判例データベース
東京マヨネーズ等製造会社事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 東京マヨネーズ等製造会社事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成14年(ワ)第9694号
- 当事者
- 原告個人1名
被告個人1名A
被告マヨネーズ等製造会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年06月06日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 原告は、被告会社の従業員である。平成13年9月28日、女性社員による「商品開発チーム」の顔見せ会が行われ、原告を含むチームのメンバー17名と被告会社の専務取締役である被告Aら管理者4名が出席した。二次会までは全員が参加したが、原告、被告Aを含む4人だけが一次会会場に戻って三次会を行った。午前1時頃三次会が終了し、原告と被告Aはタクシーに同乗して帰途についたところ、車内において、被告Aは突然右手で原告の左手を掴み、左手で原告の右肩を掴んで体の向きを変えさせた上、原告の体にのしかかるようにして覆いかぶさり、執拗に原告の唇にキスをし、更に舌を原告の口の中に入れようとした。原告は歯を食いしばってこれを阻んだところ、被告Aは原告がキスに積極的でないと感じて力を緩めたため、原告は被告Aから離れたが、その際被告Aは原告に対し「エッチしよう。」と性関係を要求する発言をした。
タクシーから下車した原告は、直ちに直属上司のBに被告Aの行為を訴え、同僚Cのアパートに泊まった後帰宅し、被告会社を退職するまで欠勤した。被告Aは電話で原告に謝罪するとともに、原告の言うことは何でも聞く旨述べ、被告会社社長に対し、原告との間でセクハラをめぐって問題が生じていることを報告した。
原告は、被告会社の管理部門副部門長であるDの勧めもあり、カウンセリングないし治療を受け、心因反応という診断により精神安定剤の投薬等の治療を受けた。Dは原告と会い、出勤を促し、新しいポストを用意すると提案したが、原告はけじめとして、本件セクハラ行為を社内で公表すること、被告Aが謝罪文を書くこと、慰藉料を支払うことを要求し、話はまとまらなかった。その後Dから原告に対し、慰謝料30万円から50万円を支払う旨提案がなされ、原告はこれを受け入れる用意がある旨回答するとともに、雇用均等室に相談した。同室では被告会社に対し、事業主の方針の明確化と周知・啓発、苦情・相談への対応、セクハラが生じた場合の迅速かつ適切な対応を指導し、被告会社はこれを受けて、窓口の明確化やポスターの掲示を行った。
平成14年1月24日、27日に原告は被告Aと会い、先に要求した3点の履行を改めて要求したところ、被告Aは、慰謝料の支払いと謝罪文の交付は承諾したものの、社内でばらすことは社内防衛上困るし、社内で言いふらすならば名誉毀損で訴えると述べた。同年2月8日、被告Aから原告に対し50万円の慰藉料が振り込まれ、合わせて本件セクハラ問題を終結させたい旨のメールが送られたが、原告は3点の要求が揃わなければ解決にならない旨回答した。
被告会社は、同月18日付けで、原告に対し、診断書も出さず欠勤が3ヶ月にも及ぶとした上で、今後仕事に復帰する可能性があるなら休業届を、退職するなら退職届を提出するよう求め、無届で14日以上欠勤した場合は、就業規則により諭旨解雇若しくは懲戒解雇になる旨警告する文書を送付した。その後被告会社と原告代理人との間で慰謝料の増額による和解交渉が持たれたが、金額で折合いがつかず、和解には至らなかった。原告は、被告会社では安全に勤務することはできないと判断し、同年4月30日をもって退職した。
原告は被告Aのセクハラ行為により精神的苦痛を受け、退職を余儀なくされたとして、被告A及び被告会社に対して、慰藉料、逸失利益、治療費、弁護士費用合わせて951万2780円を要求した。 - 主文
- 1 被告らは、原告に対し、連帯して、金241万2780円及びこれに対する被告Aは平成14年5月18日から、被告会社は平成14年5月19日から、それぞれ支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し、その2を原告の、その余を被告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 被告Aの行為の違法性
本件セクハラ行為の態様は、原告の性的自己決定権の人格権を侵害するものであることは明らかであって、被告Aは不法行為責任を免れない。したがって、被告Aは、本件セクハラ行為と相当因果関係がある原告の損害について賠償責任を負う。被告Aは原告が顔を背ければキスから逃れられたこと、声を上げなかったことを問題にするが、業界第2位の被告会社内で4番目の地位にある被告Aから突然力ずくでキスさせられた原告において、気が動転し、恐怖感から被告らが指摘するような行動を取ることができなかったとしても、何ら不自然ではなく、酒に酔った被告Aを介抱した原告の行為が、被告Aにおいて原告から特別な感情を持たれていると誤解されてもやむを得ないなどということができないことは明らかであり、原告は飲酒していたものの、被告Aを介抱するなど乱れた様子はなく、原告に責められるべき事情は認められず、本件セクハラ行為は、被告Aの酔いに乗じて一方的になされた原告に何ら帰責性のないものという外ない。
2 被告会社の職務との関連性
被告会社は、三次会は被告Aらが私的に行ったもので、被告Aが原告にキスをするに至ったのは、個人的関係に基づくものであり、被告会社は責任を負わないと主張する。しかし、(1)一次会は被告会社の職務として開催されたこと、(2)二次会についても、最高責任者である被告Aが発案して参加者を誘い、一次会参加者全員が参加していること、(3)被告Aは原告に対し、一次会の後この会場に戻るよう声をかけた上、二次会の後も再度三次会に来るよう声をかけていること、(4)三次会に参加したのはいずれも被告会社の社員であり、職務についての話がされていること、(5)被告Aと原告は個人的に親しい関係にあったものではないこと、(6)被告Aは三次会終了後、タクシーを3台だけ呼び、他の2名にはチケットを渡しながら原告にのみチケットを渡さずに同乗したことが認められる。そうすると、本件セクハラ行為は、被告会社の業務に近接して、その延長において、被告Aの被告会社における上司としての地位を利用して行われたものであり、被告会社の職務と密接な関連性があり、事業の執行につき行われたというべきである。
本件セクハラ行為は、被告会社の事業所外において、深夜1時過ぎに行われたものであるが、かかる状況は被告Aの上司としての地位抜きには作出できないものであり、それが可能であったのは被告Aが上司としての地位を利用したからに外ならず、原告と被告Aの個人的関係から生じたものでないことは明らかである。
被告会社は、セクハラ防止に努めてきたと主張するが、就業規則にセクハラ禁止の定めが置かれ、セクハラ担当部署が定められていた以上の対応を取っていたとは認められず、むしろ雇用均等室からセクハラ防止措置を改善するよう求められていたことからすると、被告会社が被告Aの選任及びその事業の監督について相当の注意をなしたということはできない。したがって、被告会社は、本件セクハラ行為について民法715条の使用者責任を免れないというべきであり、本件セクハラ行為と因果関係がある原告の損害について、被告Aと連帯して賠償する責任を負う。
3 損害額
原告は、本件セクハラ行為により精神的に不安定になり治療等を受けているところ、これら治療等に要した1万2780円は、本件セクハラ行為と相当因果関係のある損害である。
本件セクハラ行為と原告の退職との間には半年間の隔たりがあるが、本件セクハラ行為は極めて悪質であり、原告の被告会社に対する信頼を損ねたものといわざるを得ず、原告として被告Aのいる被告会社には勤務できないとの点で一貫しており、被告会社のセクハラ対策に対する認識の低さのため、原告が退職せざるを得ないとの考えに至ることは十分にあり得る結果であって、本件セクハラ行為と原告の退職との間には相当因果関係があるというべきである。なお、被告会社が、本件セクハラ行為について、使用者として何らかの対処をとる場合であっても、事実関係の公表は、被告会社の被告Aに対する懲戒権の一環として行われるものである以上、関係者の名誉、プライバシーに関するものとして慎重な対応が求められるべきであり、被告会社が原告の当該要求に応じなかったからといって、これを不適切ということはできないが、前記相当因果関係の存在についての判断に影響するものではないというべきである。
原告は、被告会社に勤務中、少なくとも手取りで月額20万円の給与を得ていたことが認められ、原告は被告会社を退職してから再就職し得るまで6ヶ月を要したことが認められるから、原告は本件セクハラ行為により120万円の得べかりし利益を失ったものと認められる。
本件セクハラ行為は、原告の人格権を侵害する極めて悪質な行為というべきであり、本件セクハラ行為の結果、原告は下唇に内出血の傷害を負い、心因反応を負うまでに至っている。また、被告会社のセクハラに関する認識は低く、原告の訴えを個人間の問題と断定し、事実関係の調査すら行わず、その対応は不適切といわざるを得ないものであり、慰謝料の算定に当たって考慮するのが相当である。被告Aは慰謝料として原告に対し50万円を振り込んでいるが、承諾したはずの文書による謝罪は行っていない。被告Aは役員賞与を4分の1減額されているが、その根拠は明らかでなく、慰謝料算定に当たって勘案すべき事由とすることはできない。以上の外、本件に顕れた一切の事情を考慮した場合、原告の精神的損害を慰謝するに足りる金員としては、150万円が相当である。
また、本件事案の性質、事件の経過及び請求認容額に照らせば、弁護士費用は20万円とするのが相当である。
以上によれば、本件セクハラ行為と相当因果関係にある原告の損害は、合計291万2780円であるところ、原告は被告Aから50万円受領しているから、この分については損害額から控除するのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1179号267頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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