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I社女性社員降格・賃金減額事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- I社女性社員降格・賃金減額事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成12年(ワ)第12998号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- 農業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年12月12日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 原告は被告の女性従業員であり、平成2年6月に主事に昇格し、平成11年10月時点で、基準給10万3000円、資格給24万6300円、その他を含めて合計35万7300円の支給を受けていた。被告においては、毎年4月に上司による能力考果が行われ、原告の評価は毎年総合Bであり、参事昇格条件であるAに達しなかった。
平成11年11月の就業規則改定に当たり、被告は従業員に事前に改正内容を通達で周知し、新給与制度の実施について同意を求めたところ、原告も同意書に署名押印をして提出した。同月10日、被告は原告に新給与について通知したが、その内容は、資格2級、基本給額24万5000円であって、降格かつ大幅減給であった。
これに対し原告は、長期にわたって主事に滞留させられたこと、本件新給与において降格かつ大幅減給とされたことは、女性であるが故の差別であるとして、参事としての地位の確認と、差別がなかったとした場合との差額賃金の支払いを求めるとともに、本件の処遇によって精神的苦痛を受けたとして、慰謝料を請求した。 - 主文
- 判決要旨
- 1 資格等級格付け(主事)は女性であるが故の差別か
男女間に昇格格差があったとしても、それが個々人の能力、成果、責任、職務内容等の違いによるときは、女性であるが故の不利益取扱いとはいえないから、違法とはいえない。被告は旧規則において、一定の資格要件を満たすことにより昇格させる能力資格制度を採用していたものであるから、参事に昇格させないことが女性であるが故の不利益取扱いであるというためには、原告が参事としての資格要件を満たし、被告が実施していた資格制度において参事資格者と能力において均質であると認められることが最低限必要であるというべきである。他方、当該企業において、職能資格制度が年功的な運用がされていた場合には、一定の滞留年数を経過したにもかかわらず女性従業員が昇格していないことは、女性であることを理由とした不利益取扱いであるのが通常であるから、企業側において特段の事情を立証しない限り、女性であるが故の不利益取扱いであることを推認できるというべきである。
本件についてみると、平成2年当時主事であった54名(原告を除きすべて男性)のうち、旧規則が廃止された平成11年11月1日までに参事に昇格した者は23名であり、原告の主事滞留期間である9年5ヶ月を超えて主事に留め置かれた者が15名いたこと、この間退職した者を除いても、参事に昇格していない者が原告以外に4名おり、これらの者の主事滞留期間はいずれも13年以上であることが認められるところ、これらの各事実によれば、被告において、主事から参事への昇格において年功的な運用がされていたとは認めるに足りないというべきである。
主事から参事へ昇格するためには、能力考課の総合評価においてA評価を取得し、考課者の推薦が必要であったと認められるが、原告の総合評価は毎年Bであり、A評価の項目はC評価の項目よりも少なかったから、原告は参事昇格のための条件を満たしていたとはいえない。したがって、原告が参事に昇格しなかったことは、女性であるが故の不利益取扱いであるとはいえないというべきである。
2 新規則が原告に適用されるか
新規則は、新資格への格付けが賃金減額を伴う場合があるから、従業員にとって就業規則を不利益に変更するものであるといえる。したがって新規則の適用があるというためには、当該従業員が同意するか、反対の意思を表明した者を拘束する就業規則としての法的規範性を有することを要するというべきである。本件では、原告は新規則について通達で知らされた上、これに同意したものであるから、新規則の法的規範性の有無について検討するまでもなく、新規則の適用を受けるというべきである。
3 本件格付けは無効か
職能資格制度において、労働者に対する人事評価を行い、その評価に従って資格等級,号俸を格付けることは、使用者の総合的裁量的判断としての人事権の行使であり、就業規則や労働契約に根拠がある限り原則として自由であり、権利の濫用(民法1条3項)や、女性であることによる差別である(労基法4条)と認められる場合にのみ無効となるというべきである。本件についてこれを見るに、本件は原告の同意によって原告に適用される新規則における格付けを行う権限を行使する場合であるから、被告が行使できる降格及び賃金減額の権限は、新規則の趣旨に反してはならないことはもちろんであるが、原告の同意の趣旨に著しく反するものであってはならず、これに反するときは、客観的に著しく不合理であって、社会通念上許容し難く、権利の濫用になるというべきである。
本件通達によれば、新規則を導入すること、資格と賃金を連動させる賃金表を導入すること、年齢、福利厚生は考慮せず、貢献度により処遇を決める旨の記載があるが、昇格のための能力考課を変更するか否か等について何ら記載がない。本件同意者は通達に対応するものであることからすれば、旧規則における能力考課の方法を著しく逸脱するような降格権限を被告に与えたものとはいえないというべきである。そして原告は、平成3年4月から平成10年4月まで旧規則における能力考課において、主事として「現有資格レベルは概ね満足できる」とのB評価を8回連続して受けていたこと、平成9年度及び10年度実施能力考課において、「理解・判断・処理力」や「改善・企画力」はB以上の評価を受けていたこと等に照らし、原告が2級10号と評価され、旧規則において支給されていた基準給、資格給及び住宅手当の合計から約31%、金額にして11万2300円の減額がされることは、原告の一般等級評価書や本件順位表の記載に関し、人の能力については様々な意見があり得ることを考慮するとしても、旧規則における能力考課の方法を著しく逸脱しており、本件同意書の趣旨に著しく反するものというべきである。したがって、本件格付けは、労働契約上付与された降格権限を逸脱するものとして合理性を欠き、社会通念上許容し難いから、権利の濫用であり無効であるというべきである。したがって、原告は旧規則の主事として従来支給されていた月額35万7300円の賃金請求権を有する。
4 原告の損害額
旧規則における原告に対する資格等級格付けは、女性であるが故の不利益取扱いによるものでないから、違法とはいえないが、新規則での本件格付けは労働契約の内容を逸脱して原告の賃金を減額するものであるから、違法である。
本件格付けにより、原告は月収31%の賃金を減額されて生活の平穏を脅かされ、本件訴訟提起を余儀なくされたことが認められるから、差額賃金の支払のみでは原告の精神的苦痛は慰謝されないというべきである。他方被告は、賃金減額を受ける原告の生活に配慮し、調整金の支払をしたこと、本件訴訟提起前に本件格付けについて一定程度の説明を行ったこと等も認められ、その他本件記録に現われた一切の事情を考慮し、原告の慰謝料は50万円と認める。 - 適用法規・条文
- 民法1条3項、709条
- 収録文献(出典)
- 平成16年版年間労働判例命令要旨集
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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