判例データベース
東京ズーム撮影等事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 東京ズーム撮影等事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成14年(ワ)第13135号
- 当事者
- 原告個人1名
被告株式会社(被告会社)
被告個人1名(被告) - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年06月09日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告会社は、海洋環境及び陸上環境の汚染に関する研究分析調査業務を主たる目的とする株式会社であり、被告(昭和28年生)は、平成2年4月被告会社に入社し、平成6年4月から取締役兼河川環境部長を務めている者である。一方原告(昭和47年生)は、大学院卒業後平成11年4月被告会社に入社し、河川環境部に配属された女性である。
平成11年8月、被告は海藻の標本とともに「大切な原告さまへ」「元美少年より」などと記載した手紙を手渡した。同月、原告が入院したところ、被告は退院までの約1ヶ月間、ほぼ毎日面会に訪れ、1〜2時間原告と過ごし、1度原告の足をマッサージした。同年9.10月頃、被告は仕事の帰り、原告と手をつないだほか、原告と2泊3日の出張をした際、山中で手をつなぎ、夜自己の宿泊室で原告に対し特別な感情を持っている趣旨の告白をし、帰りの車中において原告の腕を掴んだりした。被告は、デパートへ行くと言った原告について行き、その頃作業指示書に「大好きなあなたの笑顔が私の元気になる」などのコメントを付して原告に手渡した。同年12月、原告は被告に対しセクハラで迷惑している旨伝えたが、被告は原告を愛している旨答え、態度を改めなかったことから、原告は精神的に不安定になって勤務を休むことがあり、平成12年4月に環境計画部に配転となった。
原告が配転となった後も、被告は河川環境部に復帰することを勧め、原告も被告に対し(1)今後名でなく姓で呼ぶこと姓で呼ぶこと、((3)原告を女性として見ないことを要望して、同年10月1日付けで河川環境部に復帰した。同月被告は、原告の帰路、原告が会話を拒否したにもかかわらず、「近い将来、君と結婚したい」などと告白した。この後原告は1ヶ月ほど欠勤し、復帰した後被告に対し退職の意思を示したが、その後も勤務を続けていたところ、平成13年春頃から、被告はビデオカメラで原告の身体の特定の部位をズームアップで撮影するという行為(本件撮影行為)を行うようになった。同年8月22日に原告らにより本件テープが発見されたが、本件テープには、原告の臀部、腹部、胸部、上腕部、わきの下の周辺部分、大腿部、股間等が撮影されていた。原告は被告を追及したところ、被告は謝罪したが、原告は納得せず、療養のため翌23日に出勤したのを最後に出社できない状態になり、結局平成14年3月19日付けで退職扱いとされた。
原告は、被告が上司の立場を利用し、原告が望まない状態を強要したり、性的言動などをとったりしたこと、セクハラの何たるかについて何の理解も持たず本件撮影行為を行ったことなどを指摘し、被告の一連の行為はセクハラとして、原告に対する不法行為に該当すること、被告会社は被告の不法行為について使用者責任を負うことを主張した。原告はその上で、本件撮影行為により療養・休職を余儀なくされ、結局仕事を失うという甚大な被害を被ったとして、被告及び被告会社に対し、それぞれ休業損害134万1939円、6ヶ月分の逸失利益102万8833円、入通院費用15万6366円、慰謝料200万円、弁護士費用20万円を請求した。 - 主文
- 1 被告株式会社Aは、原告に対し、349万5716円及びこれに対する平成14年7月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告Bは、原告に対し、349万5716円及びこれに対する平成14年7月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、これを4分し、その1を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
5 この判決は、第1及び第2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 不法行為の成否について
およそ労働者は、その性別を問わず、健全な就業環境の下で労務に従事する権利を有し、管理職にある者は、自己の部下に当たる労働者の就業環境を害してはならないことはいうまでもないところ、管理職にある者が異性の部下を有する場合には、社会的に相当であると認められる限度を超えて当該部下を異性として扱ったり、当該部下に異性として接したりすることにより、当該部下に不快感を覚えさせるなどしてその就業環境を害しないよう十分配慮すべき注意義務を負い、管理職にある者がこれを怠り、当該限度を超えて当該部下を異性として扱ったり、当該部下に異性として接したりすることにより、当該部下に不快感を覚えさせるなどしてその就業環境を害したときは、私法上も違法性を帯び、当該部下に対する不法行為が成立すると解すべきである。そして、一般に、部下が管理職にある者に対して明示的に異議を述べたり、管理職にある者の言動を明示的に拒絶したりすることには相当の決意や勇気が必要であるといえるのに加え、とりわけ部下が女性である場合には、これまで我が国の男性の人権感覚の欠如等により、多くの女性労働者が管理職にある男性等から必要以上に異性として扱われるなどしても、女性の地位の低さ故に、これに対して明示的に異議を述べたり、明示的に拒絶したりすることができず、かえって不本意ながらも、管理職にある男性等に迎合し、これらの言動を受忍してこざるを得なかったという社会的事実に照らせば、女性部下が不快感を覚えるなどしてその就業環境が害されたかを判断するに当たっては、管理職にある男性の言動に対する女性部下の反応を額面通りに捉えるべきではなく、その言動の客観的性質からみて、一般に女性であれば不快感を覚えるなどするであろうと認められる場合には、女性部下が真意においてこれを歓迎していると認められるような特段の事情がない限り、男性のそのような言動は、女性部下に不快感を覚えさせるなどしてその就業環境を害するものであると認めるのが相当である。
被告が原告に海藻の標本に添えて手紙を渡した行為は、原告に対し異性として好意を寄せていることを婉曲に表現したものといえ、妻子ある被告が原告に対してこのような手紙を手渡すことは、その性質上原告を困惑させるものであり、社会的に相当と認められる限度を超えて、原告に対し異性として接するものであるといわざるを得ない。また、単なる上司に過ぎない約20歳も年上の妻子ある被告からこのような内容の手紙を受け取った当時26歳の独身女性である原告が、これに対して不快感、不気味さ等を覚えたことは明らかというべきである。
部下が病気で入院した場合、上司がこれを見舞うのは、管理職の職務としても、同じ職場で働く者の心情としても当然の行為であるといえる。しかしながら、病室はよりプライバシーが尊重されるべき場所であり、特に女性の場合には、例えば服装等、特に密接な関係にある男性を除き、一般的には男性に見せたくない部分も多々存在するところであるし、同一の男性が単身で毎日のように女性の入院患者の面会に訪れるというのは、一般的にみても当該男性が当該女性に対し異性として特別な感情を持っているのではないかと見られてもやむを得ない行為であるから、被告の行為は社会的に相当と認められる限度を超えて、原告に対し異性として接する行為であるといえる。また、一般に自己の身体に触れられることに対する男女の感覚には大きな差異があるところであり、女性は、特に密接な関係にない男性により身体に触れられることを極めて不快と感じるのが通常であるから、管理職にある男性が一方的に女性部下の身体に触れるという行為は、特にそのような行為を行う必要がある場合を除き、それ自体、社会的に相当と認められる限度を超えて、当該女性部下を異性として扱う行為であるといわざるを得ない。
出張の際、妻子ある被告が原告に対し特別の感情を持っている趣旨の告白をしたことは、その性質上原告を困惑させるものであり、社会的に相当と認められる限度を超えて、原告に対し異性として接するものであるといわざるを得ない。また、女性部下と特に密接な関係にない管理職の男性が一方的に女性部下の身体に触れるという行為は、特にそのような行為を行う必要がある場合を除き、それ自体、社会的に相当と認められる限度を超えて、当該女性部下を異性として扱う行為であるというべきところ、被告が車内で原告の腕を掴んだ行為は、被告が原告に対し特別な感情を持っている趣旨の告白をしたばかりであるから、社会的に相当と認められる限度を超えて、原告を異性として扱う行為であるというべきである。被告がデパートについて行った行為、手をつないで帰ろうと言った行為、原告の誕生日にプレゼントを贈った行為は、いずれも社会的に相当と認められる限度を超えて原告に対し異性として接する行為であるといえる。
被告が作業指示書に「大好きなあなたの笑顔が私の元気になる」などのコメントを付し原告に手渡した行為は、それまで被告は原告に対し異性として特別な感情を持っていると見られてもやむを得ない行為を行っていたのであるから、それに上塗りするような行為として原告を困惑させるものであり、社会的に相当と認められる限度を超えて、原告に対し異性として接する行為であるといわざるを得ない。被告が原告に対し結婚したいなどと告白した行為は、その性質上原告を困惑させるものであるし、原告は交際している者を被告に紹介し、告白当日もプライベートな会話を拒否したにもかかわらず行ったというのであるから、これが社会的に相当と認められる限度を超えて原告に対し異性として接するものであることは明らかである。
本件撮影行為については、被告らは盗撮ではないこと、性的興味とは無関係に行ったものであること、原告は洋服を着た姿であるから被害の程度が大きいとはいえないことなどと主張する。しかしながら、本件撮影行為は、他の者から見えない位置に置いたビデオカメラで原告の身体を撮影するというものであるから、盗撮であることは明らかであるし、本件テープに写っているのは洋服を着た姿ではあるものの、原告の臀部、腹部、胸部、上腕部、わきの下の周辺部分、大腿部、股間等をそれぞれズームアップされたものであり、このような部位をズームアップで撮影することにより、女性に対して多大の恥辱感、屈辱感を与えるものであることは明らかであって、被告らの主張はかかる女性の心情を全く理解しようとしないものであるといわざるを得ないから、被告らがこのような主張をしていることは、原告の心情を深く傷つけるものとして、慰謝料額の算定において十分考慮することとする。
以上、被告が原告に対して行った一連の行為は、不法行為に該当することが明らかであるから、被告は民法709条により、これら不法行為によって原告に生じた損害を賠償する責任を負う。また、被告の各行為は、被告会社の河川環境部長として行い、又は職務中に、若しくはその機会を利用して行った不法行為であるから、被告会社の事業の執行につき行われたものであるといえ、したがって、被告会社は民法715条1項本文により被告の不法行為によって原告に生じた損害を賠償する責任を負う。
2 損害について
(1)休業損害
原告は、本件テープが発見された日の翌日まで出社したものの、その頃心身の健康を損ない、被告会社に出社できない状態となり、結局平成13年9月20日から平成14年3月19日まで休職扱いされた後、同日付けで退職扱いされたというのであるから、この間の休職による収入の減少は、被告の不法行為によって生じた損害であると認められる。また、海藻の標本に添えて手紙を手渡した行為から結婚したいと告白した行為に至るまでの一連の行為は、全体として不法行為に該当するというべきところ、これらの行為は原告に多大の精神的苦痛を与えたものと認められるから、原告が有給休暇を取得し、又は欠勤とされたことは、被告の一連の不法行為によって生じた損害と認めるのが相当である。
(2)逸失利益
原告が被告会社を退職し、職を失ったことは、被告の不法行為によって生じた損害であると認められる。被告らは、本件撮影行為によって原告が退職に追い込まれたことを否定するが、原告が退職を考えるようになったのは、平成12年10月19日までの被告の一連の不法行為が原因であると認められるし、同年12月1日に再度出社するようになってから本件テープが発見されるまで勤務していたのであるから、原告が被告会社を退職することになったのは、被告による本件盗撮行為により休職を余儀なくされたことが原因であると認めるのが相当である。求職期間は、これを6ヶ月と認めるのが相当である。
(3)慰謝料等
原告は、大学及び大学院で学んだ専門知識を生かそうと意欲をもって被告会社に入社したにもかかわらず、被告の不法行為により、心身の健康を損なったばかりか、退職を余儀なくされ、専門知識を生かす職場を失うなど、多大の精神的苦痛を被ったといえる。加えて原告は、本訴における被告らの訴訟活動によって、更にその心を傷つけられたものであり、その他本訴に現れた一切の事情を考慮すると、慰謝料としては100万円をもって相当とすべきである。また、本件の性質、認容額等に照らせば、弁護士費用は20万円と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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