄にして提出した。

 原告は、平成2年11月13日、平成3年3月1日付けで仙台市内に所在する東北ネットワーク技術センターに配転させる旨通知された。原告は同通知を不服として苦情処理委員会に申告書を提出したが棄却され、その後申告書は受理されなかった。原告は平成3年3月1日付けで配転を命じられ、自宅に妻と中学と高校に通学する2人の子供を残して仙台に単身赴任した。被告は、ネットワークセンターで育成された人材を各支店等へ還流する人事を行うこととし、対象者に対し営業研修の説明を行ったが、原告は研修に参加しなかった。原告は平成10年4月に、郡山支店勤務となり、自宅から通勤するようになった。
 原告は、被告との間に、3年間の研修期間を過ぎれば会津若松支店に配転させるとの合意があったこと、単身赴任はできないとの意向を表明し、ルールに従って苦情処理請求書を提出したのに、被告は原告を還流人事の対象から一方的に外して合意事項を履行しなかったこと、7年1ヶ月もの単身赴任を強要した後、見せしめのような研修を受けさせ、長距離通勤を強いられる郡山支店に配転するという懲罰的な人事を行ったことなどを挙げ、旧NTTの人事権濫用により、単身赴任を強いられ、多大な経済的損失を被るとともに、精神的にも苦痛を強いられたとして、単身赴任期間の生活費相当額850万円及び慰謝料700万円の支払いを請求した。
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 配置転換請求について

 旧NTTの就業規則に、「社員は業務上必要があるときは勤務事業所又は担当する職務を変更されることがある」と規定がある上、労働協約にも、配置転換の対象者は、本人の適性、業務上の必要度、家庭の事情、経験、本人の希望、健康、通勤時間、住宅を総合的に勘案して選定するとされていることからすれば、被告等は業務上の必要性があれば、個々の社員の同意なしに、社員に対し、勤務地の変更を伴う配置転換を命じて、労務の提供を求める権限を有するものというべきである。

 配転に関する会社と組合との確認事項には、「本人の技術修得状況、出身地域等の希望・適性等を見つつ、受入れ先の要員状況等を総合勘案し、積極的人事交流を図っていく」などと記載されているのみであり、上記文書は、会社側において本人の希望に配慮しながらも本人の技術修得情況や適性、受入れ先の要員等も総合勘案して人事を行うという、人事に関する会社の裁量権を前提としていることは明らかである。したがって被告等は、社員の希望を充足するよう努めつつも、就業規則や労働協約に従い、人員の配置を決定していくことができるものというべきである。また、そもそも従業員には就労義務はあっても、雇用主に対し就労させるよう請求する権利はないから、会社に対し、特定の事業所へ配置転換せよとの人事発令をするよう要求する権利がないことは明らかである。よって、被告に対し、原告を会津若松支店へ配置転換せよとの人事発令するよう求める原告の請求は、いずれにしても前提を欠くことが明らかであって、採用の限りではない。

2 人事権の濫用について

 被告等は、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるというべきであるが、被告等の配転命令権は無制約に行使できるものではなく、これを濫用することが許されないことはいうまでもない。人事権の不行使の場合にも、不当な動機・目的をもって、あえて人事権を行使しなかったというような場合や当該人事権の不行使により労働者に対し、通常甘受すべき程度を超える特別の不利益を負わせる時など、特段の事情が認められるときは、当該人事権の不行使が権利の濫用となる場合があるというべきである。ただ、ここにいう業務上の必要性については、余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性のある場合に限定すべきではなく、労働力の適性配置、業務の能率の増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の効率化など企業の合理的運営に寄与する点があると認められる限りは業務上の必要性が認められると解されていることに照らせば(最高裁昭和61年7月14日判決)、当該人事権の不行使が権利の濫用となるのは、使用者が上記のような人事に関する裁量権を逸脱したと認められる場合に限られるというべきである。

 会社としては、還流人事により、これまで営業に従事したことのない社員を営業職として配置しようとしたものであるから、実践の前に相応の技能を身につけて即戦力として稼働してもらいたいと考えるのは当然であって、原告が会社側の度重なる説得にもかかわらず、かような趣旨で設定された本件営業研修に参加しなかったのであるから、会社が本件営業研修を受けた者との処遇の均衡等の配慮に照らして、営業職に配転する前の原告に対し、営業関係の研修への参加を求めたのは合理的な裁量権の範囲内のことであって、何ら相当性を欠くとは認められない。また、原告を郡山支店勤務としたのは、会社側において、単身赴任が7年1ヶ月続いている原告の家庭の事情等も配慮してのことと推察され、原告はこれにより単身赴任を解消するに至っているのであるから、会社の合理的な人事権の範囲内で行ったものであることは明らかであって、懲罰的な意図の下で行ったと認める余地はない。
 原告は、単身赴任に伴って、家族が別々に暮らすことを余儀なくされたものであるが、家事や育児の分担上、毎週末には会津若松の自宅に帰っていたもので、二重生活に伴う生活費の負担増もさることながら、交通費の負担にも少なからぬものがあったこと、家族が別々に暮らすことに伴う精神的負担も少なくなかったことが認められる。しかし、他方、被告等においては、単身赴任者に対する福利厚生の施策を実施していたことが認められ、これまでみてきた原告に対する人事の経過などに照らせば、被告等が人事権の不行使により、社会通念上甘受できないような著しい不利益を与えたとまで認めることはできない。したがって、原告の損害賠償請求は、いずれの構成を取るとしても理由がないことは明らかである。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例844号45頁
その他特記事項
本件は控訴された。