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滋賀土木建築会社事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
滋賀土木建築会社事件
事件番号
名古屋地裁 − 平成15年(ワ)第4903号
当事者
原告個人1名

被告土木建築株式会社
業種
建設業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年09月16日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告は、土木建築工事請負等を業とする株式会社であり、原告は平成9年2月、被告に雇用され、滋賀支店で正社員の総務事務担当として勤務していた女性である。

 平成13年2月13日、被告の社長が滋賀支店に来訪した際、原告の電話への対応に怒り、同月21日付けで関連会社であるA社滋賀南支店への出向を命じた。原告はこれに納得せず、被告滋賀支店に出勤したが、仕事が与えられなかったところ、A社滋賀支店から誘われて同支店の物件管理の仕事をするようになった。

 被告本社総務担当Hは、原告の行動を写真に撮るなどしてチェックし、取締役Gは原告に対し威圧的な言葉をかけたりした。原告は平成14年2月27日、Gから3ヶ月間の本社研修を命じられたが、自律神経失調症のため、同年3月8日から9ヶ月間休職をし、復職後は物件管理の件数を大幅に増やされ、現場での清掃作業により、腰痛になったり、怪我をしたりして平成16年4月、労災の支給決定を受けた。

 一方、平成11年11月以降、Hは原告に対し、他の社員に気づかれないように書類を渡す際に手を触ったり、握ったりし、また傍らを通る際にすれ違いざまに背中や脇腹をつついたり、触ったりした。更にHは、原告に対し、用もないのにお茶や食事に頻繁に誘うなどし、仕事中に電話で誘ったり、休日や夜間、原告の自宅に電話して出て来られないかと誘ったり、妻とはうまくいっていないと述べるなどした。原告はHに抗議したが、Hは「その気にさせてみせる。黙って言うことを聞いていたら、何でもうまいことやってやる」などと言って、反省する様子はなかった。
 原告は、被告に対し、法定時間外労働に対する割増賃金の未払いがあるとして、未払い額及びこれと同額の付加金の支払いを求めたほか、本件出向命令が無効であること、更には、被告の従業員からセクハラ行為、常時監視やいじめ行為、プライバシー侵害行為、違法な退職勧奨を受けたとして、被告に対し慰謝料300万円の支払いを求めた。
主文
1 被告は、原告に対し、30万9268円及び内金1万2373円に対する平成13年11月29日から、内金1万7675円に対する同年12月29日から、内金2万7393円に対する平成14年1月29日から、内金2万7749円に対する同年3月1日から、内金8538円に対する同月29日から、内金5336円に対する同年12月29日から、内金1万3376円に対する平成15年1月29日から、内金2万6297円に対する同年3月1日から、内金4225円に対する同年8月29日から、内金2万7037円に対する同年9月29日から、内金1万8613円に対する同年10月29日から、内金3万6116円に対する同年11月29日から、内金1万9225円に対する同年12月29日から、内金1万5126円に対する平成16年1月29日から、内金2万3124円に対する同年2月29日から、内金2万7065円に対する同年3月29日から、それぞれ支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2 被告は、原告に対し、30万9268円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告が出向先であるA社において労働する義務のない地位にあることを確認する。

4 被告は、原告に対し、100万円及びこれに対する平成15年11月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5 原告のその余の請求を棄却する。

6 訴訟費用は、これを5分し、その2を原告の、その余を被告の各負担とする。
7 この判決は、第1項及び第4項につき、仮に執行することができる。
判決要旨
1 割増賃金の未払いの有無

 被告の賃金規定は、基準外賃金には職責手当のほかに割増賃金がある旨規定し、原告が該当する営業、工事以外の業務に携わる従業員に関して、固定残業手当と業務推進手当を支給し、固定残業手当部分を超える時間外労働については、変動残業手当として支給する旨規定している。被告は、業務推進手当は営業担当及び工事担当以外の従業員に支払われるもので、1ヶ月45時間までの残業手当に相当するものであると主張するが、規定の文言上は固定残業手当と業務推進手当は併給される関係にあるから、変動残業手当が業務推進手当に相当するものとしか解しようがない。以上によれば、業務推進手当が月45時間の残業代に該当することが雇用契約の内容となったとは認められず、業務推進手当は職務と遂行能力に基づいて支給されるものと認めるのが相当であるから、業務推進手当の支払いをもって残業代の一部支払いであると認めることはできない。

2 割増賃金債務につき消滅時効が完成しているか

 原告は、被告らが割増賃金の基礎となる法定時間外労働時間について当初からすべて認めており、債務を承認していたといえるから、消滅時効を援用することは許されない旨主張するが、被告らが法定時間外労働時間の存在を認めたからといって、その時間に対応した割増賃金の未払いがあることまで承認したことにはならない。そうすると、平成15年11月20日の本件提訴の2年以上前に支払期限の到来した平成13年10月分以前の割増賃金債権については、労働基準法115条により、支払期限からの2年の経過と被告の時効の援用により、消滅したものといわざるを得ない。

3 原告の付加金請求が認められるか

 原告は、平成15年7月25日、労働基準監督署に対し、原告が現実に就労しているA社について、残業手当不払いの申告をしたことが認められるところ、同署はA社に対し、平成13年7月21日以降の残業代を原告に支払うよう是正勧告したものである。ところで、被告とA社は、社長や資本関係を共通にし、グループを形成しているもので、従業員間ではほとんど同一の会社と意識されているものとあるところ、そのような密接な関係にあり、原告が現実に就労しているA社に対し、残業代を原告に支払うよう是正勧告がされた状況であるにもかかわらず、被告は上記勧告を敢えて無視し、原告に対する割増賃金の支払いをしなかったものと認められる。以上の状況に照らせば、原告は被告に対し、労働基準法114条に基づき、未払割増賃金と同額の付加金の支払いを求めることができると認めるのが相当である。

4 原告はA社において労働する義務を負っているか

 原告は、被告における総務の仕事を取り上げられたことから、平成13年2月26日からA社滋賀支店において、清掃を主とした物件管理の仕事を継続して行っており、被告もその状態を容認しているものであるから、原告に対し、A社滋賀支店における物件管理の担当に出向させる旨の黙示の意思表示をしたと解する余地がある。しかし、被告が原告をA社に出向させることとしたのは、原告を辞めさせたいとの被告の社長の意向に従い、原告に現場の草取りや掃除等をやらせることにより、原告を追いつめ、自ら音を上げて辞めることを期待していたものと認められるから、被告が原告に対し、A社滋賀支店に出向させる旨の黙示の意思表示をしたと認められるとしても、その意思表示は、業務上の必要とは別個の不当な動機・目的をもって行われたものといわざるを得ず、被告の出向命令権の根拠や出向によって原告が受ける不利益の有無、程度等その余の点について判断するまでもなく、権利濫用として無効となるといわざるを得ない。

5 原告の慰謝料請求が認められるか
 Hは、原告からのセクハラ行為の訴えに基づき3万円の減給処分を受け、被告滋賀支店の出入りを禁止されたものであり、平成14年2月2日付けのHによる被告社長宛の原告に関する報告には、「1週間行動チェックの写真を撮り本人を追いつめていきます」と記載があるのであって、原告に対する行動チェックは原告を追いつめるための手段であったと認められる。これら認定した事実を合わせれば、原告はHから職場等においてセクハラ行為を受けたほか、A社の社員から退職に追い込むための嫌がらせと評価すべき取扱いを受けていたと認めることができ、これは原告に対する不法行為を構成するものというべきである。また、上記不法行為は、被告の業務を執行するにつき行われたものといえるから、被告は使用者の立場にある者として、原告に対する不法行為責任を負うものというべきである。そして、その不法行為によって原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、セクハラ行為の態様や嫌がらせと評価すべき取扱いの態様や期間等を勘案すると、100万円をもって相当というべきである。
適用法規・条文
民法709条、715条

労働基準法114条、115条
収録文献(出典)
その他特記事項