判例データベース
裁判所職員頚肩腕症候群控訴事件
- 事件の分類
- 職業性疾病
- 事件名
- 裁判所職員頚肩腕症候群控訴事件
- 事件番号
- 大阪高裁 − 昭和55年(ネ)第861号(控訴)、大阪高裁 − 昭和55年(ネ)第1453号(附帯控訴)
- 当事者
- 控訴人(附帯被控訴人) 国
被控訴人(附帯控訴人) 個人1名 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1981年10月23日
- 判決決定区分
- 控訴認容・附帯控訴棄却
- 事件の概要
- 被控訴人(附帯控訴人・第1審原告)は、昭和35年に大阪地裁に採用され、主に記録運搬作業及び記帳作業に従事していた女性である。被控訴人は、昭和42年、手のしびれ等の症状を訴え、右上肢神経炎と診断され、1ヶ月間仕事を休んだ。職場復帰後、記録運搬作業を免除されたが、症状は回復せず、坐骨神経炎の診断を受け、昭和43年4月に統計係に配転された後も症状は急速には改善しなかった。その後被控訴人の症状は徐々に改善し、昭和51,2年頃には頸部、肩背、腕のだるさなどの症状もほぼ回復した。被控訴人は、本件疾病(頚肩腕症候群)は、業務に起因して発症したものであると主張して、控訴人(附帯被控訴人・第1審被告)に対し、治療費、慰藉料等559万円余を請求したところ、第1審では、本件の疾病は、業務の過重に起因するものであり、控訴人は被控訴人に対し一定の対応をしているものの、健康回復のための義務を怠ったものであること、一方被控訴人も自己の健康管理面で十分でなかった面があるとして、控訴人に対し、治療費4万8000円、慰藉料50万円、弁護士費用10万円の支払いを命じた。そこで、控訴人はこの判決を不服として控訴する一方、被控訴人も賠償額を不服として附帯控訴した。
- 主文
- 1 原判決中控訴人の敗訴部分を取消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 本件附帯控訴を棄却する。
4 訴訟費用は第1・2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 被控訴人の点検係における業務のうち、記帳、記録の整理等の作業は、一般的な事務作業である上、その間に運搬や雑務が混入する混合作業であって、長時間同一作業を続けることがないこと、記録の運搬作業はH分室以外の場所へは両手を前に出して記録を前抱えに持ち、H分室へは記録を包んだ風呂敷包みを両手にぶら下げた状態で運搬する作業であって、基発59号通達によると、動的筋労作とは打鍵作業のように手指を繰り返し反復するような作業を指し、静的筋労作とはベルトコンベアの流れ作業や顕微鏡下の作業のように上肢の一定の肢位や頸部の前屈位を持続的に強制される作業を指すこと、被控訴人の右業務は、種々の作業を織り交ぜて行ういわゆる混合職種であるから、そのような作業態様の中での書字、記録を繰ること、ナンバーリングを打つこと等は動的筋労作を主とする業務とはいえず、また記帳、記録整理等の際に多少前屈みになって頭部を前に保ったり、記録を繰る際に肘を宙に浮かせることがあっても、その姿勢は作業によって強制されるものではないので静的筋労作ともいえず、さらに記録の運搬作業は運搬姿勢、運搬距離、これに要する時間等からみて持続的に上肢を一定の肢位に保持する作業とはいえないことが認められる。そうすると、被控訴人の点検係における作業の態様は右通達の定めるものとは異なるから、右通達を基準として被控訴人の頚肩腕症候群(本件疾病)と業務との因果関係を認めることができない。
被控訴人は、業務が過重であった旨主張するが、被控訴人の記録運搬作業とその他の作業との割合は前者の方がやや比重が大きかったこと、被控訴人は時には昼休みに仕事をしたものの残業はしなかったこと、運搬記録の1回当たりの平均重量は、運搬量の最も多かった昭和40年においても、H分室へは10kg、それ以外の場所へは5kgを超えないこと等、被控訴人の記録の整理等の作業は上肢に負担をかけるという程のものではなく、むしろ雑務や運搬作業と混合してなされていたから作業分配上非常に適当であったこと、記録の運搬作業は、前記重量のほか、運搬距離、回数や方法からすると、運搬経路における階段の昇降を考慮しても上肢を繁用する作業態様とはいえなかったことが認められ、以上の事実によれば、被控訴人の業務は一般事務作業者の日常の職場活動から特に掛け離れていたものではなく、その1日の作業総量は一般の事務作業者とほぼ同様であり、運搬記録の重量や運搬距離も通常人が日常生活の上で物を運搬する場合と比較して特に過大とはいえないことが明らかであるから、被控訴人の業務が全体として過重であったとは認めることができない。
業務と疾病との間に相当因果関係があるというためには、業務が疾病のほとんど唯一の原因であることを要するものではなく、他に競合する原因があってもその業務が相対的に有力な原因であれば足りるが、業務がその疾病の単なる条件、すなわちその引き金になったに過ぎない場合には、両者の因果関係を否定すべきものと解するのが相当である。なるほど本件疾病は、被控訴人が点検係へ配属されてからその発症をみたものではあるが、そこでの被控訴人の作業態様は一般的に見て頚肩腕症候群の惹起原因となるものではなく、その作業量も決して過重なものではない上、配置換えにより被控訴人が他の仕事に従事するようになってからも容易にその症状が消えなかったものであるから、点検係における業務が本件疾病発症の引き金になったことは窺われるけれども、その有力な原因とは認めることができず、本件疾病はむしろ被控訴人の身体的ないし精神的素因によるものである疑いがあり、結局被控訴人の業務と本件疾病との間には相当因果関係が認められないものというべきである。
国は、国家公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が国若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理に当たって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っているものと解すべきであり、右の安全配慮義務の具体的内容は当該公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであるから、業務自体が公務員の生命及び健康等に危険を伴うものであれば、国は当然にその危険を回避する措置を取らなければならないが、一般的にそのような危険を伴わない業務の場合には、危険が予想されるような特段の事情のある場合を除き、通常予想し得ないような危険まで防止する措置をとる必要はないと解するのが相当である。これを本件についてみると、被控訴人は一般事務作業に従事するものであって、頚肩腕症候群等の職業性疾病その他の疾病の発症の予想されるような種類の業務に従事するものではなく、疾病の発症を招くような過重なものではなかったし、他に本件疾病の発症を予想できるような特段の事情も認められないので、裁判所において本件疾病の発症を予防するために特別な措置を講じる必要はないというべきである。
被控訴人は、その要求に対して取った裁判所の措置は不十分、不適切であった旨主張するが、被控訴人が受診後業務量の軽減を求めたのに対し、管理者が「診断書の提出がなければ」として、診断書等により実情を確認しない以上被控訴人の要請に対処することができないと措置したことは当然であって、右措置を不適切ということはできない。また分会の被控訴人に重い物を持たせないこと、重量物運搬のない職場へ配転させること等の要求を受けて、裁判所が被控訴人に対し最も重いとみられるH分室への記録運搬を免除し、その他の運搬は1回分の重量を軽くするよう指示したこと、その後被控訴人は記録運搬業務を全部免除されたことが認められる。右事実によれば、管理者は診断書の記載、被控訴人及び分会の説明や要望を聴き、その趣旨に副って被控訴人の業務を軽減したのであって、被控訴人の右業務軽減後の業務が本件疾病の増悪に作用したかどうかの判断を待つまでもなく、地裁のとった右業務軽減措置が不十分であるということができないし、地裁としては、被控訴人に対し通院の便宜を十分に図り、速記官やタイピストに対してのみ実施している特別健康診断の受診者の中に被控訴人を加えるなどして被控訴人の健康管理に十分注意を払っているのであって、被控訴人の希望に副った配転を直ちに実行しなかったからといって不適切な措置ということはできないから、裁判所が被控訴人の本件疾病の増悪を防止する措置を怠ったことを理由とする被控訴人の主張もまた失当である。 - 適用法規・条文
- なし
- 収録文献(出典)
- 労働判例375号45頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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大阪地裁 − 昭和49年(ワ)第2784号 | 一部認容・一部棄却 | 1980年04月28日 |
大阪高裁 − 昭和55年(ネ)第861号(控訴)第、大阪高裁 − 昭和55年(ネ)第1453号(附帯控訴)第 | 控訴認容・附帯控訴棄却 | 1981年10月23日 |