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M鉄工所慰謝料請求事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
M鉄工所慰謝料請求事件
事件番号
津地裁 − 平成9年(ワ)第233号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2000年09月28日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告は、昭和35年3月に被告に雇用され、工員として業務に従事していた女性である。原告は職能資格等級制度が実施された昭和37年度に1等級、50年3月に2等級、61年3月に3等級、平成8年3月に下位等級滞留者救済措置により4等級に昇格したが、同期入社者はすべて6等級になっており、賃金は年額で96万円、賞与では17万円の開きがあった。原告は、会社入社と同時に労働組合に加入し、昭和40年に日本共産党に入党したが、勤務態度を含め、懲戒処分を受けたことや仕事上の注意を受けたことはなく、休暇が特に多いこともなかったが、被告の方針に反し、養成訓練受講や資格試験を受験したことがなかった。
 原告は、4等級に据え置かれているのは、思想信条、労働組合活動を理由とする差別であり、公序良俗に反し無効であること、原告が女性であることを理由とする差別であることを主張して、差別賃金相当額及び精神的損害に対する慰謝料の支払いを請求した。
主文
判決要旨
 人事考課は、諸般の事情を総合的に評価して行われ、かつ、その性質上使用者の裁量を伴うもので、他の従業員との比較という相対評価的な側面を否定しきれないことからすれば、一従業員に過ぎない原告が、人事考課の全貌を把握し、それによって自らが他の従業員と比較して「不当な差別的扱い」を受けていることを立証することはおよそ不可能というべきである。そこで、差別的扱いの有無の判断に当たっては、原告の賃金査定が同期従業員に比して著しく低いこと及び原告の言動等を使用者側が嫌忌している事実が認められれば、原告に対する差別の事実が事実上推定され、原告に対する低い人事考課をしたことについて使用者の裁量を逸脱していないとする合理的理由が認められない場合には、原告の勤務成績が平均的従業員と同様であったにもかかわらず、不当な差別的扱いを受けたと認めるのが相当である。

 認定事実によれば、原告が職能資格等級4等級であるのに対し、他の同期入社の職員はいずれも6等級以上であって、その賃金等においても相当な格差があること、原告が日本共産党の党員であって労働組合の定期大会や職場集会で労働者の立場から積極的に発言するのに対し、被告が原告の右言動を嫌忌していたことが認められる。被告内においては、職能資格等級制度を前提としつつも、年功序列的な側面が全く否定されているわけではないものと認められ、職能資格等級基準における評価は、評価担当者の主観的要素ないし裁量が入る余地が避けられない性質のものであるから、それは実力主義を前提としつつも、ある程度年功序列的な配慮をする余地のあるものと推察されるところである。そして原告の勤務状況には特段に不良な点も認められなかったのであるから、同じ等級に長期間滞留しているのであれば、昇格させようと上司が指導・助言をするのが通常であると思われるのに、原告の上司がそのような指導等をした形跡は認められない。原告は技能検定を受検していないが、何らかの資格が昇格の条件とされているわけでもないから、この点が昇格を妨げる主な理由となったものとは認め難い。

 人事査定に関し使用者側に広い裁量が存することを前提としても、入社して約40年が経過した現在においても原告が4等級に滞留していることについて合理的な理由は認められないものというべきであるから、その扱いは、原告が日本共産党員であって労働組合の定期大会などで積極的に意見を述べるなど、被告にとって嫌忌すべき存在であったことを理由とした差別的扱いを含んでいたと推認するのが相当である。

原告は、被告が原告を昇格させないのは、原告が女性であることを理由とした差別であるとも主張するが、被告において、一般的に、男性の賃金と比較して女性の賃金が低額であるという事実を認めることはできないし、他の女性従業員で5等級や6等級の者が存在することが認められるから、原告に対し女性であることを理由とした差別が行われているとは断定し難い。

 

 差額賃金等の請求が認められるためには、その差額分についても、原告と被告との間における意思の合致があり、それに基づいて被告が支払い義務を負うという関係が必要であると解されるが、被告の賃金体系の下にあっては、労働契約によって抽象的な賃金請求権は発生するものの、その具体的な額は被告による人事考課を待って初めて決定される関係にあるというべきであるから、原告に対する査定が存在しない本件においては、労働契約に基づく差額賃金請求権は認められない。

 一般に会社が従業員に対してどのような人事考課・賃金査定を行うかについては当該会社の業務運営上の必要性から決せられるべき問題であり、基本的には当該会社の裁量に基づくものであるということができる。しかしながら、憲法14条は信条による差別を禁じ、同法19条は思想・良心の自由を侵すことを禁止しており、使用者と労働者という私人間の関係においても、右憲法の趣旨を受けて労働基準法3条が労働者に対して信条等を理由とした差別的扱いを禁じているところである。このように、労働者に対して思想信条を理由として差別的扱いをしてはならないということは、労働基準法により公序を形成しているというべきであるから、被告が、原告に対し差別意思の下に不当に低い賃金査定を行ったことは民法90条に違反するものとして違法性を帯び、不法行為を形成するというべきである。したがって、原告は被告に対し、右不法行為によって生じた損害について損害賠償請求権を有する。

 被告の原告に対する不当な差別的扱いが認められるが、他面において原告にも協調的でない面も認められ、昇格の時期が遅れてもやむを得ない事情もあったわけであり、6等級に昇格した同期の者との比重を金額的な割合をもって示すのは困難である。また、実際に同期の者が昇格昇給を受けた時期や、原告がその能力に鑑みてどの時点で昇格した蓋然性があったかということは明らかではない。したがって、本件全証拠によっても原告が受けた処遇の中で不当な差別的扱いによって生じた賃金等の減少額を算定することはできないといわざるを得ないから、原告の財産的損害を認めることはできない。
 被告が、原告に対し、思想信条を理由に違法な賃金査定を行っていたこと及びそれにより原告らがいずれも本来受けるべき賃金額よりも低額な賃金しか受給していなかったこと自体については、少なくともこれを認めることができ、原告は右違法な査定に基づき重大な精神的苦痛を被ったことが明らかである。そして査定差別の態様、右差別が長期間にわたって継続されてきたこと、本件証拠上金額は確定できないものの賃金等における格差があったことなど諸般の事情に鑑みれば、原告の請求権の一部が時効により消滅している点を考慮しても、原告の右精神的損害に対する慰謝料としては、200万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
憲法14条・19条民法90条・709条労働基準法3条
収録文献(出典)
平成13年度版労働関係判例命令要旨集89頁
その他特記事項