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名古屋設計事務所二次仮処分事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
名古屋設計事務所二次仮処分事件
事件番号
名古屋地裁 - 平成15年(ヨ)第10029号
当事者
その他債権者 個人1名

その他債務者 株式会社K設計
業種
建設業
判決・決定
決定
判決決定年月日
2004年02月25日
判決決定区分
決定
事件の概要
 債務者の従業員である債権者は、上司であるA部長やB次長らから性的な言葉をかけられ、同僚の女性が不必要に接触される行為を目の当たりにするというセクハラを受けたとして、債務者に対して苦情申し立て及び就業環境改善の申入れをした。ところが、債務者がこれに適切な対応をしないまま、債権者に対して配転の発令をし、債権者がこれに応じないでいたところ、無断欠勤を理由に懲戒解雇されたため、債権者はこれを無効として、従業員としての地位の確認と賃金の仮払いを求めた。
 債権者は、従前、本件懲戒解雇は無効であるとして、地位保全及び賃金仮払い命令を申し立てており、平成15年1月14日、(1)債権者が債務者に対して労働契約上の権利を有することを仮に定める、(2)債務者に対して平成15年1月から12月までの賃金仮払いを命ずる旨の一部認容決定を得ている。本件は、第1次仮処分命令申立事件で仮払いが命ぜられた期間以降の賃金仮払いを求める第2次仮処分命令申立事件である。
主文
1 本件申立てを却下する。
2 申立費用は、債権者の負担とする。
判決要旨
 事務所内の酒席において、債権者に対しB次長が「サービスが悪い」と言った事実、A部長が酔った女子社員を介抱する際女子社員の両肩に一瞬両手で触れた事実を一応認めることができるが、A部長が同社員を正面から抱きかかえたとする債権者の主張は、意識的ないし無意識的に誇張されたものといわざるを得ない。

使用者の配転命令権は、無制約に行使できるものではなく、これを濫用することの許されないことは言うまでもなく、配転命令を発する必要性が全くない場合や、当該配転命令が労働者に対して通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるような場合、あるいは当該配転命令が使用者の不当な動機・目的に基づいて発令された場合などは、当該配転命令は配転命令権の濫用として無効というべきである。

 本件配転命令は、債権者にとって住居地の移動という不利益を負わせることは明らかであるが、債権者の業務内容、給与、労働時間等の労働条件につき具体的に不利益を被るなどという事情や、日常生活上の不利益が生ずるとの事情を一応認めることはできない。そうすると、本件配転命令においては特に債権者に住居費が支弁されていることも合わせ考慮すれば、これにより債権者が受ける不利益は、配転に伴い通常生ずる範囲のものであるということができる。

 配転命令に係る業務上の必要性とは、余人を持っては容易に替え難いというような高度な必要性に限定されるべきではなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、勤労意欲の高揚、業務運営の効率化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。

 債権者はA部長、B次長とは共に仕事ができないと主張し、1ヶ月以上にわたって欠勤し、A部長、B次長以外の者の下で働きたい旨取締役に話した経緯に照らすと、名古屋事務所の円滑な業務運営のためには、債権者をA部長、B次長の下に配置することを避ける必要があったと一応認めることができる。そして、名古屋事務所の所員は所長を含め15名ほどに過ぎないことからすると、同所内で債権者をA部長、B次長の下に配置せず、勤務場所自体を違えるという選択をすること自体不合理とは言えず、A部長、B次長が名古屋事務所の業務の多くに係わっており、安易に他の事務所へ異動させることができないであろうことも十分推認し得るところであるから、債権者を他の事務所へ配転させることも合理的である。また、異動先の選択についても、大阪事務所は、最も名古屋事務所に近接する事務所であり、その異動先の選択が不合理であるとはいえない。以上からすれば、本件配転命令には、業務上の必要性があるものと一応認められる。

 従業員から使用者に対して、セクシャル・ハラスメント等に係る苦情や相談があった場合、使用者はそれに適切に対応すべきであり、適切な対応もせず、苦情・相談をしたことを理由として当該労働者に対して不利益な取扱いをすることが許されないことは言うまでもない。しかしながら、セクシャル・ハラスメントといっても、その態様、程度は様々であり、使用者が苦情・相談に対してとるべき対応の方法、程度も必ずしも一義的に決まるものではなく、具体的に認められる事情に応じて、口頭ないし文書等による注意喚起、セクシャル・ハラスメントに対応するための制度の整備、人員配置上の措置、行為者に対する懲戒処分等、様々な対応をとることになる。

 債務者は、債権者からの申入れに対し、A部長、B次長等に注意喚起をし、部長会議の席上でも社内での飲食の際に配慮するよう注意喚起し、セクシャル・ハラスメントに対する方策を策定し、相談窓口を設け、名古屋事務所でアンケートを実施し、債権者やA部長、B次長からも事情聴取しており、債務者のこのような対応が、債権者の申入れの事実の内容、程度に照らし、不十分に過ぎるということはできない。

 

 債権者は、C取締役との面談の際、突然配転の打診を受けたと主張するが、債権者から事情を聴取するために面談をしたC取締役が、何の脈絡もなく突然配転の打診をしたとは考え難く、債権者から「B次長とは共に業務をできない」とのメールに関して話を聞く過程で配転の可能性が示唆されたというのが相当である。そして、債権者は、配転の可能性の示唆に対して、A部長、B次長と共に業務に従事することを拒む姿勢をとったことから、債務者は債権者を配転することとし、債権者の求めに応じて本来対象が短期転勤者に限られている住居費を特別措置として支給することとしたことが認められる。以上のとおり債務者は、本件申入れに対して相応の対応をし、なお債権者がA部長、B次長と共に業務に従事することを拒む姿勢を見せたため、本件配転命令を発令するに至ったのであり、債権者も一時は転勤の条件について要望を出すなどしていたのであって、配転命令発令前に債権者が1ヶ月以上にわたり欠勤したことについて事後的に年次有給休暇を取得したものとして処理した経緯も考慮すると、本件配転命令が、債権者が本件申入れをしたことや、雇用均等室に相談したことに対して報復的、懲罰的な意図をもって発令されたものということはできない。

以上のとおり、本件配転命令には業務上の必要性が認められ、債権者が受ける不利益の程度は通常甘受すべき範囲にとどまるものであり、また、本件配転命令が債務者の不当な動機・目的に基づいて発令されたものとはいえず、他に本件配転命令が債務者の権利濫用として無効となるような事情を一切認めることはできない。そうすると、債権者は、本件配転命令の発令によって、大阪事務所に赴任し同事務所の業務に従事する労働契約上の義務があるのに、2度にわたる出勤の督促を受けながら、無断で14日以上欠勤したものであり、債権者には就業規則に定める懲戒解雇事由がある。
 労働者に懲戒解雇事由が認められる場合であっても、懲戒解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当として是認できないような場合には、解雇権の濫用として無効であるというべきである。しかしながら、債権者は、本件配転命令発令前に、1ヶ月以上にわたる無断欠勤をし、これを事後的に年次有給休暇取得として処理された経緯があるのに、同命令発令後にも再度無断欠勤をしたというのであり、このような経過を前提にすれば、債権者に対して、懲戒解雇よりも軽い処分を検討することなく、懲戒解雇の意思表示に及ぶことが社会通念上相当性を欠くということはできない。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例872号33頁
その他特記事項
本件は本訴に移行した。