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H幼稚園保母自殺控訴事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- H幼稚園保母自殺控訴事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成9年(ネ)第1629号
- 当事者
- 控訴人 個人2名 A、B
被控訴人 株式会社、個人3名 E、F、G - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1998年08月27日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(上告)
- 事件の概要
- Mは、平成5年1月、被控訴人(第1審被告)園に保母として雇用され、F園で勤務していた。同園でのMは、保母業務のほか、食事の買い物、調理、片付けなども負担し、勤務時間は10時間ないし11時間となるなど多忙を極め、日曜日の出勤も多かった。こうした中、Mは被控訴人らから、同年4月以降高畑園で主任保母となること、コンピューター保育の担当者となることを告げられ、その準備のため毎日遅くまで仕事をするとともに、日曜日もほとんど出勤する状況となった。
Mは同年3月30日、疲れ切って帰宅した後、翌日入院し、同日をもって退職した。同年4月以降、Mの症状は回復の兆しを見せていたが、同月27日、被控訴人園で離職票を受領した後、部屋に籠もり、同月29日に縊首の方法で自殺した。
Mの両親である控訴人(第1審原告)A、Bは、Mの自殺は、被控訴人会社における勤務が過酷であったことによるものであるとして、不法行為に基づき被控訴人らに対し損害賠償を請求したところ、第1審では、Mの業務と自殺との間には因果関係が認められないとして、請求を棄却したことから、控訴人らが控訴したものである。 - 主文
- 1 控訴人らの被控訴人E、同F、同Gに対する本件控訴を棄却する。
2一 当審で追加された請求に基づき、被控訴人株式会社東加古川幼児園は、控訴人らに対し、各574万3677円及びこれらに対する平成6年5月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 控訴人らの右被控訴人に対するその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第1、2審を通じ、控訴人ら及び被控訴人株式会社東加古川幼児園に生じた費用の5分の1を被控訴人会社東加古川幼児園の負担とし、控訴人ら及び被控訴人株式会社東加古川幼児園に生じたその余の費用並びに被控訴人E、同F、同Gに生じた費用は控訴人らの負担とする。
4 この判決は、主文2一につき仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 園長である被控訴人Gが協力するといっておきながら、実際には十分な協力をしなかったこともあって、平成5年3月28日にはMは疲れ切った様子で園児を保育する状態ではなくなり、同月30日にも遅くまで被控訴人園で打合せがあったが、Mは放心状態となり、帰宅後泣き崩れ、ほとんど眠れず、翌31日に入院し、精神的ストレスが起こす心身症疾患と診断された。これらの事実によれば、同月末には、Mは新しい仕事に対する不安、責任感、環境の変化などで精神的にも肉体的にも極度に疲労していたことが明らかであるといえる。
一般的に、3ヶ月程度の期間ストレスが持続すればうつ状態に陥ることがあり、うつ状態に基づく自殺は、うつ状態がひどい時期に起こることは余りなく、外形的には元気を取り戻したかのように見える回復期に起こることの方がむしろ多いことが医学的に広く承認されており、更に本件Mの自殺に関して、医師はMがうつ状態になった結果自殺したものであり、そのうつ状態になった原因は、Mの日常の勤務そのものが過重であったことに加え、保母としての経験が浅く年若いMに重大な責任を負わせ、それに対する配慮を欠いていた被控訴人園における仕事の過酷さ以外には思い当たるものがないとしていることが認められる。
被控訴人園では保母の定着率が極めて悪く、いつも保母を求人していたことも併せ考えれば、その勤務条件は劣悪で、Mをうつ状態に陥らせるものであったというほかないことなど、本件に顕れた事情を総合すれば、Mは被控訴人園の過酷な勤務条件がもとで精神的重圧からうつ状態に陥り、その結果、園児や同僚保母に迷惑をかけているとの責任感の強さや自責の念から、遂には自殺に及んだものと推認することができる(Mが自殺したのは被控訴人園を退職してから約1ヶ月後であるが、前判示のとおり、うつ状態の回復期に自殺が多いことからすれば、右退職から自殺までの1ヶ月間は被控訴人園での勤務とMの自殺についての相当因果関係を否定するものではない。)。そうであれば、被控訴人園は、従業員であるMの仕事の内容につき通常なすべき配慮を欠き、その結果Mの自殺を招いたものといえるから、債務不履行(安全配慮義務不履行)による損害賠償責任を負うものというべきである。
もっとも、Mのような仕事の重圧に苦しむ者であっても、その全員あるいはその多くの者がうつ状態に陥って自殺に追い込まれるものではないことはいうまでもなく、本件のような場合においても自殺以外の解決方法もあったと考えられ、Mがうつ状態に陥って自殺するに至ったのは、多分にMの性格や心因的要素によるところが大きいものと考えられるところであり、これらの事情に照らすと、Mの死亡による損害については、その8割を減額し、被控訴人園に対してはその2割を賠償するよう命じるのが相当である。なお、被控訴人E、同F及び同Gの3名については、不法行為責任があるとまで認めるに足りる証拠はない。また被控訴人園の不法行為責任については、その債務不履行責任を認めたので、判断するまでもない。
死亡によるMの逸失利益を新ホフマン方式で計算すると、3123万6779円となり、控訴人らはそれぞれその2分の1に当たる1561万8389円の逸失利益の賠償請求権を相続したことになる。Mの自殺により控訴人らは多大な精神的苦痛を被ったことが認められるところ、本件に顕れた諸般の事情を併せ考慮すれば、慰謝料額としては控訴人らにつき各1000万円とするのが相当であり、葬儀費用としては各60万円とするのが相当である。これらの合計額は控訴人ら各人につきそれぞれ2621万8389円となるところ、前記過失相殺の結果、控訴人らはその2割に当たる各524万3677円の損害賠償請求権を被控訴人園に対して取得したことになる。また、弁護士費用としては、控訴人らにつき各50万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法415条
- 収録文献(出典)
- 労働判例744号17頁
- その他特記事項
- 本件は被控訴人から上告されたが、民事訴訟法に規定する上告理由に当たらないとして棄却された(最高裁2000年6月27日決定)。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
神戸地裁 − 平成6年(ワ)第692号 | 棄却(控訴) | 1997年05月26日 |
大阪高裁 − 平成9年(ネ)第1629号 | 一部認容・一部棄却(上告) | 1998年08月27日 |
東京地裁 - 平成17年(行ウ)第268号 | 認容(確定) | 2006年09月04日 |