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O社腰痛損害賠償請求事件

事件の分類
職業性疾病
事件名
O社腰痛損害賠償請求事件
事件番号
那覇地裁沖縄支部 − 平成12年(ワ)第62号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社、個人4名 A、B、C、D
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年04月20日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
 被告会社は、現金等の精査・整理業務、現金等の輸送業務、文書等の集中発送業務等を目的とする株式会社であり、被告Aは被告会社の社長、被告Bは同常務、被告Cは平成9年8月末まで、被告Dは同年9月以降各文書管理センター所長の地位にあった者である。一方原告は、昭和62年9月被告会社に雇用され、中部センター勤務を経て、平成9年4月18日に文書管理センターへ配置転換された女性である(当時40歳)。

配置転換後、原告は左半身不全麻痺の障害を持つ者と2人で棚から消耗品等を集荷して段ボール箱に詰めて梱包し、台車に乗せて搬出口へ移動させて積み上げ、運送業者に段ボール箱をコンベアに載せて引き渡すという作業を担当した。原告は配転後間もなくして腰を痛め、同月28日針灸院を受診したが、その後再び腰を痛め、右半身が痺れたことから同年7月10日に受診した結果、腰痛症により通院加療が必要であり、重労働は困難である旨の診断書が出されたため、同日から同年8月6日までの間勤務を休んだ。原告は、「腰椎椎間板症」との診断を受けたが、腰痛の増悪がなければ就労は可能との診断を受け、同月7日から職場復帰した。

原告は、同年12月12日、腰痛と右下肢の痺れを訴えて受診し、一旦職場復帰したものの、平成10年1月6日に早退したまま同月末まで休職した。原告は同年2月2日から職場に復帰したが、右手指等の激痛を訴えて、同年4月15日から長期休職するに至った。那覇労働基準監督署は、同年3月25日、原告につき、平成9年4月の労災傷病を認定し、更に平成16年3月3日には、労災後遺症として、腰痛症、腰痛椎間板症、坐骨神経症、腰椎椎間板ヘルニアを認め、9級の7の2の労災後遺症認定を行った。
 原告は、文書管理センターの業務に従事したことにより、腰部痛、腰椎間板症等の傷害を負い、同傷害は被告会社の安全配慮義務違反が原因となって発生したとして、被告会社及び被告らに対し、治療費や後遺障害による逸失利益及び慰謝料等1億6000万円を請求した。
主文
1 被告おきぎんビジネスサービス株式会社及び被告Aは、原告に対し、各自、金1398万4488円及びこれに対する平成12年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告の被告おきぎんビジネスサービス株式会社及び被告Aに対するその余の請求並びに被告B、被告C及び被告Dに対する請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、原告と被告おきぎんビジネスサービス株式会社及び被告Aとの間では、それぞれ、これを12分し、その1を被告おきぎんビジネスサービス株式会社及び被告Aの各負担とし、その余は原告の負担とし、原告と被告B、被告C及び被告Dとの間では、これを原告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 原告の症状と原告の業務への従事との因果関係の有無

 原告は、平成9年4月21日頃から文書管理センターにおける本件作業に従事し始め、間もなくして腰痛を訴えるようになり、同年8月6日のMRIの検査の結果、腰椎に変性が見られたというのであるから、原告の業務内容、症状の推移との関係等に照らすと、那覇労働基準監督署が、原告につき、腰部痛、腰椎椎間板症、坐骨神経痛及び腰椎椎間板ヘルニアについては労災後遺症と認定したことに鑑みても、前記業務は、労働基準法75条、労働基準法施行規則35条、同別表第1の2第3号の2の腰部に過度の負担がかかる業務であって、原告の腰部痛等の原因として加齢等の影響も否定できないものの、上記業務に従事したことがその相対的に有力な原因となったと認められ、それらの間の因果関係を肯定するのが相当である。以上のとおりであるから、腰部痛等は原告が被告会社文書管理センターにおいて本件段ボール箱を取り扱う作業に従事したことによって生じたものと認められる。

 原告の主張する右肘石灰沈着性関節炎及び右石灰沈着性肩関節炎については、原告にこれらの症状が認められるが、主治医の意見書によれば、前者については「因果関係は不詳である」とされ、後者については「可能性はある」とされる一方、労災医員協議会は「前記作業等が本症状発症の原因とは認められない」と判断している。また、原告の主張する仙椎根髄膜嚢腫及び頚椎椎間板症については、主治医の意見においても労災医員協議会とも原告の作業と発祥との間の因果関係を否定していること照らして、原告が被告会社の業務に従事したことが原因であるとは認められない。

2 被告会社の原告に対する安全配慮義務の有無

 使用者は、信義則上、労働契約に付随する義務として、労働者に対し、その業務の執行に当たり、その生命及び健康に危険を生じないように具体的状況に応じて配慮すべきいわゆる安全配慮義務を負っているものと解するのが相当である。安全配慮義務の内容は、職務の性質や労働者の状態等の具体的状況に応じて判断されるべきであるが、重量物を取り扱う職場などにおいて腰痛等の発生を防ぐための指針「職場における腰痛予防対策指針」(平成6年9月6日付け基発第547号)は、使用者の労働者に対する安全配慮義務の内容を考える際の基準になるものと解すべきである。

 被告会社が原告を本件段ボール箱を取り扱う業務に配置したことについては、20kgを超えるものも相当含まれていたこと、原告の前任者が男性であったことからすれば疑問の余地がないでもないが、前記通達が上限としている55kgを大幅に下回っていること、原告が段ボール箱を取り扱うのは台車に載せたり下ろしたり積み上げたりするときだけであること、配置前において原告に腰痛等の既往症があり、かつそれを被告会社が認識していたとは認められないこと、原告も異動先について、当初不服を述べていたとは認められないこと等からすれば、原告を本件段ボール箱を取り扱う業務に配置したことが、直ちに被告会社の安全配慮義務違反であるとまでいうことはできない。

 しかしながら、平成9年7月10日には、原告が腰痛症で休職し、被告A及び被告Bに対し、引き続き休みたい旨を申し入れていることが認められるから、遅くともこのときには被告会社は原告の症状を認識していたはずである。そして原告は、同年8月6日に、腰痛の増悪がなければ就労は可能との診断を受け、原告の症状及び腰痛の増悪について経過観察が必要であるとされていることからすれば、被告会社としては、定期的に診察を受けることを指示するなどして、原告の腰痛が増悪していないかどうかを慎重に把握し、必要と認めるときは作業方法の改善や作業時間の短縮等必要な措置を講ずべき安全配慮義務があったというべきである。この点について、被告らは、原告らの要望により、台車を増やし、運搬距離を短縮する等配慮したと主張するが、上記のような具体的状況下にあっては、被告会社は原告の要望に応じるに止まることなく、原告に定期的に医師の診断を受けるよう指示するなどして、原告の腰痛の状態に配慮し、原告の健康を更に害するおそれがあると認められるときには、作業方法等の改善や作業時間の短縮等、それでも足りない場合にはより腰に負担のかからない他の業務に配置転換するなど、必要かつ適切な措置を講ずべき義務があったというべきである。それにもかかわらず、被告会社は、漫然と原告に従前の業務を継続させたために、原告の腰痛が増悪して、就労が困難な状態になるとともに、腰部痛等の傷害を生じたものと認められる。したがって、この点において、被告会社には原告に対する安全配慮義務違反があったというべきである。

3 原告の損害

 原告の症状は、一般的労働能力は残存しているが、疼痛により時には労働に従事することができなくなるため、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるというものであるから、自動車損害賠償保障法施行令別表9の10号に相当する後遺症であるので、これにより原告は35%程度の労働能力を喪失したものと認めるのが相当である。そうすると、原告の当時の平均賃金は日額4460.54円であったと認められ、症状が固定したと認められる平成12年5月1日当時43歳であり、向後24年間の就労が可能であったと認められるから、就労可能期間の原告の収入を将来の中間利息を控除して算出するために適用すべきライプニッツ係数は、13.799となる。したがって、腰痛等による原告の逸失利益は、786万3139円と認めるのが相当である。

 原告の症状等からすれば、本件において、原告が腰部痛等の傷害を被り、後遺障害を負うことになったことに対する慰謝料としては、合計700万円と認めるのが相当であり、本件と相当因果関係のある弁護料としては50万円が相当と認める。

4 被告A、被告B、被告C及び被告Dの各責任

 本件当時、被告会社文書管理センター所長として原告の直属の上司であった被告C及び被告Dは、その社内における地位及び権限、事業所の規模、原告の担当業務内容等に照らせば、信義則上、その権限の範囲内で、部下である原告らが職場において安全かつ健康に就労することができるように、人的・物的労働環境を整備するよう努力する義務を負うものというべきである。また、被告会社の社長であった被告A及び常務であった被告Bには、全体の業務を統括する立場から、全従業員が職場において安全かつ健康に労務を提供できるように、その労働環境を適宜把握し、個別具体的な状況の下で、必要な人的・物的労働環境を整備する義務があるというべきである。そして、原告の訴え、原告の業務の内容を考えれば、原告の腰痛が被告会社における業務によって発生した可能性、並びに原告が当該業務を続けることにより腰痛を更に増悪させる可能性があることを当然認識したはずであるから、その後、原告に当該業務を継続させるに当たっては、腰痛の程度や原因などを的確に把握し、原告の症状を増悪させることがないように配慮すべきであったと認められ、このように、人事上の配慮を必要とする事項については、被告会社の全体の業務を統括する立場にあった社長である被告Aの果たすべき役割は大きかったものと考えられる。

 それにもかかわらず、被告Aは、原告の訴えを聞いた後も、原告の腰痛については何らの配慮も行わず、原告が休業と職場復帰を繰り返した後の平成10年2月2日においても、原告に「重いものは持たないこと」等の注意をしたのみで、人事・業務上の具体的な配慮を行っていない。そのために原告は、段ボール箱を取り扱う業務を継続し、腰痛を増悪させ、腰部痛症を発生し、就労可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるに至ったものである。以上からすれば、被告Aは信義則上の義務を怠ったため、原告に腰部痛等を生じさせたものであるから、原告に対し、不法行為責任に基づいて、その損害を賠償する責任を負うものというべきである。

 被告Bについても、状況は被告Aと同様であるが、被告Bは常務として被告Aの直接指揮を受ける立場にあり、被告Aと異なる措置を採るべきであったとはいえない。
 被告C及び被告Dについても、社長である被告Aが原告の訴えや症状について認識しており、原告の要望に応じて文書管理センターとして可能な対策は行っていたものであって、人事や業務分担上の配慮を行って就労を制限したりなどするためには、文書管理センターの権限を超える配慮が必要になると考えられるところ、原告の症状や就労状況については、社長の被告Aが認識していたのであるから、同人らがそのような配慮を行わなかったことをもって、信義則上の義務の違反に当たるということはできない。
適用法規・条文
民法415条、709条
収録文献(出典)
労働判例921号75頁
その他特記事項