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大学助教授研究活動停止命令等事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
大学助教授研究活動停止命令等事件
事件番号
鳥取地裁 − 平成14年(ワ)第200号
当事者
原告個人1名

被告T大学長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年10月12日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告は、被告大学に勤務する男性助教授であり、平成12年3月8日、かねてから思いを寄せていた女子学生Mを卒業祝いであると誘って居酒屋で飲食し、強度の酩酊状態にあったMをラブホテルに連れて行き、熟睡していたMの衣服及び下着を脱がせ、目を覚ましたMをベッドに押し倒すなどの行為をした(本件セクハラ行為)。同月10日、原告は早朝から夜中にかけて、Mに対し恋愛感情等を書いた電子メールを送付し、今後1週間恋人として付き合って欲しい、付き合わなければMの友人であるG、Hに与えた卒論作成の便宜を白紙に戻し、卒論を取り消すなどと迫ったが、Mがこれに応じなかったことから、Gを研究室に呼びつけ、4時間にわたって詰問した。

同月24日にMらは卒業したが、Mはセクハラ相談員のA技官に本件セクハラ行為の相談を申し入れ、被告大学は同年4月1日付けで、原告に対し大学院工学研究科の担当を免ずる、俸給の調整額は支給しないとの命令を行った。更に被告大学学長は、評議会の議決を経て、同年5月12日、原告に対し停職6ヶ月の懲戒処分を行った。

 一方、Mは同年7月5日、本件セクハラ行為は準強制わいせつ罪及び強制わいせつ罪に該当するとして原告を刑事告訴するとともに、不法行為に基づく損害賠償の訴えを提起した。原告はMの合意があったとして争ったが、平成13年1月25日、110万円の慰謝料等の支払いを命ずる判決が言い渡され、控訴後150万円で示談が成立した。

 平成12年11月12日に原告の停職期間が満了したが、物質工学科長は原告に対し、当分の間、(1)学生に対する講義及び研究指導、学内委員、研究活動を免じる、(2)居室として本件部屋を充てる、(3)化学棟への立入りを禁止する、(4)物質工学科が指示する学内外のセクハラ研修会等に出席する、(5)毎月セクハラに関する論文を学科長宛提出するという業務命令を発した(本件業務命令)。その後平成14年10月2日に至り、原告は年度後期の講義担当に復帰し、同年11月12日、物質工学科教室会議に復帰した。

 原告は、本件業務命令は、退職を強要する目的で行われた違法なものであるなどとして、被告に対し、国家賠償法に基づき慰謝料1500万円、弁護士費用150万円の支払いを請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する平成14年11月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し、その9を原告の、その余を被告の負担とする。
判決要旨
1 本件業務命令の違法性

 原告は、本件セクハラ行為後、Mに対しG、Hらの卒業を妨害するかのような言動を行い、Mとの交際のための障害と考えたGを数時間にわたって詰問し、現にGに対し、卒業間近になって卒論の一部削除を要求するなど大きな圧力を加えて畏怖させ、更に本件懲戒処分後もH、I、A技官らに対し原告の罷免を求める要望書の首謀者を知らせることや謝罪を要求し、本件業務命令が解除されてからも、A技官らを非難する電子メールを送付するなど著しく相当性を欠く行動を行っていた。これらの事実に照らせば、本件業務命令の目的は、当初は学生らに対する良好な教育環境を確保・提供し、平成14年4月以降は職員らに対する良好な職場環境を確保・提供することにあったと認めるのが相当である。仮に本件業務命令により原告が不利益を被ったとしても、実質的な懲戒処分と認めることはできず、教育公務員特例法9条や憲法39条違反による手続的な違法があるとは認められない。

 大学助教授たる原告にとって、学生に対する教育・指導は、研究活動と並んで職務の中核をなしているから、これを制限するためには、かかる制限を正当化し得るに足りる相当性が必要である。他方、教員には高い倫理性・道徳性が要求され、何よりも学生との間の強い信頼関係が不可欠である。原告は本件セクハラ行為後、Mと交際するための障害と考えたGを数時間にわたって詰問するなどし、物質工学科所属の学生220名は要望書を提出して原告から教育を受けることに拒否的な態度を表明するに至った。加えて原告は、停職中にもかかわらず、本件要望書の首謀者と考えたH、Iらに謝罪を要求する手紙を送付している。かかる事実によれば、原告は本件懲戒処分期間が満了した時点において、学生からの信頼を失っており、直ちに学生に対する指導を行わせた場合、学生による授業拒否等大きな混乱が発生した可能性も認められ、しかもかかる事態は原告が自ら招いた結果といわざるを得ない。以上によれば、停職処分の明けた平成12年11月13日の時点において、学生に対する講義、研究指導等を免じたことには相当の合理性があったものというべきであり、本件業務命令のうち、学生に対する講義、研究指導等を免ずる部分は職務命令として適法であったものと認められる。しかし、本件業務命令は期限の定めなく命じられ、結局は本件停職期間が終了した後、約1年10ヶ月間継続されたのであるが、原告に対して恐怖心を抱いていたと認められるHらは、平成14年3月には修士課程を修了する予定であったことを考えると、遅くとも平成14年4月以降も本件業務命令を継続しなければならなかったと認めることは困難である。そうすると、上記の措置は、平成12年11月13日の時点においては適法であったと認められるものの、少なくとも平成14年4月以降、同年9月18日まで継続したことは違法といわざるを得ない。原告が本件セクハラ行為を行ったこと、かつセクハラについて適切な認識を欠いていたことは原告自身が認めるところであるから、原告に対しセクハラに関する適切な教育を行うことは、むしろ被告大学の義務ともいうべきであり、原告に対しセクハラに関する研修会に出席し、セクハラに関する論文の提出を要求することが直ちに違法であるとは認められない。

 研究活動は、教育活動と異なり、学生と接点を持たないかたちで行うことも可能であり、学生らに対する良好な教育環境を確保・提供するために、原告の研究活動を事実上禁止する必要があったとはいい難い。また、原告がHらに不当な圧力を加えることを防止するのであれば、端的にその旨の職務命令を出し、ないしは工学部内において同人らと会いにくいような場所へ移動すれば十分であって、少なくとも本件部屋へ移転させるほどの必要性があったとは認められない。加えて、原告は他人とりわけ学生と会わないように強く要請されており、所属する研究室が定められず、研究予算も留保され、従来の研究室の荷物も運ばれず、特段することのないまま本件部屋に1人置かれるという状態が1年10ヶ月にわたり継続した。かかる措置は、前記原告の学生に対する不当な行為を前提としても、学生らに対する良好な教育研究環境を確保・提供するために必要があったといえず、また原告が受忍すべき限度を超えているものというべきであり、原告に対する違法行為と認められる。

3 原告の被った損害
 原告は、本件セクハラ行為が露見し、本件懲戒処分を受けた後、違法な本件業務命令を受け、その結果さまざまなストレスにより精神的に疲弊し、うつ病と診断され、家庭内においても行動に異常を来し、2度にわたる自殺未遂を繰り返したことなどが認められる。特に、約1年10ヶ月にわたり居室を本件部屋に限定され、半ば隔離された状態で研究活動を禁じられたことにより受けた精神的なストレスは大きいといわなくてはならない。しかし、原告は、自己のセクハラ行為により本件停職処分を受け、これらの事実が新聞報道されたりしたことが認められ、原告の精神的ストレスは、むしろこれらの事実に起因するところが大きいと推測され、少なくとも本件業務命令のみに起因するとはいえない。更に、学生の対応に照らすと、本件業務命令が行われず、原告が従来通り学生に対して講義、研究指導を行った場合に起こり得る事態を想像すると、別のストレスが生じたであろうことは、容易に想像することができる。そうすると、本件業務命令の違法性の内容・程度に、上述した事情を総合すると、原告の被った精神的損害は100万円をもって相当と認め、弁護士費用として10万円を認める。
適用法規・条文
国家賠償法1条
収録文献(出典)
その他特記事項