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H幼稚園保母自殺事件【うつ病・自殺】

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
H幼稚園保母自殺事件【うつ病・自殺】
事件番号
神戸地裁 − 平成6年(ワ)第692号
当事者
原告個人2名 A、B

被告個人3名 E、F、G、株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1997年05月26日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告会社H幼稚園(以下「被告園」という。)は、本園、T園、F園及びK園の4つの無認可保育園を設置・運営する株式会社であり、被告E,は被告園の代表取締役、被告Fは取締役で被告Eの妻、被告Gは社員で被告E,Fの次男である。一方原告A、Bは、被告会社で保母として勤務していたMの両親である。

 Mは、平成5年1月から被告園F園で勤務し、同年4月から同T園で勤務することになった。F園は、Mが勤務を開始した当時、園児数は18名、保母はMを含め2名で、調理師がいなかったため、給食の買い物、調理、片付け等の仕事も保母が行っていた。同年2月、Mは被告らから、4月からT園における責任者としての仕事とコンピューターを利用した保育の担当を告げられ、被告Gが協力するということからやむを得ず了承した。Mの1日の労働時間は10時間ないし11時間程度であり、日曜日も出勤することが多かった。

 同年3月28日、Mは日曜保育のため出勤し、翌日から3日間の予定で新任保母を交えて高畑園の引継ぎが行われ、同月30日にはF園で夜まで打合せが行われ、Mは深夜に疲れ切って帰宅した。Mは同月31日に入院したところ、医師は精神的ストレスが起こす心身症的疾患と診断し、Mは同日をもって被告園を退職し、自宅療養に入った。その後Mは元気を取り戻し始め、同年4月11日に洗礼を受け、同月15日に原告らに感謝の手紙を書いた。Mはこの頃から新しい保育園探しを始めるようになり、同月27日に被告園を訪れ、離職票を受領したが、帰宅後部屋に籠もり、翌日も原告らと余り言葉を交わさず、同月29日午後6時頃、原告らの留守中に家族への遺書を残して、縊首の方法により自殺した。
 原告らは、被告園での労働条件が劣悪であり、保母経験の少ないMにとって不可能ないし困難な業務を強いられるなどの過酷な勤務によりMが心身とも極度に疲労してうつ病に陥いり、それがMの自殺の原因となったとして、被告会社、被告E,F,Gに対し、不法行為に基づき、原告それぞれに対し、慰謝料1000万円、逸失利益3123万6779円の2分の1、葬儀費用60万円、弁護士費用300万円を請求した。
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
判決要旨
 F園における保母の業務は、半数以上が既に3歳児になっていたとはいえ、園児19名に対して保母が2名と少ない上、給食の食材の購入や調理の仕事も兼ねていたこと、Mの1日の労働時間は10時間ないし11時間に及び、ゆっくり昼食を取れないときもあったこと、Mは日曜日に出勤する機会も多かったこと、被告園において、平成4年10月及び12月には、それぞれ15名中1名の保母が、翌年3月には15名中8名の保母が、同年5月には13名中8名の保母が、翌6月には13名中2名の保母が退職していることから、被告園におけるMの仕事内容は、比較的厳しいものであったと考えられる。

 しかも、Mは2月中頃に、被告GからT園の責任者になることや、園児に対しコンピューターソフトを用いた指導をすることを告げられ、3月14日には4月以降のT園のデイリープログラムや年間指導計画を立てていること、3月23日にはF園からT園に園児とともに移動し、慣れないT園での保育に携わっていたこと、また同月28日には日曜保育のため出勤し、同月29日からは新任保母を交えてT園の引継ぎを行っていたもので、Mは同月末には、新しい仕事に対する不安、責任感、環境の変化等で精神的にも肉体的にも疲労していたことが容易に推認できる。
 しかしながら、Mの入院期間は僅か1日であり、診察した医師も、Mの症状を精神的ストレスによる心身的疾患だとし、うつ病若しくはうつ病に似た症状であるとは考えなかったこと、その後Mは何らの治療も受けていないこと、Mはその後次第に元気を取り戻し、4月11日に洗礼を受けてからはMの生活状態は正常になり、洗礼の前後に書かれた感謝の手紙からもうつ病を窺わせるような記載も認められないこと、Mはその後就職活動を始めていること、退職後被告園を訪れた際も、勤務していたときと変わらない様子であり、精神的肉体的疲労からかなり回復していたと認められ、右事実にMの被告園における勤務は僅か3ヶ月足らずであること、Mが自殺したのは退職後1ヶ月後であること等の事実に鑑みると、Mの被告園における業務とMの自殺との間に因果関係は認められないというべきである。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例744号22頁
その他特記事項
本件は控訴された。本件については原告A,Bから労働基準監督署長に対し労災認定請求が行われたが、業務外と認定され、労働保険審査会でも同様の結論であったことから、処分の取消しを求めて提訴したところ、第1審では敗訴し、控訴審で勝訴した。