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J学園姉妹校配転拒否事件

事件の分類
配置転換
事件名
J学園姉妹校配転拒否事件
事件番号
静岡地裁 − 昭和50年(ワ)第335号
当事者
原告 個人3名 A、B、C
被告 学校法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1981年06月23日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告は、昭和21年6月S女子高等学院として発足し、昭和26年10月J高等学校と改称し、その後中学校、幼稚園、小学校、短期大学、4年制大学を設置している学校法人である。原告Aは昭和36年4月保健体育担当教諭として雇用された男性であり、原告Bは昭和34年4月理科担当教諭として雇用された女性であり、原告Cは昭和42年4月国語科担当として雇用された女性非常勤講師である。

 被告は、当初教員については配転の対象としなかったが、順次新設校を開校したことから、新設校と既設校の均衡をとるため、昭和49年2月の組合との団体交渉の場で、夫婦者及び10年以上勤続者を対象に配転を実施する旨通告した。これに対し組合が強く反発したため、被告と組合は、「より教育効果の上がる人事配転・交流ならば、夫婦・勤続年数にこだわらないで人事配転・交流に双方とも協力する。ただし昭和49年度の配転・交流はしない」旨の協約が締結され、昭和49年度の配転は実施されなかった。
 昭和50年1月、被告は10年以上同一職場に勤務する者と夫婦者を対象とする配転の基本方針を発表し、組合の反対によってこの方針を事実上撤回しながら、同年2月28日、原告ら3名を含む13名に対し配転の内示を行い、同年3月25日配転を強行した。原告ら組合員は、本件配転は労働契約の一方的変更であること、「夫婦にこだわらない」「勤続年数にこだわらない」とする労働協約に違反すること、組合員に対する差別であるから不当労働行為に該当すること、労使慣行違反であること、人事権の濫用及び信義則違反であることを主張し、本件配転命令の無効確認を求めた。
主文
原告ら3名の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告ら3名の各負担とする。
判決要旨
1 労働契約違反について

 一般に労働契約の締結によって、使用者は労働者から提供を受けた労働力の処分権を取得し、その裁量に従い、この労働力を按配して使用することができるものであって、当該労働契約において特に勤務場所についての合意がなされていない限り、使用者はその裁量によって具体的、個別的に勤務場所を決定することができると解するのが相当である。そこで本件についてみると、被告は原告Bが雇用された昭和34年から原告Aが雇用された昭和36年にかけて、常葉中・高校(女子校)のみを設置していたが、昭和38年に橘高校(男子校)を増設し、同40年に橘中学をこれに併設したこと、原告Cは昭和42年に非常勤講師、翌年教諭として雇用され、常葉中・高校で勤務していたこと、更に被告が昭和47年菊川高校(女子校)を増設したところ、本件配転まで各学校間で定期人事異動はなかったことが認められる。また原告らは、一般的に私学では配転のないことや、当時の常葉中・高校の特に女子校としての特色に関心を寄せて被告に勤務したこと、当時被告には配転に関する一般的な規定はなく、被告は原告らを雇用する際、将来学校を増設する予定やこれに伴う配転について告げていないことが認められ、原告Cの採用辞令には「常葉学園常葉高等学校教諭に任ずる」との記載があることが認められる。

 しかし、原告A及び同Bについては、同人らが雇用された際には常葉中・高校しか設置されていなかったのであるから、その当時配転に関する一般的な規定がなく、被告から配転について何ら告げられなかったのは当然であり、また原告Cについては前記のような採用辞令を受けてはいるが、右辞令の記載は被告法人教諭としての採用と、常葉高校への勤務命令を合わせたものとみるべきであるといえる。そして当時、都市人口の増加、進学率の向上に伴って、私立学校法人が順次規模を拡大していく状況にあったことは顕著な事実であって、静岡市内で勤務しようとする教育関係者であれば、被告が将来学校を増設しことに伴いその教員が勤務場所を変更することがあり得るものとの予想は十分可能であったし、組合が被告と協約を締結する運動方針を決めた際に、配転については3ヶ月以前に内示すること、組合と協議すること、本人の意思を尊重すること等を協約案の骨子とし、必ずしも組合員の同意を必要とする等の硬直した内容ではなかったことが認められる。原告らが被告に雇用された際被告との間に常葉中・高校を勤務場所と特定する明示ないし黙示の労働契約を締結し、配転につき予め同意を必要とする合意が成立したものと推認するには足りないし、原告らの職種の内容自体から直ちに労働契約上勤務場所が特定されていたものとみることも失当である。また、長期間常葉中・高校に勤務したことによって、直ちに同校が勤務場所と黙示に特定されたものとすることもできないから、結局原告ら主張の労働契約違反の事実を認めることはできない。

2 労働協約違反について

 昭和49年3月20日の被告と組合との間の協約前文によれば、組合はより教育効果の上がる配転であれば配転に協力する、被告は夫婦者、勤続年数の基準に形式的に該当してもそれだけの理由で配転はしないという趣旨と解すことができる。ところで、教員の配転による教育効果は学内全般の事情に通暁した学校当局者の広範な裁量に任すのでなければ、適切な結果を期し難いといえるのであるから、「より教育効果の上がる配転」であるか否かの判断は、このような裁量に任されるものといわなければならない。特に私立学校においては、建学の精神に基づく独自の伝統、校風、教育方針によって社会的存在が認められ、生徒もそれらのもとで教育を受けることを希望して入学するものと考えられるから、右伝統、校風、教育方針に従いいかなる配転を行うかは原則として当該学校当局者の裁量に任せられているというべきである。したがって、明らかに教育効果を著しく阻害するような、裁量権の濫用と認められる場合でない限り、配転を無効と断定することはできない。

 常葉、橘、菊川の3高校において、夫婦者、勤務年数の長い者を対象とするという方針で、原告ら3名を含む13名の者を対象として昭和50年春の配転を実施したこと、配転の内示以前に書面で希望聴取をしていること、配転時期が学校教育の年度替りに合わせてあること、原告Bは16年間、同Aは14年間、同Cは8年間、常葉中・高校に長期間勤務していたものであること等が認められるところ、以上の事実から本件配転が著しく教育効果を阻害するものと推認することは困難である。

3 不当労働行為について

 本件配転が非組合員よりも不利益に取り扱ったと認めることができないし、原告ら3名に対する懲罰的な意図を以ってなされたことその他不当労働行為に該当するとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

4 労使慣行違反について

 被告は、学園創立以来本件配転に至るまで教員の定期異動を行って来なかったが、被告が昭和49年に初めて定期異動を行う旨表明したのは、菊川高校が開校後新設校では教員経験の乏しい新任者が多く、既設校では経験豊富な長期勤続者が多いという各学校間の格差が目だってきたからであることが認められ、原告ら主張のような慣行が成立していたと認めることはできない。

5 人事権濫用について

 原告Bは、子供を常葉中・高校近くの保育園に通わせていたため、直接橘高校に行くよりも25分早い午前7時半頃自宅を出なければならなかったこと、原告Cは、自宅から常葉中・高校までは約4キロメートルであったが、橘高校へは約8.5キロメートルであって、通勤時間が約倍の1時間余りかかるようになったこと、子供の病院通いに苦労したことが認められるが、他方原告らの転勤先である橘高校は、常葉中・高校と同じく静岡市内で、同校から約4.5キロメートルとさほど遠くない位置に所在すること、原告らは本件配転により住居を変更したり、家族と別居しなければならなくなるという事情にはないこと、原告A及び原告Bの通勤距離は、配転前より短いこと、原告Bの子供は現在では小学校に通っており、保育園通いの苦労は解消していること、原告Cの場合には通勤バスの便もあり、また義母と同居しており、日常生活の手助けをしてもらえることなども認められ、これらの事情を勘案すれば、原告らの生活上の不利益が著しいものと認めることはできない。
 また、本件配転により、直ちに原告らに対し原告らが主張するような教育上の不利益を生じたものとは認め難いし、本件配転の前年である昭和49年春、被告は人事異動を公表してから組合と交渉し、協約を締結して配転時期を1年遅らせたこと、被告は昭和50年1月配転の基本方針を発表し、その後の団交でその方針の内容を明らかにし、同年2月11日に配転を内示し、その後も組合及び配転対象者と交渉の機会を持ったことなどの事情に照らすと、結局被告が原告らを説得できなかったとしても、本件配転が信義則に反するとはいい難い。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例371号43頁
その他特記事項