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F社賃金台帳等文書提出命令事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- F社賃金台帳等文書提出命令事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成16年(モ)第884号
- 当事者
- 原告申立人 個人1名
被告相手方 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 2004年11月12日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下(控訴)
- 事件の概要
- 相手方は、医薬品の製造販売を主たる業務とする株式会社であり、申立人は昭和48年に高専を卒業して相手方に入社した女性従業員である。
申立人は、後輩である昭和49,50年入社の高専卒男性29名中22名が経営職に登用されながら、申立人は主事に留まっており、経営職昇格のためのSI級昇格者研修の受講もできないなど相手方の違法な男女差別により、女性であることを理由として男性より昇格が遅れ、賃金差別を受けたとして、労働契約の債務不履行ないし不法行為を理由として、昇格の遅れがなかった場合との差額賃金相当額の損害、精神的損害及び弁護士費用相当額の損害の賠償を求めるほか、SI級昇格者研修を受講させるよう求めている。
申立人は、比較対象者である高専卒男性との賃金格差、賃金格差と男女の処遇の違いとの関連性、比較対象者の経営職への登用の実態、男女で研修についての格差があることを証明するために、申立人が相手方に入社した昭和48年度の前後各2年間に入社した高専卒の男性について、賃金台帳、労働者名簿、ノーツと称される相手方のコンピューターの人事情報のうち「資格歴」「研修歴」についての電子データ又はそれを印字した文書の提出を申し立てた。
これに対し相手方は、人事情報についてはプライバシー度が高く、専ら相手方が人事管理上使用することを予定していること、本件賃金台帳は、民訴法220条4号ハが定める「技術又は職業の秘密に関する事項」で「黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」に相当すること、申立人が求めるすべての文書が開示されると、他の社員が自己の賃金を他の社員や全体水準と比較すること、会社の各社員に対する評価を知ることが可能となり、会社と社員間の信頼関係の破綻、社員の士気の低下、心理的動揺など重大な打撃を被ることになること、本件各物件は民訴法220条4号ニの「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に該当し、社員の個人的属性情報、家族情報、評価・処遇、公的資格、自己申告の内容等が含まれ、企業経営における人事管理上の重要性と個人のプライバシー保護の必要性の観点から高度の秘匿性が求められることから、社外はもちろん、社内でも労働組合に対しても開示していないことなどを挙げて、開示を拒否した。また、相手方は、賃金決定は能力主義に基づき行われているから、賃金決定上、同期入社であることに何の意味もないこと、大量観察の手法によって男女の賃金格差を見ようとしても、対象となる女性は申立人1名のみであるから、集団の比較自体行えないことも合わせて主張した。 - 主文
- 1 相手方は、当裁判所に対し、以下の文書を提出せよ。
(1)所得税源泉徴収簿兼賃金台帳(ただし、平成9年1月以降のもの。氏名、住所、健康保険記号番号、雇用保険記号番号、厚生年金基金記号番号、年末調整及び扶養控除等申告関係の各記載を除く。)
(2)社員経歴台帳兼労働者名簿(ただし、氏名、そのフリガナ及び現住所の各記載を除き、氏名コードの記載を含む。)
2 相手方は、当裁判所に対し、相手方のコンピューターデータの「人事情報」のうち「履歴・アセスメント情報」中の「資格歴」「研究歴」(研修コードを除く。)を印刷した文書(最新判)を提出せよ。
3 申立人のその余の申立てを却下する。 - 判決要旨
- 本件各物件の作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生じる虞があると認められる場合には、特段の事情がない限り、民訴法220条4号ニ所定の自己利用文書に当たるというべきである。
賃金台帳及び労働者名簿は、使用者が労務管理のための資料として自己の便宜のため作成している面は否定できないものの、これに該当するか否かは、単に作成者の主観のみによるのではなく、文書の記載内容や作成経緯、その他の事情を総合して客観的に判断すべきである。賃金台帳及び労働者名簿は、労働基準法によって、労働基準監督行政の便宜のために、罰則をもって作成、保存が義務付けられ、労働基準監督官から求められたときは、罰則をもって提出を義務付けられているものであって、その記載内容も、同法及び施行規則によって詳細に規定されているものであるから、本件賃金台帳及び労働者名簿が専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であるとはいえない。したがって、本件賃金台帳及び労働者名簿は、民訴法220条4号 ニには該当しないといわなければならない。
各労働者毎の昇格年月日、資格名及び滞留年数、受講した研修の年月日、研修名等の情報は、その職務遂行に関する個人情報であり、当該労働者本人がみだりに開示されないと通常期待する法的保護の対象となるプライバシーに係る情報に該当するため、慎重に取り扱われるべきものであって、相手方がその閲覧・印刷を制限ないし禁止しているのもそのような趣旨に基づくものと考えられる。したがって、本件資格歴等は、専ら相手方内部の者の利用に供する目的で作成され、外部に開示することを予定していない情報であるということができるが、本件資格歴等における情報が開示されることによって、所持者である相手方の側に、人事管理の運営に大きな支障を来すなど看過し難い不利益が生ずるおそれがあるとまでは認めるに足りないから、本件資格歴等は、民訴法220条4号ニには該当しないといわなければならない。
相手方は、本件賃金台帳、資格歴等が、民訴法220条4号ハ所定の同法197条1項3号に規定する「技術又は職業の秘密に関する事項」で「黙秘の義務が免除されていないものが記載されている文書」に該当すると主張するが、同号所定の「技術又は職業の秘密」とは、その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落しこれによる活動が困難になるもの又は当該業務に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解するのが相当である。
本件賃金台帳の記載事項は、各労働者のプライバシーに係る情報に該当し、それらが開示されると、当該労働者のプライバシーが侵害されるとともに、相手方との信頼関係が失われ、相手方の今後の人事労務管理上看過し難い不利益が生ずるおそれがあることは否定できない。しかし、賃金台帳は外部の者に開示が予定されていない文書とはいえないのであるし、相手方に本件賃金台帳の提出を命ずることが直ちに賃金台帳の内容が周知されることにつながるとまではいえないことを考慮すると、本件賃金台帳を開示することによって、相手方の事業活動に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるとまではいえない。また、本件資格歴等についても、これを提示することによって相手方の事業活動に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるとまでは認められない。そうすると、本件賃金台帳及び資格歴等は、民訴法220条4号ハには該当しないというべきである。
申立人は、相手方の賃金制度において年功序列的な運用が行われていたと主張しているから、相手方における具体的な昇格及び昇級等の運用状況について立証の必要性が認められる。また、男性従業員と女性従業員との間の具体的な賃金格差は明らかではなく、格差の違法性を判断する上においてはその具体的内容を明らかにすることが必要というべきであるから、申立人において、従業員の男女間の賃金等の格差の存在及びその程度を立証する必要性が認められる。したがって、以上の立証のためには本件賃金台帳及び労働者名簿の証拠調べの必要性を否定することができないが、本件対象者であれば、35名(うち実際に比較できるのは退職者22名を除く13名)を比較対象として最低限の人数を確保することができるし、申立人との一定の同質性が認められるから、その範囲内において、証拠調べを実施する必要があるというべきである。また、申立人と高専卒男性との昇格格差と男女の格差との関連性、男女による研修の格差の存在の立証のためには、本件資格歴等の証拠調べを実施する必要があるものと認められる。
本件賃金台帳の提出を命ずることによって相手方の他の従業員のプライバシーが侵害されるおそれがあることは否定できないのであって、これらを考えると、相手方が所持する賃金台帳のうち、氏名、住所、健康保険番号、厚生年金記号番号、雇用保険記号番号、厚生年金基金記号番号、年末調整及び扶養控除等申告関係の記載を除く部分について提出を命ずるのが相当である。また、労働者名簿については、氏名、そのフリガナ及び現住所の各記載を除き、氏名コードの記載を含む部分について、提出を命ずるのが相当である。また資格歴等のうち、「資格歴」の全部分と「研修歴」のうち研修コードを除く部分について、提出を命ずるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 労働基準法107条、108条
民事訴訟法220条4号 - 収録文献(出典)
- 労働判例887号70頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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大阪地裁 − 平成16年(モ)第884号 | 一部認容・一部却下(控訴) | 2004年11月12日 |
大阪高裁 − 平成16年(ラ)第1317号 | 棄却 | 2005年04月12日 |