判例データベース
茨城知的障害者事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 茨城知的障害者事件
- 事件番号
- 水戸地裁 − 平成8年(ワ)第446号(甲事件)、水戸地裁 − 平成10年(ワ)第662号(乙事件)
- 当事者
- 原告(甲事件)個人1名A
原告(乙事件)個人2名B、C
被告(甲事件・乙事件)個人1名 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2004年03月31日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 原告Aは、養護学校卒業後、他社での勤務を経て平成2年11月に26歳で、原告Bは養護学校高等部を卒業した後、他社での勤務を経て平成5年11月に21歳で、原告Cは養護学校高等部を卒業した後、他社での勤務を経て平成3年6月に18歳で、それぞれX社に入社した者であり、被告はX社の代表取締役である。
X社の従業員は、当初健常者だけであったが、依頼を受けて精神障害者が院外作業として通うようになり、養護学校の生徒が現場実習の後就職する等して障害者雇用が増大し、平成4年頃は30名の従業員のうち27〜8名が知的障害者となっていた。
被告は、本来休日である土日に従業員を働かせたり、食事前に従業員に対し、「お前たちは国が認めた馬鹿だ。」「仕事が遅い。」等と大声で説教したり、不良品を出したときに全員の食事を抜きにしたりした。
被告は、平成3年頃、原告Aが工場に菓子を持参したところ、怒鳴りつけて菓子を捨て、泣き出した原告Aの顔を平手で殴打し、足蹴にし、更に腰や足を蹴る等の暴行を加えた。被告は日常的に原告Aに暴行を加え、傷害を負わせていたが、被告は原告Aが知的障害者であるため十分な抵抗ができず、他の従業員に対する暴行等を目撃して被告に逆らうことができないことを利用して、原告Aに対し、「ズボンを脱げ。」「入れさせろ。」と言い、原告Aのズボン及びショーツを脱がし、強いて姦淫し、姦淫後に原告Aの胸を触ったり、自分の性器を舐めさせたりした。その結果、原告Aは出血を伴う処女膜裂傷の傷害を負った。被告は平成6年5月頃から平成8年2月頃まで、原告Aを姦淫したり、胸を触ったりし、原告に対し被告との性行為について口止めした。
平成6年5月ないし6月頃、被告は原告Bにマッサージをさせているときに、「もういいよ、やっぺ。」「誰にも言うな。」等と言って、原告Bのパジャマの首の部分から中に手を入れて胸を触り、パジャマのズボンの中に手を入れて陰部を手で触ったり、陰部に指を入れたりした。そして被告は原告Bのズボンとショーツを脱がせると自らも下半身裸となり、強いて姦淫した。原告Bはこれにより、出血を伴う処女膜裂傷の傷害を負った。被告による原告Bに対する強姦行為や強制猥褻行為は、平成8年2月頃まで複数回行われた。
また、原告Bは、被告に強姦等された後、被告に他の女性従業員を呼んで来るように命じられたこともあった。
被告は原告Cに対し、頭部や体を椅子等で殴打し、万引きをしたと中傷したほか、ビールや白い薬を飲ませ、「一緒にやっぺ。」と言い、原告Cが知的障害者で十分な抵抗ができず、日頃被告から暴行を受けたり、他の従業員が暴行を受けるのを目撃する等により、被告に逆らうことができないことを利用して、原告Cの服を脱がせ、手足を縛り、猿轡をして、胸や陰部を触り、強いて姦淫し、出血を伴う処女膜裂傷の傷害を負わせた。
原告らは、被告が原告らに対し身体的、性的、精神的虐待を行い、また被告は従業員らの安全かつ平穏な労働環境及び生活環境を確保すべき義務があるのに、原告らに対し、身体的、性的、精神的虐待を行ってこの義務を怠った等と主張して、不法行為ないし有限会社法30条ノ3に基づき、各1000万円の請求をした。これに対し被告は、従業員に対し身体的、性的、精神的虐待を行ったことは一切ないと主張して争った。 - 主文
- 1 甲事件・乙事件被告は、甲事件原告Aに対し、金500万円及びこれに対する平成8年2月27日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 甲事件・乙事件被告は、乙事件原告Bに対し、金500万円及びこれに対する平成8年2月27日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 甲事件・乙事件被告は、乙事件原告Cに対し、金500万円及びこれに対する平成8年2月27日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 甲事件原告、乙事件原告らのその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用は甲事件・乙事件を通じて甲事件・乙事件被告の負担とする。
6 この判決は第1項ないし第3項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 原告らの供述は、年月日、時間、場所の点において明確な供述ができなかったり、それらの点について供述に変遷が認められるが、当裁判所における供述も、刑事裁判の公判廷における証言も、弁護士等による聴き取りにおいても、被告から暴行を受けたり姦淫されたこと等の中心部分については、ほとんど変遷はなく一貫していることが認められる。知的障害者は、感情を伴う体験については長時間記憶しており、その記憶の内容、衰退の速度等は健常者と変わりないといわれているところ,原告らは被告から身体的暴力を受け,強姦等をされたために、強い恐怖感,嫌悪感,屈辱感等の感情を伴っていることから,一貫した供述をしているものと認められる。また、平成8年2月当時、X社に在職していた女性従業員らが、全て同月25日以降に退職したこと,原告Aは平成7年4月頃、社会福祉事務所に対し,性的嫌がらせを受けたと訴えたことからすると、原告らを含めた女性従業員らが、被告から強姦等の被害を受けていたことが推認されるというべきである。
知的障害者及びその家族は、知的障害者は社会的に劣っているからひどい不当な取扱いを受けても仕方がないという劣等感を抱いており、知的障害者がX社のような一般企業に就職したり、一般企業を退職して一般企業に再就職することは大変困難であり、そのため、知的障害者及びその家族等は、知的障害者が一般企業に就職し、給料をもらうことは大変に幸運なことと思い、1度就職した一般企業から退職するようなことは極力避けるよう努力し我慢するという心理的・社会的状況にあることが認められる。また、原告らは、被告による暴力等がなければ、X社の仕事は好きで、仲間もおり退職したくなかった、退職に際して再就職等の大きな不安を持っていた等と供述していることも認められる。そうすると、原告らが実際には被告から身体的暴行や強姦等の性的被害を受けていないのに、再就職等の具体的見込みもないのにX社を退職し、就業先の代表者であった被告に対し虚偽の刑事告訴を行ったり、民事訴訟を提起したりすることは到底考え難いといわざるを得ない。
被告は原告らに対し、殴る蹴る等の身体的暴行を加え、強姦、強制猥褻等を行い、他の女性従業員に対し強姦等をするために原告らを呼びに行かせたことが認められるから、被告は原告らに対し、民法710条に基づき、被告の行為により原告らが被った精神的苦痛を賠償する責任があるというべきである。
従業員を寮に住まわせて労働させている会社における取締役は、会社に対し、従業員が平穏に労働し生活し得る環境を整える義務があるものと認められる。このような義務を負う取締役本人が、従業員に対し殴る蹴る等の身体的暴行を加えたり、強姦等の性的被害を与えたり、従業員を侮辱することは会社に対する義務違反といえ、その結果、従業員に損害を与えた場合には、取締役は従業員に対し、商法266条ノ3ないし有限会社法30条ノ3に基づき、従業員に与えた精神的苦痛に対する賠償責任を負うものと認められる。したがって、被告は原告らに対し、有限会社法30条ノ3に基づき、被告が原告らに対し身体的暴行を加え、強姦等を行ったことにより原告らが被った精神的苦痛を賠償する責任があるというべきである。
原告Aは約5年間、原告Bは約2年間、原告Cは約4年もの間、被告から複数回にわたり強姦ないし強制猥褻行為をされたこと、また他の女性従業員らが被告に強姦等されることを知りながら被告から呼び出すように指示されたこと、原告AとCは被告から何度も殴る蹴る等の暴行を受けたりしたこと、頻繁に被告が他の従業員に対し暴行等を加えているところを目撃していたこと、土日に働かされることがあり、食事は十分な量、内容ではなく、食前に被告が長時間説教するため温かい食事を食べることができなかったこと、食事抜きの罰が与えられたこともあったこと、侮辱的な発言をされたことが認められ、その他知的障害者である原告らはX社以外の雇用先を容易に見つけることができない状況にあり、そのため、原告らの雇用主である被告に対し事実上抗拒不能の立場に置かれていたのであり、被告がそうした自己の優越的立場を利用する形で反復継続して不法行為等を行ったものであること等、本件に表れた一切の事情を考慮すれば、原告らの慰謝料は、各500万円と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法710条、有限会社法30条ノ3
- 収録文献(出典)
- 判例時報1858号118頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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