判例データベース
S食品会社事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- S食品会社事件
- 事件番号
- 山口地裁下関支部 − 平成13年(ワ)第281号
- 当事者
- 原告 個人2名A,B
被告 個人1名C
被告食品製造会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年02月24日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告B(昭和32年生)は、平成6年11月、被告会社に嘱託従業員として雇用され、平成10年3月準社員となり、山口営業所において一般事務を担当していた。
かねてより原告Bと面識のあったDは、山口営業所長に着任し、平成12年10月21日に原告と昼食をともにした際、原告Bに対し、男性従業員との間で肉体関係があったはずだと決め付けた上、同営業所の前所長や前々所長とも交際しており、「お前はサセコになっている。」などと原告Bが誰とでも肉体関係をもつようなふしだらな女性であると中傷した。
山口営業所を管轄するブロック長であった被告Cは、同年10月下旬頃から、自身の性器に関する露骨な描写を含む卑猥なメールを10数回にわたって原告Bに送信し、同年11月2日午前、山口営業所で他の従業員が外出中であることに乗じ、「ダンスをしよう。」などと言って抱きつき、原告Bの胸を触るなどした上、勤務時間中であるにもかかわらず、ホテルに誘い、付近のラブホテルにおいて、原告Bと性交渉を持った。また、被告Cは、同年12月7日、原告Bを再度ホテルに誘って性交渉を持とうとし、これを拒否した原告Bに対し、自身の性器を露出して見せ、逃げようとする原告Bに抱きついて机の上に押し倒すなどした。
一方被告会社では、平成12年9月頃、労働関係機関から支店等でセクハラがあるようなので注意されたい旨の電話があったことを契機に、セクハラ防止について広報資料を作成し、社内会議の際に、従業員の啓発を行うよう指示した。この会議にはD及び被告Cも出席していた
同年12月、被告会社は、原告Bから相談を受けた雇用均等室から至急対策を講じるよう勧告され、これを受けてセクハラ防止に関する社内規定を作成し、相談窓口に女性担当者を置いて、これを広報文書で社内に回覧した。被告会社総務部長は、被告Cに対しセクハラの有無について聴取したが、被告Cはこれを否定し、原告Bに対し何もなかったことにして欲しいと求め、シクラメンの鉢植えを送った。これに対し、原告Bから謝意を記した年賀状が送られた。
総務部長は、原告Bから、D及び被告Cのセクハラについて電話を受け、原告B、被告C、Dから事情を聴取し、事実関係を把握した。その結果、被告会社は、被告Cについては、ブロック長職から降格し営業本部付けとした上、減給10%12ヶ月の懲戒処分とし、Dについても、減給10%1ヶ月に加え、譴責処分とした。しかし、原告BはD及び被告Cに対する懲戒処分の内容や、自身に対する処遇、被告会社の対応等を不満として、平成13年7月31日付けで被告会社を退職した。
原告B及びその夫である原告Aは、被告Cの行為により精神的苦痛を受けたとして、被告Cに対して165万円、被告会社に対して55万円の慰謝料等を請求した。 - 主文
- 1 被告Cは、原告Bに対し、145万円及びこれに対する平成13年10月26日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告会社は、原告Bに対し、55万円及びこれに対する平成13年10月26日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告Bのその余の請求及び原告Aの請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、原告Bと被告Cとの間においては、同原告に生じた費用の10分の4を同被告の負担とし、同被告に生じた費用の10分の1を同原告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告Bと被告会社との間においては、同原告に生じた費用の10分の5を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告Aと被告らとの間においては、被告らに生じた費用の各2分の1を同原告の負担とし、その余は各自の負担とする。
5 この判決は、第1,2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 被告Cの責任原因について
被告Cが、原告Bに対し、10数回にわたって卑猥なメールを送信したことは、その内容や態様に鑑み、これがセクシャルハラスメントとして不法行為に当たることは明らかである。また、被告Cは勤務時間中、職場内において、原告Bに抱きついて胸を触るなどした上、ホテルに誘って原告Bと性交渉を持ち、あるいは自身の性器を露出して見せ、原告Bに抱きつき押し倒すなどの行為に及んでおり、その態様は著しく破廉恥で悪質といえ、これがセクシャルハラスメントとして不法行為に当たることは明らかである。
本件は、被告Cにおいて、原告Bに対し、上司と部下という社会一般の間柄に過ぎないのに、原告Bの心情を全く慮ることなく、著しい性的言動に及んだ事案というべきであって、結果的に非常識な要求を受け入れた原告Bの心情の機微までは図り難いものの、被告Cの一連の行為は、その態様に鑑み、恋愛関係にない異性において、それを許容することが一般に想定し難い内容であり、明確な拒否の有無に関わらず、相手方の性的自由を侵害する不法行為に当たるというべきである。したがって、被告Cは、原告Bに対する不法行為責任を負う。
2 被告会社の責任について
使用者は、従業員に対し、良好な職場環境を整備すべき法的義務を負うのであり、セクシャル・ハラスメントの防止に関しても、職場における対処方針を明確化し、これを周知徹底すべく種々の具体的な啓発活動を行うなど、適切な措置を講じることが要請されるのであって、こうした義務違反によって、従業員を対象としたセクシャル・ハラスメントを招いた場合、使用者自ら従業員に対する不法行為責任を免れないと解される。
平成11年4月1日をもって、セクシャルハラスメントの防止に係る事業主の責務を明示した改正男女雇用機会均等法及び事業主が配慮すべき事項に係る具体的指針が施行されており、被告会社の不作為はこうした諸法規に反するものであった。これら改正法や具体的指針が直ちに裁判規範としての性質を有するとはいえないが、公序の一翼を担うものとして、使用者に係る法的義務違反の判断に当たっては、当然に斟酌されると解すべきである。そして被告会社は、公的機関から社内のセクシャルハラスメントの存在を示唆されるなど、いわば危急の事態を迎えていながら、その後、社内会議の場を利用して、出席者にパンフレット等を配布し、一般的な注意を与えるなど通り一遍の措置を取ったに過ぎず、その出席者である被告CやDがセクシャルハラスメントや性的誹謗中傷に及んでおり、被告会社の対応はこうした不法行為の歯止めとなり得ていない。両名はその当時、自身らの行為がセクシャルハラスメントとして違法の評価を受けることの認識すら有していなかったものと推認され、管理職の地位にあったことを考慮すると、本件被害を両名の個人的所為のみに帰するのは相当ではなく、被告会社の不作為や社内啓発の不十分さがその一因になったものと解すべきである。したがって、被告会社には、良好な職場環境の整備に係る義務違反があり、原告Bに対し不法行為責任を負う。
3 原告Aの被侵害利益について
セクシャル・ハラスメントは、性的領域における自己決定権を侵害するが故に違法行為の評価を受けるのであり、その性質上、被害を受けた特定個人を救済の対象とすべきが筋合いといえ、仮に配偶者が当該行為により不快の念を抱いたとしても、それ自体をもって不法行為上の被侵害利益に当たるとは解されず、その慰謝は被害者自身の権利救済を通じて実現すべき事柄というべきである。また、原告Aの請求は、被告Cに対し不貞の第三者として慰謝料を求める趣旨とも善解し得るが、最も保護されるべきセクシャルハラスメントの被害者が、その加害者と共同不法行為の関係に立つことを是認するような法解釈が正当なものとは解し難く、本件を持って、配偶者が第三者との間で不倫の関係を結んだ事案と同一視すべきではなく、婚姻共同生活の平和の維持という権利又は法的保護に値する利益の侵害が生じたものとは認められないというべきである。
4 損害の発生及び額について
被告Cの所為は、その内容や程度に鑑み、悪質かつ執拗であって、権利侵害の度合いは相当高く、同被告のセクシャル・ハラスメントにより原告Bの被った精神的苦痛を慰謝するに130万円の金員支払いが相当であり、弁護士費用として15万円を認める。
被告CやDに係るセクシャル・ハラスメントの内容、両名の地位、本件被害の防止に係る被告会社の落ち度、事後的対応の経緯等を総合考慮し、被告会社には慰謝料50万円の支払いをもって相当とし、弁護士費用として5万円を認める。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条
- 収録文献(出典)
- 労働判例881号34頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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山口地裁下関支部 − 平成13年(ワ)第281号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2004年02月24日 |
広島高裁 − 平成16年(ネ)第163号 | 棄却(確定) | 2004年09月02日 |